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2005年1月

2005年1月31日 (月)

東芝府中 41-0 神戸製鋼

先週神戸がNECに圧勝した時点で、このカードはかなり楽しみだったのだけど、金曜の夜にテレビ番組表を見ると、頼みのTVKが放送してくれないということ発覚。
他に衛星放送とかCATVとか入ってないので、この好カードが見れないのかと。で、次に天気予報を見ると土曜は雨が降るけど日曜は晴れ、でも結構寒いよとのこと。
んー、見に行くか。一人ででも見に行くか。なかなか見れない試合になりそうだし。というところで、思いつきで誕生日迎えたてホヤホヤの弟を誘ったら、空いてるとのこと。
土曜のうちに近所のぴあでチケット手配。どうせなので、バック指定買っちゃた。

で、当日。風が強く日陰は寒いものの、日向のバックスタンドは暖かく、mont-bell の冬山登山用インナーを着込んでいたオイラは汗ばむぐらい。が、試合は限りなく寒かった…

レフェリーの笛が?なんてのは置いておいて、何度となく神戸ファンからもれるため息。DFは完全に同じところを何度も衝かれ、OFでも突っ込んで孤立した選手に東芝の選手が3人4人と群がってラックがめくられ、肝心のところでKnock on.
最後の方は「せめて0封は勘弁してくれ」という思いも虚しく完封。やはり、SO元木、FB斉藤という苦しい台所事情の無理が東芝相手ではごまかしきれなかったのかなぁというプレーもいくつか。元木個人はすごいプレーを見せてくれたけどね。

一方の東芝府中は、縦長のきれいなモール、バックスは当たる前に振り返ってフォローを探してつなぐ、ラックへのえぐいぐらいの突っ込み、というところで全く隙がなく、後半ほとんどのリザーブを使い切ったにも関わらずチームの質が落ちないという素晴らしいチーム。

とりあえず俺様の今シーズンのラグビー観戦は終了。日本選手権は流しぐらいで、早稲田が2回戦でどれぐらいやるかな?ぐらいの興味しかないねぇ。

神戸が負ける試合は何度か見たけど、これほどまでに心が折れる試合は始めてだった。家に帰ってジャンクSPORTSでさわやかに笑顔を振りまく大畑を見ながら虚しく思ったのでした。ま、大畑はおもろかったけど。

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2005年1月28日 (金)

今給黎

警視庁の白バイ隊員を逮捕 コカイン使用、大麻所持容疑 なんて記事を見かけて、朝見た 追跡パトカーが電柱衝突 偽ナンバー容疑者逮捕 横浜 を思い出しつつ「日本もUSに負けじとがんばっとるのぉ」と感心してたのだが。

犯人の名前ってか姓が今給黎(いまきゅうれい)というらしい。日本人じゃないのかしら?と思って、今給黎でググると約8,310件ヒット。え?そんなにメジャーな名前なの?と思ったら有名な冒険家に同じ姓の人がいるらしい。日本人だし。

せっかくなので今給黎氏を調べると、島津家からかなり早い時代(南北朝以前)に分かれた伊集院家の親戚筋にあたる立派な武家らしい。1400年辺りには九州の歴史に名前があるそうな。その後も江戸時代に島津の本家から養子が入ったりと、色々島津家と関係が有ったみたい。

世の中まだまだ知らんことがあるもんだ。てか、伊集院家が薩摩ってのもしらなかったよ。伊集院も給黎も地名だとか。

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遠足

今朝もだらだらと地下鉄に揺られて通勤してきたのだけど。

途中の駅についたと思ったら、目の前に小学生と思しき子供の群が。どうやら遠足か社会科見学らしいのだけど、「この電車には乗らないでくれぇ」という願いも虚しく、俺様が車両を移る隙を与えず乗り込んできた。

オイラのドアからは女の子だけが乗ってきたので、2駅先で降りるためドア際で頑張った俺様は幼女まみれになって、一部の方なら大喜びなんだろうけど、十人並みにきれいなおねえさんが好きなオイラは朝っぱらからHPを半分以下にされてしまった気分だ。

事情はあるんだろうけどさー、出来れば通勤ラッシュの時間は避けてくれないかなー。あ、でも近頃の遠足では電車に乗るときはリュックサックを前に抱えましょうみたいな指導はするみたいね。そこには感心。

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2005年1月27日 (木)

ないじぇりあからの手紙

いやーはるか昔に聞いたことがあったのだけど、まさか自分に来るとは思わなかったヨ。いわゆる419ね

I am a Rotarian and currently a financial controller with
the budget and planning department in Nigerian National
Petroleum Corporation (NNPC), Lagos.
なる人からメールが来ました。

ちゃんとは読んでないけど、なんだか一時期お金預かるだけで、30%くれるのかな?
いやーそれはオイシイ。

どうでもいいけど、
「ナイジェリアでは、武装強盗、詐欺、官憲による賄賂の要求等の一般犯罪が日常的に発生しているほか、民族・地域間紛争やイスラム過激派による騒擾事件等が散発的に発生しています。」
だと。勘弁してくださいよ。

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送別会

先週の土曜日は送別会だったのだ。
大抵送別会なんて出たくて出るもんでもないやね。正直、どうでもいい人の送別会に出なきゃいけないこともあるし、親しい奴なら別に会社やら所属やら変わったって、また会って飲んだりするわけだし。(ま、そういう場合の内輪の送別会は好きだ)

で、土曜日はなんだったかと言うと、飲み屋の送別会だったのだ。何じゃそれ?って感じだけど、行き付けの飲み屋のバイトの女の子の送別会だったのだな。
彼女は中国の生まれで日本の大学に留学に来ていて、お店のバイトを5年ちょっとやってたんだけど、この度めでたく卒業も出来そうで、ダンナの住んでるSeoulに月末に旅立つとのこと。
まぁ、異国の話(トマトに砂糖かけて食うとか、バナナを逆から剥くとか)もいろいろ聞けたし、それ以外にも色々と話してて楽しかったんだけどねぇ(そいや KEiさんの奥方がえらく気に入ってた)。うちの親父が満州生まれってこともあってか吉林出身の彼女には親近感があったのかもしれないけど…思い出は尽きない。

で、すげー急な話だったんだけど、5年間、毎月のように(大体、月に1,2度行くのだ)くっちゃべってたし、楽しい時間を過ごさせてくれたんだし、ちょっとやそっとじゃ会えないところへ行ってしまうので、これは送別会に参加せねばなるまい。
ということで、義の星であるオイラは「カイロプラクティックの後には酒は飲まないように」などという言葉を無視して19時に行き付けにいったのだった。たとえ道化と言われようとも。くそっユダめ

結局主賓はのんびり20時にきたのだけど、その頃には常連が10人ばかり集まって大騒ぎ。さすがと思ったのは誰もタバコ吸わないことだな。やっぱ酒と食べ物の味にうるさい連中が集まってるだけはある。
主賓が来てからはもっと大騒ぎ。結局、元従業員とかも入れて、15〜6人になったのかなぁ。そのうち、一人が福の宮を1本入れたかと思うと、黒牛、お福正宗などが回り始めて大変。病み上がりってこともあって、23時過ぎに逃げるように脱出したのだけど。

出るときには店の前まで出てきてくれて、メールでK.I.T.の約束をして別れた。2度ほど振り返ったらずっと手を振ってたのがなんとも寂しかったのだけど。マフラーを巻いてヘッドホンをしたら Sowelu の The Rose が流れてきた。この曲、平井堅もカバーしてたなぁ…

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2005年1月26日 (水)

Smash Hit

日本赤軍:元メンバーがさきいか万引きし逮捕 警視庁

Index見た瞬間、オフィスで一人笑ってしまった。何だろう、語感というか何と言うか、脳みそ直結でクルものがあったのだけど。

俺様は今、イワシの缶詰にはまってます。安いし。600円のサキイカ買うぐらいなら、缶詰4つ買えるよ。あ、買ってねーのか。

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税務署

朝っぱらから氷雨の降る中、税務署に行って来た。還付申告ですよ。
確定申告は2月16日からだけど、申告して税金が帰ってくる人は1月から申告できるのよね。当然ながら早く申告したほうが早く帰ってくるわけで。搾取されてた税金を取り返すべく行って来た訳です。

つーか、年末調整にしろ、確定申告にしろ税金を追徴された覚えが無いんですけど。大体12月の給与はいつもより多い(年末調整で還付)し、確定申告すると1ヵ月後ぐらいに予定になかったお金が銀行に振り込まれてHappyな気分になるのだけど、ダマサレテル。カナリダマサレテル
いい加減源泉徴収に「制御」という概念を取り入れてほしいものです。日本は制御で成り上がった技術大国なんだから。

ま、そんな怒りもイメージキャラが仲間由紀恵だと緩和されてしまうのだが。一昨年の黒木瞳といい、いい人選してるよ(去年のハセキョーは個人的にどーでもいいが)

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2005年1月25日 (火)

KatamariDamacy

ボアタルデ

BoAではないぞ。ポルトガル語で「こんにちわ」を「Boa Tarde」というのだ。スペイン語だと Buenos(良い、素敵な) Tardes(午後). よく似てるね。やっぱりスペインとポルトガルは近いからだね。スペイン語とポルトガル語は近いんだね。なんて勘違いをすると痛い目にあう。ポルトガル語とスペイン語は似ても似つかないのだ。なので、アルゼンチンとブラジルも言葉通じない。ロナウドとロベカルはラウールやモリエンテスと言葉が通じない(知らんけど)。

先日、KEiさんとどーでもいい話をしていた。AC5やってねーなーみたいな話。MGS3買う気にならんなーみたいな話。と、KEiさん曰く「俺も近頃(AC5)飛んでないな。たまに転がすけど」とのこと。なんと、AC5を差し置いてまで遊びたくなるゲームがあるのかと、清水の舞台から飛び降りて塊魂(the Best)を購入。

なんのこっちゃないPS2のスティック2本をぐりぐりしながら、ひたすら大玉転がしの要領で玉を転がすのだけど、いろんなものを取り込めるんだな。取り込むと玉が大きくなるので、大きいものが取り込めるようになる。これを、ぼけーっと5分、10分ぐらい続けると言うゲーム。
これだけ書くと何が面白いか分からないんだろうけど、面白いというよりは常習性がある感じ。やってる間無心になれるのと、フラストレーションがたまらないのがいいところかな。「え、おい、今のはファウルやろ!」とか「えー、今のミサイルは当たったんじゃないの?」とかそういうのが無い。あるとしたら、木の間とか、鴨居の下とかに挟まって動けなくなったときにちょっとイラッとするぐらいかしら。更には妙なチャレンジ精神を刺激される。

後はなんと言っても世界観とか、システムとか、その辺りの仕組みが突拍子もなくて、近頃の何もかもリアルにしなきゃいけない、みたいなゲームとは一線を画すものだと思う。昔は、ロードランナーとかクルクルランドとかへんてこりんな世界観の名作が多かったのに。システムで言うと、かなり自由度が高い中に、重力場が作られてて元VR屋としては「あぁ、いいなぁ」なんて感じを受けるのです。

そうそう、忘れちゃいけないのが音。最初に起動したときに「やたらいい音だなー」と思ったのだけど、BGMがまた変に気合が入っててすごい。
これみて分かるようにすごいラインナップだし。エンディングではShigeru Matsuzakiの無駄に黒い美声が聞けるし。

百聞は一見にしかず。身の回りに持ってる人がいればやってみるよろし。子供にもいいのかもな。単純だしストレスかからないし。
注意すべきは副作用として
  1 カタカナ変換が多くなる
 2 一人称が「王様」になる
 3 シャワー浴びながら「なーなななななっなっなっな なーなーななーなー」と鼻歌歌う
 4 色々巻き込みたくなる
ってとこかな。

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2005年1月24日 (月)

NEC16-51神戸

MSカップ1回戦は神戸の圧勝だった。
やっぱ特筆すべきはSO元木だと思う。DF時のことを考えての投入と増保監督も言ってたけど、DFは当然ながらOFでも光ってたと思う。CTBへの供給のウマさ、ラックサイドを飛び越えるように抜ける辺りはNECにとっては予想外の痛手だったのではないかね。今村君には辛い現実になったかもねー。
大畑も帰ってきてそれらしい動きをしてくれたし、いい感じ。それにしても8のCribbどうにかしてください。斉藤は復帰してくれないんだろうか。

しかし、昨日の第2試合(東芝33-13サントリー)見てても、30日に東芝府中に勝てるかどうか。背水の陣ということで、モチベーションとしては神戸が軽く上回るだろうけど、序盤サントリーにとられてたので、次戦は東芝も最初から気合入れてくると思われ。秩父宮に見に行こうかなぁ。寒そうだけどなぁ。

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カイロプラクティック

土曜にカイロプラクティックに行ってきた。で、前の日よりはましになってたのだけど脊椎の間が痛いというのを先生に言うと、「あー、これずれてるわ。ほら(と助手の女の子を呼ぶ)、ここがずれるとこういう風に、な、出てるだろ」とのこと。こういうのを放置すると肋間神経痛になるんだとか。

不思議なもんで、つーか商売だから当然なのかもしれないけど、この先生、他人の筋肉や腱を1本ずつ分けて操作できるような技をお持ちなので、的確に痛むところを押してくれる。「ここ痛いだろ」とか、半分趣味なんじゃないかといつもおもうのだが。後、自分が思っている患部とまったく違うところを押して俺様を痛がらしてみたり。人間の体は不思議なところでつながっているもんだ。
で、結局、膝と胸をつけて4つんばいのような体制になる椅子(?)によっかかって背中を押して戻してもらった。さらにクビと腰のフルコース。次の日には痛みがすっきりなくなってるので摩訶不思議。

ここには月に1度ぐらい通っているのだけど、一度右肩があがらなくなった時に(原因がゴルフかチェストプレスかはっきりしないのだけど)産業医だっけ?当時の会社の指定の病院に言ったら、レントゲン撮られて「骨に異常ないですね。湿布と鎮痛剤出しときます」と言われて放り出されたことに始まるのだ。おそらく、そのときのオイラの顔は「いやー再現性ないんで、何でシステム落ちたか分からないんですよね」と言われたときのクライアントのような顔だったと思う。「医者(SE)なんだから原因探せよ!教えろよ!」と。その時以来、骨・筋肉・腱に関する西洋医学への期待は0になってしまった。てか、あれが限界なんだな。そこは理解するよ。
ちょうど、その頃にカイロプラクティックを紹介されて、治療ついでに毎月メンテナンスに通っているのが2年ぐらい続いてるのだ。

カイロプラクティックってーと、どうも芸人が罰ゲームでやらされてる痛そうで怖そうな整体を連想する人が多いらしく、「怖くないですか?」「痛くないですか?」と聞かれることが多いのだけど、別に罰ゲームじゃないのだ。
元はと言えば、人間に備わってる自然治癒力をちゃんと引き出すことによって体を健康に保ち、病気や痛みから回復できるようにしようというものらしい。文章で書くとちょっと宗教チックで怪しげだけど、簡単に言えば「北斗神拳伝承者は潜在能力を100%発揮できる」ってこと(大嘘)。そのための手段として、脊椎を中心に骨格を整えると。USなんかでは、カイロプラクティックの技術士は医者と同等に扱われるらしいのだけど、日本だとちょっとイカサマくさい感じで、保険も効かないのよねぇ。治療の場合は医療費控除の対象にはなるけど。
ちなみに、カイロ(chiro)とは「手」、プラクティック(practic)とは「技術」というギリシャ語から来ているそうな。整体とも違うらしいのだけど、何がどう違うのか良く知らない。というか、整体にかかったことがないので、整体が何か知らないのだな。

週末の状態で病院いったらどうなったんだろう?レントゲン撮られて、脊椎が一個ずれてるからって1ヶ月ぐらいコルセットでもさせられたのかしら?

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2005年1月21日 (金)

Reboot

久しぶりに8時間寝たので復活。内臓は万全と言えない雰囲気だけど無視。あと、何故か特定の脊椎の間を押すと痛む。なんだろな?明日カイロプラクティックで診てもらおう。

まぁなんだ、年末から細々と神経使うこと多くて、Romaで解消された気がしてたんだけど、今度は体がもたなかったねぇ。なんつーか、カラカラ異音がするのは分かってたんだけど、まわし続けてたらいきなりBurstみたいな。
年明けてからも、腹減ったなぁと思って退社して家に帰り着くと食欲なかったりとか、ちょろっとゲームやっただけで妙に疲れたりと、怪しい兆候はあったのだけど、「第二の創業」(あまり好きな言葉ではないが)ともいうべき時期にもあって、先週土曜も九州に日帰り出張したりしてたのよね。今週に入って、まじヤヴァイ感じと思ったので、何とか週末まで持たせようとしたのだけど無理だった…

東京に来て13年目。大学や会社を休むほどに倒れたのは2度目か3度目ってところだなぁ。全て1日でRecoverしたけど。そう考えると、近頃のPCなんかに比べてよく動いてる方か?でも、大学入るときに石丸電気で買った冷蔵庫がいまだに動いてるのを見ると、ダメだねぇ。

ポケモンの点滅で痙攣を起こしたのは、人体の入力信号処理にBugがあるからだ、みたいな表現があったのを思い出して、やっぱ完全義体がほしいなぁと思ってみたり。

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2005年1月20日 (木)

システムダウソ

起きたら体調悪し。まぁ、でも睡眠十分、体調万全で起きることなんてまずないので、頑張って起き上がるのだが、色々とよろしくない。
風呂でも入れば良くなるかと、朝風呂に入ったのだけど、湯船から立ち上がれなくなってしまった。別にぎっくり腰とかではないのだけど、何と言うか力が入らない。軽い頭痛+消化器系やばそうな感じ+吐き気+腰の筋肉痛+大腿部筋肉痛。
風邪かとも思ったのだけど、鼻は通ってるしセキも出ない。腹痛はない(気持ち悪いけど)。

結局良く分からないまま、気合でふらつく足で何とか出てきてベッドに横になる。風呂なんて入るんじゃなかった。で、今日は来客も無いので会社を休んだ。実に3年以上ぶりだ。
なのに、いきなりクライアントからメールで、明日の広告とタイアップするサイトがあるから、今日中に立ててくれと言われて、こなしましたよ。画面見ると気分が悪いのに。

以前、友人に言われたのだけど、ほとんど仕事を休むことがないぐらい体が丈夫なので、却ってぽっくり早死にするんじゃないかと。今日はそのことを思い出して、孤独死はやだなーなどと暗いことを考えていたのであった。

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2005年1月19日 (水)

PostgreSQL 8.0

http://www.postgresql.org/about/press/
http://www.postgresql.jp/ug/press-release/2005-01.html

Windows で動くようになったらしい。すばらしい。
1件、クライアントで Cygwinの上で走らせてるんだよな。リプレースしたいけど、それも面倒だしな。問題なく動いてるものをリプレースするのでお金ください、ってもくれないだろうしな。ぶつぶつ。

alter table で column の定義を変えれるようになったのもうれしいかも。後は (+) でJOINできると尚嬉しいのだけど、そりゃ無理か。

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年賀状

あたしゃ儀礼が嫌いなので(つーか形式的で中身の無い物も人も好きじゃない)、年賀状は出さないのだが。東京にきて13年目、ずっとこちらから出すことをしないでいると、さすがに送ってくる人もいなくなった。来るのは保険会社と美容室、いきつけのカイロプラクティックぐらい。後、友人から1通きたのだが、転勤で住所録を整理できずに分からないからとりあえず出したとのこと。
ま、そんな感じなのだけど、ビジネスではそうも言ってられないので、年末にせっせと書きましたよ。これこそ無駄だよなぁ。で、送ると帰ってくるわけで。

なんでも、今年は年賀はがきの販売が40億枚を下回ったそうで、人々がメールなどに移行しているらしいと郵政公社はお嘆きの模様。そりゃそうだろ。はがき買って、なんなら印刷屋に頼んで印刷代払って、さらに時間を費やして一言書き込み。宛名の印刷に使うインク代だって馬鹿にならないだろうし、そのコストをかけるだけの何かが得られるんだろうか?

でも費用対効果となるともっと謎なのが「お年玉つき年賀はがき」である。これは1949年12月から発行されているらしいのだけど、これがついてることで郵便局は儲かるのかなぁ?むしろ、普通のはがきなり切手を買ってもらったほうがコストかからずに儲かる気がするんだけど。
お年玉って郵政公社持ちでのキャンペーン費用なわけだから、これがあることで購買が促進されるなりの効果がないといけないと思うのだけど。お年玉つきとなしとがあったら、どっちを先方に送りたい?「つき」の方が優位かなぁ?そんなに気になるかしら?
それとも、年賀状送ろうかどうか悩んでいる人が、お年玉つき年賀はがきの存在によって、年賀状を送るほうに傾くっていう読み? ストーリーとしてはこっちの方が納得するけど、果たしてお年玉がついてるからって送りたくなるかなぁ?
マーケティング的にオイラの脳みその思考が行き届いていないのかしら。謎だ。

とりあえず、こんなソフトでチェックしてみたら切手シートが2枚当たりましたとさ。切手なんて使わねーし…せめて収入印紙くれた方が実用的

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2005年1月18日 (火)

小紋

いつだったか実家に帰ったときに、寝起きでぼーっとしながら朝飯を食っていて、ふとトースターを見ると妙な柄のカバーがかけてあった。おかんのお手製なんだろうけど。
柄は、「へ○ぬ」と書いてあるもので、意味が分からん。おかんに聞いても「なんだろうねぇ?」とのこと。

で、その場は放置しておいたのだが、この間メールが来た。AB型はいつも突然だ。

判りました。江戸の粋です。室町小紋。

とのこと。もう忘れかけてたのだが。

ということで、これを手がかりに少し調べると、小紋というのは文字通り小さな紋(模様)を型染めしたもののことらしい。室町時代に始まり、江戸時代の大名行列の裃で普及し、果てに町民も使うようになったと。衣装や手ぬぐいなどに使うらしい。
小紋があるので、大紋もあるのかと思ったらあるらしい。中紋もあるとか。大きさで区別するようだが。

で、問題の「へ○ぬ」なのだけど、「へ」だと思ってたのは鎌の絵らしく(言われてみればそうだ)、これで「かまわぬ」と読むらしい。なるほど。
「構わぬ」ってのは「今が楽しけりゃ細かいことはいいさっ」てな江戸っ子の意気らしく、7代目市川団十郎が「かさね」の与右衛門役の衣装に使ったので流行したと。

なるほど粋だぁねぇ。

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2005年1月17日 (月)

ローマンエンパイア

本賞金 1億4410万円 京成杯だけかと思いきや、古馬で大阪城Sを勝っている渋い馬だ。
で、名前を直訳すると「ローマ帝国」

よく考えたらBlogにはVaticanのことしか書いていないので、少しばかりRomaのことを書いてまとめておこう。大体、なんで行ったかというと、「ローマ人の物語」を読んで共和制〜帝政のローマに興味を持ったからなのだ。なので、フィオレンティーナではなくローマ。ルネサンスには少し興味があるけど、間違ってもミラノに興味はない。
正月と日曜日を含む観光(見学)には最悪な日程ではあったけれども、その街並みは歩くだけでも十分に満足させてくれるものだった。写真はパラティーノの丘からフォロ=ロマーノ越しにヴェネチア広場側を撮ったもの。

○ 7つの丘
ローマは7つの丘に囲まれた広場(フォロ=ロマーノ)を中心に繁栄した国家である。ので、7つの丘制覇を目論んで行ったのだけど、クィリナーレの丘(だっけな?)が大統領官邸になっていて、当然入ることができず、断念。結局、上ったのはパラティーノとカピトリーノだけかな?カピトリーノは一番小さい丘で、古代には神の住む場所として住宅が建たなかったそうだが、今では市役所と美術館がある。パラティーノは帝政を始めたアウグストゥスが神殿を建てたりして有名なところで、見学可能。ここのチケットはコロッセオと共通なのだけど、余り知られていないらしく、売り場もすいているのでお勧め。コロッセオは地下鉄が到着するたびに観光客が吐き出されて切符売り場に長蛇の列を作るので、あらかじめチケットを持っていると、かなりの優越感をもって追い越せる。

○ 交通機関
空港から市内までは30分に1本直行列車がある。8ユーロぐらいだっけな。
ここで調べられるはず。Fiumicino AeroportoからTermini。チケット買って黄色い機械で刻印してから乗らないと、検札があって、高い罰金取られると聞いていたのだけど、行きも帰りも検札なんてなかった。もちろん改札口もないので、運がよければ無賃乗車できるってことね。直行列車は両方とも終点なので、先頭車両にのると空いてるし、降りてからが早い。
ちなみに Termini ってのはおそらく Terminal だし Terminate されてるってことなんだろうけど、切符売り場からホームまで歩いて10分ぐらいかかるでっかい駅。
地下鉄は、よくわからない切符の自動販売機で1ユーロのを買うとどこまでも乗り放題。これは改札機があった。けど、降りるときはなかったような。
Swedenもそうだけど、バスとか地下鉄は公共機関ってこともあって安いね。見習え>東京都交通局

○ 言葉
観光都市だと思われるので、大抵のところで英語が通じる。後、試してみたらスペイン語も結構通じた。スペイン語以外ほとんど通じないアンダルシアとは大違い。
でもなー、東京で定食屋に入って英語通じるかってーと通じないよなぁ。観光都市としては東京はまだまだだめかねぇ。
日本人も多いらしく、BarやCafeの店員が「アリガトウゴザイマシタ」「コンニチワ」ということも多い。一度「にーはお」と声をかけられたのと、何故か通りすがりのお兄ちゃんに半笑いで合掌して拝まれたのが気持ち悪かった。後、年明けの花火みて夜中にホテルに戻ってきたときに、ポーターのにーちゃんに「アケマシテオメデトゴザイマス」と言われたのにはびっくり。

○ 飯
ホテルの近所に地元民で混んでるレストランがあって、そこはめちゃくちゃウマかった。それ以外のレストランはいまいち。めっちゃ塩辛かったり。Cafeのパニーニ(サンドイッチ)はどこでも美味い。後、コーヒーが嫌いなおいらでもコーヒーは美味く感じた。酸味が強くないけど、しっかりした濃いコーヒー。
何気に美味かったのが、スーパーで買ったオレンジ。ちょっとワックスかかりすぎだけど、甘くてじゅーしーで美味い。
Pizzaは夜のおやつらしく、18時ぐらいから夜中にやっているところが多いらしい。今回は食べられなかった。歩き通しで、夜には疲れ果ててて。

○ 治安
スリが多いと言われたのだけど、幸い遭遇せず。というのも、冬だったし、おいら手ぶらで行ったからな。デジカメはポケットに突っ込んで、逆のポケットにガイドブックをちぎった地図を入れて。財布は胸の内ポケット。
うちの社員は昔コロッセオにいって、危ないと聞いていたのでポシェットを前に回していたのだけど、気がついたら子供が目の前にいて、Zipperをあけているところだったらしい。あなおそろしや。

○ 街並み
少し歩けば噴水、オベリスク、廟、教会、といった感じで古代から近代に至るまでの様々な史跡を目にすることができる。
のだが、目を足元に転じれば総じて汚い。空港も汚いし、街の歩道も汚い。あと、歩道は石畳なのだけど、ガッタガタでトランクのキャスターもって行かれまくりでわき腹筋肉痛でございます。
車の運転も結構荒っぽいのだけど、信号のないところでは、歩行者は気合を入れて踏み出さないといつまでたっても渡れない感じのところもある。歩行者が立っているからといって止まってくれたりはまずない。

○ いたりあん
人々は陽気だが、いい加減っぽい。最初に空港でチケット買おうとしたときも、となりの人と話しながら気が向いたら客の相手する感じ。おまけにおつりは投げてよこすのは普通らしい(別のCafeでもおばちゃんにコイン投げられた)。
入国審査のところとかでも警備員ぽいのが4人で座り込んで話してたり、バチカンの警備員は上機嫌で歌いながらうろうろしてたり(コルドバの警備員も歌ってたなぁ)。
それからタバコをよく吸う。そこかしこでタバコ臭い。のだけど、今月ぐらいからレストランは全面禁煙らしい。ほーらどんどん後進国になっていくよ>はぽん
後、スーパーで店員と客がすごい剣幕で喧嘩してた。JerezのBarでも店員と客が今にも取っ組み合いそうな口げんかしてたんだけど、あれがラテンってことかね。

そんなとこだぁね。もう一度いくなら、もう少し南の方、アッピア街道の方を見るのと、近くの都市やナポリ・カプリ島あたりまで足を伸ばしてみたいなぁと。でも、総合評価ではアンダルシアのほうが上かな。やっぱJerezがイイ。今のところ。

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2005年1月14日 (金)

ご利用月数

携帯電話の12月分の請求がきたんだが、12月で晴れて「ご利用月数 100ヶ月」らしい。
TU-KAを100ヶ月使ってる奴ってレアじゃない?ねぇ。ほめてホメテ。
更に言うと、うちは一家4人でTU-KAなのですよ。レアじゃない?

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ヌルイ

昨日は神田でトラックにひかれかけた。信号のない交差点だったんだけど、どう考えてもこっちがわたるべき(?)タイミングだったのに、よそ見でもしてたのか、トラックが突っ込んできて1m手前ぐらいで急ブレーキ。ギリギリかすらないですみましたよ。
運転席でおっちゃんが片手で拝んで「すまん、すまん」って感じだったので、軽く睨めつけて(池波正太郎風)打ち合わせ先にいったのだけど。

轢かれそうになったから unlucky なのか、轢かれなかったから lucky なのか・・・?
いっそのこと即死だったら lucky? なんて退廃的な思考をしながらも、改めて重度障害だけが残るのは勘弁してほしいなぁと思う。一応保険はかけてあるものの、手タレの俺様の場合、つぶらな瞳(視力 0.6/0.025)と両手(薬指18号)は命より大事・・・ではないな。やっぱ命か。

そんなことをボーっと考えてたら、5Fからエレベータに乗って、5 のボタンを押してしまった。ヌルイ。
2年ぶりぐらいに風邪をひいて、おととい飲んだ2002年が使用期限のルル(おそらく最初に入った会社の保険組合でもらったもの)が今頃効いてきたんだろうか。どうせならキマりたい。

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2005年1月13日 (木)

body perks

敢えてURLのみにしておくし、特にコメントもしない。
http://www.nikkansports.com/ns/general/p-so-tp0-050113-0003.html

ちょっと前の「オオカミ少年」でやってたネタだったけど、そん時はデーブ・スペクターは US で Body perks と言うとか、インリン・オブ・ジョイトイが撮影で使ってるとか言っていたが。
まぁ、東スポによればデーブ・スペクターは埼玉生まれの日本人らしいのであてにならんな。

個人的にはこの回の沢村一樹がよかった。俺様の中でかなり好感度アップ。

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White Elephant

4月辺りに引っ越そうかと思っているのだが、その話を親にメールで送ったところ、おかんから、
ベッド、持っていくの?
あれは、white elephant だと私は思うが。

との返事。
下らん駄洒落を言ったりする母親のことなので、何であろうかとひとしきり悩む。「しろぞう?」「はくぞう?」
ううむ・・・

で、調べてみると、white elephant そのままであった。
始末に困るもの、持て余しもの、金のかかる厄介物、明確に失敗とわかる試み
【語源】昔のタイでは、ホワイト・エレファント(白い象)は珍しいので神聖な動物と見なされており、それを捕まえると王様に献上され、王様だけがそれに乗ることができた。ところが、エサ代が高くつくという問題があった。そこで王様は、気に入らない家来にホワイト・エレファントを与えた。ところが、それを使うことも、乗ることも、処分することも許されず、ただエサ代がかさむばかりで破産に追い込まれた。

いやーひどいな王様。てか、さすが王様。王様マンセー。

でも、ベッド持ってるだけで金はかからんし、もてあましものかなぁ?確かにこれを機会に買い換えたいところではあるが。
母親から見ればでかくて邪魔なだけだということなんだろうか?オイラにとっては便利な合法的万年床なんだが。

ほかにも Whitesoxの本拠地コミスキーパークは建設コストの高さからWhite Elephant と呼ばれるとか、1910年代のフィラデルフィア=アスレチックスは選手の年俸が高くて White Elephants と呼ばれたとか。その後優勝したらしいけど。

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2005年1月12日 (水)

VOD

Video on Demand ではなく voda骨のこと。

ボーダフォン、純増4位転落──12月契約者数
あれ?4位って?キャリアって3つじゃなかったっけ?とか思ってしまうのだが、単月の純増でTU-KAに抜かれたらしい。てか、純増900って…

もうそろそろサイト作るときに vod 対応しなくていいかな〜なんて(ぉぃ

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コーテル

学生時分は下北沢を根城にしていた頃があり、学生ってこともあって、餃子の王将を愛用(?)していたものだ。友人2人と何かあれば行っていたような気がする。他にどっかで外食したのが思い出せないぐらい。

オイラは大抵、かにたま丼(てんはん=おそらく天津飯の略)で、たまに餃子をつけると店員が「てんはんいー、いーわんこーてー」と厨房に叫んでいたものだ。

が、週末99の矢部が餃子の王将で働くという番組をやっていたっぽく、ザッピングの合間に見かけたのだけど、あれって「イーガー(1人前)コーテル(餃子)」だったらしい。10年の時を経て記憶修正。何の役にもたたんが。
イーアルカンフーの続編、「イーガー皇帝の逆襲」はここからだったんだろうか?

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2005年1月11日 (火)

成人式

昨日は成人の日ってので、各地で成人式があったそうな。
今や「今年は荒れなかった」なんて枕詞がついてしまう(琉球では荒れてたみたいだけど)成人式なんだが、あたしゃ参加してないのよね。

今年はウイングスタジアムだったみたいなので、当時とシステムが違うかもしれないのだけど、オイラの時は、「その年の神戸の新成人を全員ポートアイランドに集結させる」というイベントだった。ので、そんなの参加しても同級生に会えるかどうかもわからず、また、中学・高校は大阪府民の方が多かったぐらいの学校だったので興味なく、すでに東京に来ていたのでわざわざ帰省するのも面倒、ということで、帰らなかったのだ。当時は奨学金の関係で住民票は神戸に置いてあったんだけど。

そんなこともあって20歳になったときの印象ってほとんどないのだ。酒だなんだといっても、実質解禁されたものもないし、それよりは30になったときに「え?30ってもっと大人じゃないの?」と感じたことの方が印象的ではあるな。

ま、新成人は頑張ってください。

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2005年1月 7日 (金)

亡国のイージス

派手に映画化するとか言うので、読んでみた。

あんま内容に言及するとネタバレるのだけど、上巻読み終わりごろには、「あれ?終わっちゃうジャン」って気分になったところをひっくり返して、下巻で引っ張っていくって言う感じ。系統的にはタイトルからしてそうなように、トム=クランシー系なんだろうけど、ちょっと引っ張りすぎって感じかなぁ。テーマというか作者の言いたいことが最初の方に出きってしまったからかも。
あと、最初のうちは、リアリティ出すためかもしれないけど、さほど激しいドンパチがないのに、後半になると皆でカンフーハッスル状態ですよ。ありえねー、って感じ。
そんなんで、ぐぐっと引き込まれていたのに、下巻の真ん中過ぎた後ぐらいで急に客観的になってしまって、最後の方は細かい描写とか飛ばし読みしちゃいました。

ま、でも飛行機で読むにはいいと思われ。時間を忘れて読める展開だから。ただ、何の伏線も無く種明かしされるような展開はなー、と思うのでした。そう考えると、同じくラストが読めず、どんでん返しがありながらも、もう一度読みたいと思わせる鬼平犯科帳というか池波正太郎はさすがだなぁ、と思うのでした。無関係だけどドラえもん犯科帳

色々考えさせられることもあるけど、Asian Tsunami の救援を「うちは大国だ」ってインドが拒否したり、アメリカが国連と援助額の多寡で喧嘩したり、日本も含め先進各国が競うように援助額を吊り上げていったりしてるのを見ると、どこ(の政府)も大して変わらんのでないかと思うのよね。
ただ、去年はイラク行って捕まった人やら、台風直撃、新潟の地震、拉致被害者、プーケットなんかがあって、国家が国民をどう支援してくれるのか?ってことを考える機会にはなったかもしれない。納税者としては税金は一種の保険でもあるわけだから、もう少し興味を持ってもいいかもしれないですな。保険にしては契約内容がはっきりしてないのが問題なんだけど。だから「補償金が少ない!」とか「あんな奴等に税金使うな!」とかいうことになるんだろうな。不慮の事態に備えるためにはある程度の遊びは仕方ないけど。

個人的には中越地震なんかを見てても自衛隊は頑張ってると思うのですよ。
自衛隊自体がどうあるべきかってのはバランス的に微妙だけど良いテーマかな。確かに救援してくれそうだけど守ってくれそうなイメージはないよね。でも在日米軍が守ってくれてるってイメージもないよね。ま、オイラは個人的に守らなきゃいけないものもないし :-)

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2005年1月 6日 (木)

Vatican

本当は昨日書くつもりだったのだけど、面積にこだわって長くなってしまったので…

ヴァチカンという非常に小さな国があるのは昔から知っていたけど、何故、周囲が全てイタリアというかローマに囲まれている小国が存在しえるのかは謎であった。ちなみに現在のヴァチカンの建国というか独立は1929年である。


これを説明するには、はるか昔の756年、(小)ピピンによる寄進まで戻る。カール=マルテルの子であるピピンのクーデターの時にカトリック教会が彼を支持したので、クーデター成功後、ピピンがラヴェンナなどの領土をローマ法王に寄進したのだな。この後も、様々な有力者が領土を寄進することが進んだために、いつのまにか教皇領なるものがヨーロッパでもかなりの大きさになり、一つの国のようになってしまった。こうして世俗化したことが、後に免罪符のようなシステムを生み出しプロテスタントを生み出す原因となったとも言われる。

で、時は流れて19世紀、昔のローマ帝国の面影も無く、ヨーロッパ諸国にバラバラに所有されていたイタリアを回復、統一しようとするRisorgimentoと呼ばれる運動が出てくる。結局、イタリア王国を建国して統一は成功するのだけれども、このときローマと一緒に教皇領も併合してしまったのだな。

余談ではあるが、この統一運動の中で活躍したガリバルディというオッサンは攻め取った領土を全て王国にささげて自分は表舞台から身を引くという行動で非常に人気があり、トラステヴェレのジャニコロ(Gianicolo)の丘には彼の像が置かれたガリバルディ広場(ここからローマが一望できる)がある。日本でも色々と取り上げられた人らしい。また、イタリア軍戦艦にその名前をつけたものが多いので、ライラ=ミラ=ライラのガルバルディβもその辺からかな〜なんて思ってみるんだが。

で、領土を取り上げられた法王は何をしたかというと、「イタリア王国に関った奴は皆波紋破門じゃー」という宣言をして、領土の代わりにイタリア王国が支払うという年金も突っぱねたんですな。なんだか、土地を取られて宗教的権威で立ち向かうってのが、俗っぽくて、キリスト者としてそれでいいのか?って気がするんだけど。そんなんだから Protest する人たちが出てくるんだよ。
で、1929年にカトリック教徒の支持が欲しい独裁者ムッソリーニによって、「ヴァチカンの辺りを返すし、国として認めてあげるから」ってことで、破門撤回。その後も続いているわけですな。
ちなみにこの国の市民権は勅命で貰うものだそうで、世襲はできないそうな。在留邦人2人ってことは聖職者かね?いいなぁ、オイラも欲しい(ぉぃ

何故ヴァチカンって場所が大事かというと、初代法王と言われる聖ペテロが皇帝ネロに殺されて埋められたのがヴァチカンの丘だからなんだそうな。聖ペテロはイタリア語だとサンピエトロなんですな。英語だとセントピーター?

ちなみに、サンピエトロ寺院に入ろうとすると、広場のところまですっげー並んでて、一瞬びびるのだけど、実は入り口のかなり手前でやってる空港と同じ手荷物検査&金属探知ゲートに並んでいるので、それほど待たずに入ることが出来る。ただ、入った後で、上のほう(クーポラ)に行くにはかなり並ばなければならない(オイラは諦めた)。
逆にヴァチカン美術館は、8:45に開くのだけど、8時15分ぐらいには行っておかないとエライことになる。ガイドブックには15時まで開いている日は(時期によっては午前中しか開いていない)11時過ぎに行くと並ばず入れる、と書いてあるけど、大晦日ということもあってか、11時ごろに出てきたときには城壁沿いにサンピエトロ広場まで行列が出来てた。1km近かったんじゃないかな。

つーことで、美術館もおすすめですが、寺院もかなりおすすめです。荘厳な創りも見ごたえあるけど、地下の歴代教皇の墓、宝物館にある悪趣味なぐらい飾り立てられた十字架などのお宝は見る価値あり。宝物館以外は無料だしね :)
あ、短パンにサンダルとかだと入れないそうなのでお気をつけあれ。

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2005年1月 5日 (水)

世界最小

2003年の大晦日は全国のお稲荷さんの総本山、京都の伏見稲荷に行ったわけで。先日の岩清水八幡宮も含めて、妙に総本山好いてる俺様は今年の大晦日に世界10億人と言われるカトリック信者の総本山、バチカン市国に行ってしまった。

この国を紹介する文章には大抵「世界で最も小さい国の一つ」という最小なのか最小でないのかはっきりしない形容詞がつけられるのだが、実際のところどうなんだろう?外務省のページでは面積が0.44平方kmで人口が827人である。皇居(1.15平方km)と比べてもらったところで、皇居は中に入れないし上からも見れないのでよくわからん。
ということで、オイラがK-1を見に行ったことのある東京ドームのページに行ってみると、よく言われる「東京ドーム1個分」の面積というのは46,755平方mらしい。0.44平方km = 440,000平方mなので、バチカン市国は東京ドーム9.4個分ってことだな。やっぱよくわからんが、まあいい。

ついでに外務省のページでモナコを調べてみると、面積は 1.97平方km で丁寧に「ヴァチカン市国に次いで世界第2の小国」と書いてある。だったらバチカンのページに「世界最小」って書けよ!!大体、外務省のページのくせして、バチカンのページには「バチカン」、モナコのページには「ヴァチカン」ってどっちが政府として正式の書き方なんだか…フォーマットも人口と面積の順番が逆になってたりするし、ええ加減やのぉ。役所のくせに。とりあえず、最小確定。


ということで、世界最小の国家に行ってきました、ということが判明。
さぁて、今年の大晦日はどこに行くかなぁ。

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2005年1月 3日 (月)

あけまして

おめでとうございます。とりあえず Roma から帰ってきましたよ。
なんだか、細めの木が根元から倒れてたりするんですけど、Tokyoでは何があったんでしょうか?


写真は最終日に撮ったパンテオン。Pan(全ての)theon(神)という意味らしい。2000年弱前のものがこれだけしっかり残ってるんですなぁ。
人がすごくて。詳細はおいおい。とりあえず寝るべ。

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2005年1月 1日 (土)

Capodanno

無宗教なオイラは普段の年明けは初詣に行く訳でもなく、普通にテレビ見て寝るわけだが。

昨日の晩は、美味そうなレストランがあったので、そこで18時から早めの夕飯を食べたのだけど、そこのワインがまた安い割にしっかりした美味いワインで(Lazio 2003 のなんたらだったと思うけど相変わらず行った事のないワイナリの銘柄を覚えるのは苦手だ)、すっかり酔っ払って寝てしまった。
寝る間際に執念でかけた携帯のアラームが23時になったので、何とか起きたのだけど、目が渋い。とてもコンタクトなど入れられる状態じゃないので、メガネをかけて、着替えてから外へ。昼間、近くの広場にオーナメントの準備がされていたので、その広場に行ってみようと思ったのだ。遠くから断続的な炸裂音がする。

しばらく歩いていくと、目的の広場に到達したのだけど、その周りの道に何かに引き寄せられるように歩く人々が。まさに老若男女が、何か一つの場所に吸い寄せられるようにぞろぞろと移動している。何というか、昆虫的な感じで気持ち悪いぐらいなのだけれど、どこに行くのかついていってみようとその集団に吸収される。広場の角から結構な坂道をずんずん登る。小さな交差点の角に出店が出ていて、Brut を売っている。むむ。よく見ると、周りを歩いている人も、手にビニール袋に入れたり、むき出しのSpumanteに紙コップかぶせてたり。なるほど、Spumanteをかけられることがあるっていう噂は本当か、と軽くびびる。それは嫌だ。

坂の頂上まで上りきると、すでに結構な人が集まっている。時刻は23時40分。広場のはしっこにびっしりと人が並んで向こうを見ているので、何があるのか見ようと隙間を見つけて割り込みぎみに覗くと、ああ、ここはかのスペイン広場の階段の上なのね。だが、残念ながらgelato食いながら階段を下りることはできなさそうだ。下のほうのスペイン広場から爆竹の音が聞こえ、たまに花火が上がる。花火といっても、日本とは比べ物にならないほどしょぼいのだけど。よく見ると、遠くの方でも花火が上がってるのが見える。と、ここで隣で腰に手を回してラブラブ感をかもし出してるのが、でっかい男二人なのに気がついてびびる。年明けと共に男女構わずキスをするなんて噂も聞いていたので後退。

そうこうしているうちにどんどん人が集まり、花火や爆竹の頻度も高まってきたので、Spumanteを浴びないように近所のhotelの入り口あたりまで避難。と、すぐ近くに路駐してあった車の後ろで突然爆竹が炸裂。どうも、素人も花火や爆竹を持ち寄って火をつけるらしい。怖い。

んで、ぼーっと遠くの花火、特に北西で上がってたのが日本的でキレイだったのだけど、を見てたら、突然皆がカウントダウンを始めた。つーか、こっちの言葉で数の数え方知らんので、いつゼロになるのか分からなかったのだけど、とりあえず空けたらしい。同時に高々と上がるspumanteの栓がいくつかと、激しい爆竹の音。遠くにはいくつもの花火が連続して上がり、なかなかきれいだった。そのうち、テレビのSerie Aサッカーとかで見る、やたら赤く燃える発炎筒を持ったにーちゃん2人がそこらじゅうを煙だらけにしだしたりして大変。

一応、噂の検証をしておくと、spumanteは基本的には年明けと同時に空けて、皆で飲むものらしい。ので、普通におとなしく開けて乾杯してる人が多かった。でも、やっぱり振って開けてる人もいて、オイラの右の方にいた夫婦っぽい人は、男の人の革ジャンを女の人が拭いてた。かわいそうに。あと、キスは余り見かけなかったかも。まぁ、集団から少し離れたところにいたからよくわからないけど。

ひとしきり花火を見た後、帰路についたのだけど、途中の広場の交差点のところで、若者20人ほどが花火を手に持って大騒ぎ。ねずみ花火っぽいのを投げつけたり、ロケット花火を超低空で飛ばしたり、かなり危険。と、ロケット花火がオイラの2mぐらい横に飛んできて炸裂。中学時代柔道部のキャンプで友人Mが海岸に向かって飛ばしたロケット花火が伏せてあったボートに当たって戻ってきてMの足元で炸裂した時以来の衝撃で、かなりびびった。
少し遠回り気味に奴等をさけて道路を渡ると、至近距離で連中を見て笑ってる妙齢のおねーちゃん4人組がいた。こっちの連中は花火とか爆竹に慣れてるのかねぇ。なんだか。

朝起きて News を見たら、炎上しちゃった車とか、足を引きずりながら病院に入る若者とか、担架で運ばれる人とかの映像が映ってた。やっぱそうなるよな。てか、オイラがそうならなくてよかった。

そんな感じで2005年が明けましたよ。今年はどうなることやら。

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