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2005年1月 6日 (木)

Vatican

本当は昨日書くつもりだったのだけど、面積にこだわって長くなってしまったので…

ヴァチカンという非常に小さな国があるのは昔から知っていたけど、何故、周囲が全てイタリアというかローマに囲まれている小国が存在しえるのかは謎であった。ちなみに現在のヴァチカンの建国というか独立は1929年である。


これを説明するには、はるか昔の756年、(小)ピピンによる寄進まで戻る。カール=マルテルの子であるピピンのクーデターの時にカトリック教会が彼を支持したので、クーデター成功後、ピピンがラヴェンナなどの領土をローマ法王に寄進したのだな。この後も、様々な有力者が領土を寄進することが進んだために、いつのまにか教皇領なるものがヨーロッパでもかなりの大きさになり、一つの国のようになってしまった。こうして世俗化したことが、後に免罪符のようなシステムを生み出しプロテスタントを生み出す原因となったとも言われる。

で、時は流れて19世紀、昔のローマ帝国の面影も無く、ヨーロッパ諸国にバラバラに所有されていたイタリアを回復、統一しようとするRisorgimentoと呼ばれる運動が出てくる。結局、イタリア王国を建国して統一は成功するのだけれども、このときローマと一緒に教皇領も併合してしまったのだな。

余談ではあるが、この統一運動の中で活躍したガリバルディというオッサンは攻め取った領土を全て王国にささげて自分は表舞台から身を引くという行動で非常に人気があり、トラステヴェレのジャニコロ(Gianicolo)の丘には彼の像が置かれたガリバルディ広場(ここからローマが一望できる)がある。日本でも色々と取り上げられた人らしい。また、イタリア軍戦艦にその名前をつけたものが多いので、ライラ=ミラ=ライラのガルバルディβもその辺からかな〜なんて思ってみるんだが。

で、領土を取り上げられた法王は何をしたかというと、「イタリア王国に関った奴は皆波紋破門じゃー」という宣言をして、領土の代わりにイタリア王国が支払うという年金も突っぱねたんですな。なんだか、土地を取られて宗教的権威で立ち向かうってのが、俗っぽくて、キリスト者としてそれでいいのか?って気がするんだけど。そんなんだから Protest する人たちが出てくるんだよ。
で、1929年にカトリック教徒の支持が欲しい独裁者ムッソリーニによって、「ヴァチカンの辺りを返すし、国として認めてあげるから」ってことで、破門撤回。その後も続いているわけですな。
ちなみにこの国の市民権は勅命で貰うものだそうで、世襲はできないそうな。在留邦人2人ってことは聖職者かね?いいなぁ、オイラも欲しい(ぉぃ

何故ヴァチカンって場所が大事かというと、初代法王と言われる聖ペテロが皇帝ネロに殺されて埋められたのがヴァチカンの丘だからなんだそうな。聖ペテロはイタリア語だとサンピエトロなんですな。英語だとセントピーター?

ちなみに、サンピエトロ寺院に入ろうとすると、広場のところまですっげー並んでて、一瞬びびるのだけど、実は入り口のかなり手前でやってる空港と同じ手荷物検査&金属探知ゲートに並んでいるので、それほど待たずに入ることが出来る。ただ、入った後で、上のほう(クーポラ)に行くにはかなり並ばなければならない(オイラは諦めた)。
逆にヴァチカン美術館は、8:45に開くのだけど、8時15分ぐらいには行っておかないとエライことになる。ガイドブックには15時まで開いている日は(時期によっては午前中しか開いていない)11時過ぎに行くと並ばず入れる、と書いてあるけど、大晦日ということもあってか、11時ごろに出てきたときには城壁沿いにサンピエトロ広場まで行列が出来てた。1km近かったんじゃないかな。

つーことで、美術館もおすすめですが、寺院もかなりおすすめです。荘厳な創りも見ごたえあるけど、地下の歴代教皇の墓、宝物館にある悪趣味なぐらい飾り立てられた十字架などのお宝は見る価値あり。宝物館以外は無料だしね :)
あ、短パンにサンダルとかだと入れないそうなのでお気をつけあれ。

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