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2005年4月 8日 (金)

外部記憶

今回の引越しに当たって、かなりな外部記憶を捨てた。容量にしてどれぐらいなんだろう。
VHSテープを20本ぐらい、Zipも10枚ほど、FDを50枚ほど、ハガキを30枚ほど、CD-Rを30枚ほど。
大半は中身が分からん。やばげ(前の仕事してたときの子会社のデータとか)なのは粉砕したりしたけど、その他はそのまま捨てちゃった。大方、録ったけど見なかった映画とかMP3とか旅行の写真のバックアップとかだと思われ。

オイラは母親に昔から言われていたのだけど、物を溜め込みすぎる傾向にある。親父の遺伝だと思うのだけど。常に「物を減らせ」「犬みたい」と言われ続けたのだけど、今回の引越しに当たってはかなり思い切って捨てた。
外部記憶って必要なものなのかなぁ。じじぃになったときに今回捨てたものに関して後悔するんだろうか?まぁいいや、こういうリスクを考え出すとまた何も捨てられなくなるから。

もっと様々なメディアをコンパクトに一元的に管理できる仕組みとメディアを作ってくれれば捨てなかったかも知れないのだけど。フォーマットだのエンコードだの気にしないですむ時代は来ないのかしら。マンションとかの売り文句も「光接続100M」とか、「ウォークインクローゼット」とかの売りじゃなくて、「Storage5P」「業界随一の検索速度」とかそういう時代が来て欲しい。
「あ、ごめんごめん、さっき電話出れなくて。えっ、いやちょっとストレージで思い出に浸ってたんだよね」なんて会話に憧れる。M$ブランドとかS○NYブランドのマンション。あぁ、BigBlueとかだと高級そうだ。引越しのときとかどうなるんだろうなぁ。夢は広がる…(てか、madだ)

ついでに、広辞苑と漢和辞典・小ぶりの国語辞典も一旦引越し荷物に入れたのだけど、取り出して資源ごみにすることにした。小学校高学年ぐらいから毎日と言わないまでも、分からないことがあればかなりの頻度で広辞苑を引いていたんだけど、ここ数年開いた記憶がない。
Google さんと常時接続環境があれば辞典って不要だと思うのよねぇ。情報がどんどん古くなっていくっていう意味でも紙の辞書って骨董的価値しかない気がする。
こないだきらきらアフロで、鶴瓶が「滑舌」って言葉が辞書に載ってないって言ってたけど(元々、業界用語であって一般人が使う言葉じゃないらしい)、そういうところも、紙メディアのUpdateの限界よね。ってMS-IMEでも変換できないってダメじゃん。

とりあえず、ネットは広大だわ・・・

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