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2005年11月22日 (火)

落語

日本人として日本文化を知っておきたいというので、今年は相撲・歌舞伎と来たのであるが、後残っているのって落語と能・狂言あたりか。

落語はちょっとしたブームらしく、聞くところによると新宿の末広亭とかにも若い人が集うそうな。夏辺りにも行き付けの大将から末広亭に誘われたのだけど問題が一つ。多くの人がそうだと思うのだけど、幼少の頃って落語=笑点ではなかっただろうか?オイラなんて落語家は大喜利をする人だと思っていたぐらいである。で、笑点には江戸の噺家さんが出ている。
でもって、多くの関西人にとって笑点=寒いのである。つーことで、幼少より脳みその中に、江戸落語=寒いというのが叩き込まれてしまっていて、大人になってから、そうとは限らないことを理解しながらも、江戸落語を見に行くと言うのは不安だったりして。

そうこうしていたら、たまたま何かで、第四回青山寄席 『笑福亭鶴瓶落語会』というのを見かけまして。そういえば鶴瓶が近年真面目に落語に打ち込んでいるというのはテレビとかでもよく聞いていたので、上方落語が東京で聞けるのならとチケットとって、日曜日の高橋尚子の後に行ってまいりました。場所は青山円形劇場。

落語は全部で5席。鶴瓶の弟子と露の都という女流落語家が1席ずつ、そして鶴瓶が3席でした。最初のお弟子さんは正直ちょっと微妙で笑えるポイントも少なかったので「やべー、やっぱ(古典)落語ってこんなもんかー」と落語デビューのオイラは思ったのですが、次の鶴瓶の1席目、桂三枝師匠の創作落語は枕から細かく笑いがあり、大爆笑も何度もおこって非常に面白いものでした。ネタも面白いんだろうけど、間などの技術以外に、声質とか顔や所作の雰囲気みたいな落語家然とした性質のようなものが、やっぱお弟子さんとは違うのかしらと思ったのでした。露の都は結局落語をやらず大阪のオバちゃんトークを20分ぶちかまして爆笑のうちに終了。本人は10分ぐらい枕(?)をやって、短めの落語をやって帰ろうと思っていたらしいのだけど、枕の受けがよく、そのまま喋りっぱなし。これはこれですごかった。
後は鶴瓶の自分噺というパペポに近い感じの自分の身の回りのネタを落語仕立てにしたもの、最後が古典の愛宕山で、中入を入れて2時間半でした。

今更なんですが、落語って一人芝居なんですなぁ。漫談とか漫才みたいに客に向かって話すのではなくて、状況説明を時折入れつつ、基本的には噺家が登場人物の会話・所作を演じ続けるというもの。要は噺家さんはメディアであり再生機なわけで。上手い噺家の話を聞くと、噺家が消えるとか聞いたことがあるのだけど、創作落語の一席を見てそういうことかと思いましたよ。創作落語は引き込まれるようで、登場人物一人ずつの顔や配置が浮かんでくるようでした。正直古典の方はそこまで引き込まれなかったのだけど、これは古典だからなのか、鶴瓶が自分でも言うように、まだ落語に親しんで浅いからなのか。

でもTotalで非常に満足でしたよ。椅子が低かったのと、高座が本当に高くて、つーか前から3列目だったからかもしれないけど、首から背中が少し疲れたけど。後、右後ろのオニーチャンがゲラなのが気になった。何かアメリカンコミックのHA!HA!HA!って活字の感じで笑うのだよね。ま、人の笑い声なのでどうしようもないのだけど。
笑うと健康にいいって言うしね。まだ落語の入り口の少しに触れただけだろうから、今度は機会があれば江戸の落語でも聞きに行くかなと。鶴瓶が「尊師」と呼ぶ春風亭小朝なども聞いて見たいかも。
能・狂言はなぁ。こないだGyaoで見た空中元彌チョップでいいか(ぉぃ

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