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2005年11月29日 (火)

黒田節

知り合いの女の子が気に入った男がいて、飲みに行ったら「ずっと歴史の話されてつまんなかった」と言う。概して男性は歴史好き(?)で女性は大して興味がないようなのだが何故なんだろう。こないだイタリアに行ってきたという女の子もひたすら買い物と飯の話だけだしな。Mediciの花の都に行って話すことはそれだけかよ!みたいな。

どっちかというとオイラも歴史が好きな方だと思う。空気を読まず飲み屋で延々と女子に喋るようなことはしないつもりだが、旅行などに行くと決めればまず史跡を調べる感じ。

で、先日、家の近所を高橋尚子が走ったことをマラソン好きの親父にメールしたところ、何故か母親から返事がありまして。
> The Japan Timesで見つけたのですが、恵比寿駅近くの渋谷川沿いに祥雲禅寺があるのご存知?
> 黒田武士の墓所ですと。
> 江戸はあちこちに有名なものがありますね。

どういう脈絡かよく分からんが、30年と少しAB型と接しているとこういうことにも慣れてくるのである。ん、「有名」ってとこだけがつながってるのか??

で、調べてみると祥雲禅寺ってのは京都にある真言宗智山派総本山智積院の原型のことらしくオカンのメールの訳がわからん。さらに色々調べると広尾に祥雲寺というのがあるらしい。臨済宗大徳寺派。宗教違うやん。
しかし、大徳寺と言えば京都のお寺の中でオイラが一番好きな寺である。北大路の北側なので少し遠いが、高桐院のアプローチの美しさはどの季節に行っても絶品だし(JR西日本のCMで流れた)、戦国時代好きには堪らない史跡がいくつもある(細川家代々+ガラシャの墓とか、蒲生氏郷の墓とか、利休が自分の像を置こうとして秀吉が切れたとか、石田三成の墓とか…)。

ってことで、週末の定例散歩がてら祥雲寺へ。広尾の商店街の一角に山門がありまして、でもその中には普通に住宅があったり。中には大徳寺よろしく、さらにいくつかの院があるんだけど、本堂(?)にたどり着くにはぐるっと回らないといけない構造。近年の開発でこうなったのか、黒田家のいざという時は菩提寺に立て籠もるという意向(と書いてる資料もあった)なのかは謎。
本堂の左側が墓所。今でも普通の墓場になっているので、オイラが行ったときにも墓参りの人々が何組かいた。

墓場に入ってすぐのところに、ペストで駆逐された鼠を供養した鼠塚なるものがあって面白いのだけど、そのまま墓場をずんずん奥に行くと急に背の高い墓石がたくさん。福岡藩黒田家だけでなく、支藩の秋月藩黒田家や有馬家などの菩提寺でもあるらしく古そうな墓石である。その奥に柵に囲まれた屋根つきの墓石。これが黒田長政の墓だそうな。時刻の関係で写真は超逆光なので中が写ってないけど、屋根のついた墓なんて初めて見たよ。
もっとも、福岡や京都大徳寺にも長政の墓所があるそうなので、どこに本物(?)が入ってるのか分からんけど。

その後ぐるっと回ってみたのだけど、みんな墓石に戒名が刻んであるので、誰の墓だか分からず。明治通りに出て渋谷に向かったのでした。出てすぐのところがドラマで黒木瞳が働いてる設定のビル(と思われ)。

史跡というと地方に行かなきゃならない気がするけど、よく考えたら江戸時代以降、東京で死んだ大名とかも多いんだよなぁ。つーことは都内にも結構墓があるのかもと思って調べてみたら宇喜多秀家の墓が八丈島にあるとか。遠島のまま死んだのね。南無。

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