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2006年6月19日 (月)

三流メディア

以前、雑誌のライターさんと話をした時に「昔は私の記事なんかも力があったんですけど、今はもう雑誌に力が無いんです。インターネットが出てきてから、『結局スポンサーの為に書いてるんでしょ』って読者に思われて、雑誌が信じられてないんです」と言っていた。そして力のなくなってきた雑誌への良質な出稿は減っている、もしくは単価が下がっているらしい。

昨日の日本=クロアチア戦、引き分けで次がブラジル戦という、実質決勝進出がほぼ不可能となったのだけどテレビのコメンテータは口を揃えて「勝ち点1」を賞賛していた。「まだいけます」「チャンスが残っています」と。現実を見据えたコメントを出来ないのはコメンテータとして三流じゃね?という意見もありそうなものだけど、どの番組も「スポンサーのため」に作られている空間なのである。逆に言うと、あそこにいるのは三流と思われてもスポンサーに傷をつけない(消費者に不快に思わせない)ことを選んでいる「プロ」のコメンテータなのだ。逆に言うと「サッカー日本代表」や「ドイツワールドカップ」が国内で盛り上がらないと困ってしまう人たちがイパーイいるということ。

雑誌や新聞というメディアは成熟しているという表現が適切なのか、辛辣な批評を売りにした夕刊紙や、サブカル誌と言われるようなニッチにFocusを当てたような一部採算が心配になるような雑誌などが存在する。タブーと言われる事にチャレンジしてしょっちゅう裁判沙汰になっていた雑誌とか。
まだ50年ほどしか経っていないTVというメディアはマスに強力に訴求する媒体として成立したものの、いつの間にか多くの人にスポンサー(の商品・サービス)を伝える事がミッションとなってしまい、番組の内容がどんどん空虚になっていくのであろう。参入障壁の高さ、チャンネル数の少なさが空虚なメディアを守っているのか。

一方でインターネット上には消費者の容赦ないコメントが飛び交う。価格.com や@cosme など、良いものを誉め、悪いものを貶す。素人が評価しているので、文章は時に読みにくく、また貧弱な知識を根拠に筋違いの批評をしているものも散見されるが、結果としてメディアに対する消費者の信用が生まれてきている。その結果、自社製品の評価が低く出されるかもしれないけどメーカとしては無視できず、バナーを貼る羽目になっている。つまり、スポンサーが批評されるかもしれないこと覚悟で出稿するという珍しい媒体なのだ。

選手が試合結果に怒っているのに、メディアは試合結果を誉めるという不思議な構図。昔ラモスが「負けたら誉めないでくれ」といった感じのコメントを出して怒っていたのを思い出した。
いつも日刊スポーツで文句ばっかり言っているセルジオ越後も、昨日のテレ朝の中継では好意的なコメントが目立った。今朝の朝刊にはどういうコメントを寄せるのであろう?

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