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2007年1月 3日 (水)

グレゴリオ暦

結局、年末のノロ騒ぎで心配してくださった方もいたのだけど、ノロじゃなかったっぽい。歯切れは悪いが抗生物質も3回ぐらいしか飲まなかったし、それで大晦日から食っちゃ寝を繰り返せてるし。

ただ、酷いのがゲーリーの反動である。医者に行った日が年内最後の日というのもあって、強めのゲーリーストッパーを出してくれたのだけど、それを2日ぐらい飲んだら強烈な便秘になりまして。

普段、便秘なんて無縁なもので、女子どもがそういう話題をしていてもイマイチ実感がなかったんだけど、これは辛いな。腹がどうこうというより精神的プレッシャーがあるね。「あぁ、またダメだった、俺…orz」みたいな。慣れかもしれないけど。
おかげさまで昨日辺りからいつもの俺様に戻りつつあるみたい。


そんな話を正月から書くなよ、と言われそうな気もするけど、「正月」として1年の節目を設定するのもナンセンスったらナンセンス。何かの整理をするために節目が必要なのはわかるので、例えば税務のための決算日が必要。なんだけど、そのために年度末の追い込みを営業がやる、なんてのも企業の継続性を考えるとマクロに見れば意味不明なのよね。別に決算日で会社が終わるわけじゃないし。何だか税務署やら銀行のために来年度の売上を必死に詰め込むわけ。で、それを毎年繰り返す。

正月が来るから大掃除、とか正月が来るから新年の抱負を、とかいうのも「俺は正月に死ぬ」なら分かるんだけど、人生の継続を考えると変な話だなぁと思う。

そもそも中途半端なんだよね。ユリウス暦からグレゴリオ暦に移行する際は、この先何年かの閏年を省略して徐々に合わせるか、一気に日付をジャンプするか悩んだそうなんだけど、結果として1582年10月4日の翌日が10月15日になる、という荒っぽい技をつかったとのこと。どうせ日付をいじっちゃうんなら、カエサルが暦を始めた日(1月1日)、なんてのを大事にせずに、もう10日ぐらいずらして冬至(12月22日)を正月にすれば美しかったのに。

そんなことを考えてたら、ガキの頃に読んだ星新一の本に「2000年になったらお祭りでもやって元号を『ニセン』という読み方の漢字にしてしまえば、西暦と元号を覚えなくて済む」なんて話があったのを思い出した。
元号も面倒だよなぁ。こないだ組んだシステムでも車検日は元号でお願いします、とか言われて変換組んだし。今年は平成19年。覚えておこう。

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