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2007年10月18日 (木)

Prague

帰ってきて半月がたってしまった。薄れ行くプラハの記憶を。

Praha はチェコ語であって、英語では Prague と書いて「ぷらーぐ」何か格好良くない。確か映画「アマデウス」のロケが行われたということで、街全体が中世の街並である。Budapest と比べても中世度合いが高く、真ん中をモルダヴ川が流れる非常に美しい街。

人種は確か元々チェック人。これは世界史だか地理で習った高校の知識なので怪しい。歴史の大部分ではボヘミア王国、ボヘミア地方と呼ばれる地域である。次長課長の河本が歌う葛城ユキのボヘミアンも、Queen のめっちゃ長い「Bohemian Rhapsody」も、このボヘミアのはずだが何の関係かは謎。

一時期は神聖ローマ帝国の都が置かれ、ヨーロッパ最大の都市となるも、ハプスブルグ家がウイーンに都を移してからはオーストリー(神聖ローマ帝国)の属国となる。プロテスタントの先駆けとも言えるフス派が本拠地とし、火器などを使ってカトリック権力と戦ったために神聖ローマ帝国にとってはかなり厄介な存在だったのだが、結局支配から逃れたのは第1次大戦でオーストリー=ハンガリー帝国が分解されたタイミング。ここで、晴れてチェコスロバキア共和国として独立するのである。
しかしながら、ここで再びナチス登場。20年程でチェコはドイツの属国となってしまい、チェコスロバキアは解体されてしまう。第2次大戦でナチス=ドイツが敗戦した後、戦勝国として何も無かったところに再びチェコスロバキア登場。チェコスロバキアの復活は国民の悲願であったのだが、何も無かったところに出来てしまったために政治は迷走、ソ連共産党の圧力を受けて共産主義国家となる。その後の厳しい粛清や伸び悩む経済から改革運動が起こるも、ソ連軍の介入という荒療治を受ける。これがオイラが生まれる数年前の「プラハの春」。結局、現在のような民主主義国家になったのは、記憶に新しい1989年のことである。何かニュースステーションで遠い国のこととして見てた気がするなぁ…元々、ハプスブルグ家、ナチスと支配されてきたことから民族主義の傾向が強く、人種の異なるチェコとスロバキアは93年の1月1日を持って分裂した。

プラハもブダペストと同様、観光地としては小さくまとまっていて、川の西側の丘の上のプラハ城周辺と、東側の旧市街が主なスポット。この川を渡る橋がいくつかあるのだけど、観光名所として有名なのがカレル橋。ここから眺めるプラハ城が美しい。


カレル橋の聖人像舐めのプラハ城

プラハ城はボヘミア王国の王宮であり、現在は大統領府が置かれている。丘というか小山の上にあるので結構な坂道を登ることになる。結論から言うとこの城は外から見たほうが綺麗だ。綺麗というか、中身はあんまりないのよね。特に「黄金の小道」なる土産物屋がつらなったようなところや、その後に続くダリボルカという監獄なのか拷問所なのかは個人的に見る価値ナシ。金取るなよな、という感じであった。
王宮もがらんとした体育館のような感じなのだが、実は財宝などは三十年戦争でスウェーデン軍に持っていかれているのだよな。持って行ったのはグスタフ=アドルフの娘クリスティーナ2世なのだけど、この人、ボヘミアのプロテスタント化を目指して攻め込んだのに、30歳前に王位を捨ててカトリックに改宗して、プラハの財宝のほとんどをヴァチカンに寄付してしまったそうな。なので、プラハの王宮にあった17世紀頃までの財宝は今ではヴァチカン美術館にあるんだと。オイラがローマ行ったときに見た中にもあったってことね。


ビクともしない衛兵
白人の悪ガキが鼻先までデジカメ持っていって撮影してたけど
動じなかった

この王宮で唯一の見所は聖ヴィート大聖堂というプラハ城の中にある教会。これだけは結構並んで入る。ムハのステンドグラスがどうこうとかガイドブックには書いてあるのだけど、ハイライトは尖塔。階段があって上れるのだけど、階段の下のところに「この階段は288段(うろ覚え)あるから半端ねぇぜ」的なことが書いてある。Sevilla のヒラルダの塔を真夏に登りきった実績もあって早速上り始めたのだけど、馬で王様が上まで上れるヒラルダと違って、幅1mちょっとぐらいだろうか、大人2人がすれ違うのがギリギリぐらいの螺旋の石段が延々と続く。窓もない。上から降りてくる人もいるし、後ろからは上がってくる人もいるしで、拷問のように淡々と石段を踏んで上がることを繰り返してたら、どっちの足上げるのか分からなくなってきてコケそうになった。
で、頂上についたらデッカイ白人オバちゃんが文字通り肩で息をしながら座り込んでるのと目があって、思わず二人で笑う。外見ると雨降り始めてるし。ぐるっと1周見回して、もと来た道を降りる。後ろでドイツ語で数数えてる女の子がいた。「ああ、そうだ、4はフィーアだったな」なんて思い出しながら、大学での第2外国語の無駄さを痛感する。ウイーンでもドイツ語は読めても全く意味が分からなかった。分かったのは zeitung が新聞なぐらいだ。


見ろ、人がゴミの…(again)

降りたら結構雨が本気モードになってきてたのだけど、そのまま歩いてストラホフ修道院へ。ここには中世の図書館がそのまま残っているとのこと。着いたら入り口に列が出来てて10人ぐらいなのに中々進まない。雨で寒いのに…。自分の番になって理由がわかった。チケット売り場ともぎりが両方老婆なのである。おばあちゃんに枚数を言うと、ゆっくりキーボードを叩いて発券してくれるので、それを受け取って隣のおばあちゃんに渡すとちぎってくれる…だったら二人で発券しろよ!みたいな。
中身は古い聖書やローマ教皇からの修道会の認定通知書類などが陳列されているのだけど、2つある図書館(室?)が圧巻。天井の装飾や書棚の雰囲気が中世そのままを持ってきたかのような感じ。写真撮影にはお金を払わなきゃなんないってので撮らなかったけど、行く価値あり。随所に立っている係員が全てオバちゃんなので、この修道会は女性の修道会なのかな?と思った。

余りに寒いのでトラムで一度ホテルに戻って着替えてから旧市街へ。実はここの2つの教会「ティーンの聖母聖堂」と「聖ミクラーシュ教会」が非常に美しい。外見もそうだけど中身が綺麗。もう17時近かったので急いで回る。まずは旧市庁舎の建物に行き、エレベータを乗り継いで展望台へ。何故かここのチケット売り場のオッサンは日本語を軽くしゃべる。


見ろ、人が(略


朝と違って魔女でも降りてきそうなプラハ城

で、教会の中は撮影してないのでな。まぁ、ミクラーシュ教会のボヘミアングラス製のシャンデリアとか、ティーン教会の荘厳な雰囲気とか中々のものです。後は近所のボヘミアングラス屋を冷やかして帰る。雨で寒かったのが残念。でも、それはそれで雰囲気があってよかったのかも。

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