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2007年12月 3日 (月)

典廐寺

長野というと中部のデカイ県を連想する訳だが、県庁所在地である長野市がどこにあるかを知る人は案外少ない。みんな松本辺りを連想するようなのだけど、長野市は長野県のかなり北方に位置する。てか新潟県に隣接してるよ。きっと。

かつて学生時代に上田まで研究室の展示で行った時は上野から特急あさまで小諸まで行って乗り換えたんだっけな、よく覚えてないけどそんな感じ。そんな特急あさまも長野新幹線あさまに取って代わられた訳で、東京から長野まで片道2時間弱で行けるのである。

ということで唐辛子を買いに行ってきました。

中学の修学旅行で一度来たことがあるような善光寺だが行ってみると全く記憶は無く。本当に来るのが2度目かどうかも怪しくなってきた…(ぉぃ
近頃、デカイ寺を見慣れてるオイラには正直インパクトは無かった訳で。いや、それなりに立派でしたよ。

で、別に善光寺がメインだった訳ではなく、長野駅から善光寺とは逆向きの松代行きバスで30分、水沢典廐橋という千曲川にかかる橋の登り途中の中途半端なバス停で降りる。他に降りる奴いないし。近くに、昔は横川の峠の釜飯で有名だった「おぎのや」が運営するでかい休憩所みたいなのがあって、観光バスが大量に止まっている。典廐寺への道案内の看板を伝って徒歩5分ほどで到着。

武田信繁、典廐信繁とも呼ばれる信玄の実弟が川中島で戦死して葬られたのがこの寺。寺の元の名前は違うが、真田信之の代に典廐寺と名前を変えたそうな。ちなみに信之の弟、真田幸村も後に使われるようになった名前であり、本名は真田信繁、これも人望厚く文武に秀でた典廐信繁にあやかったという。

1km ほど離れた八幡原の川中島古戦場には大河ドラマの影響か、やたらと人が群れていたのだけど、典廐寺は貸切。
まぁ、代理店の集客なんて上っ面だしな。だからこそゆっくり見れて良い訳なんだけど。時に代理店の片棒を担ぐオイラは言う資格もないか。

昭和天皇が皇太子時代に植えたという松や、東郷平八郎が来たときの記念碑などがあるので、戦前は忠臣とか武将としてそれなりのステータスだったのかもしれないけど、今では受付に人もおらず、皿に200円を正直ベースで払って入るような寺でしたよ。紅葉が綺麗でした。

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