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2009年11月13日 (金)

奈良散歩 -山の辺の道-

三輪山に登り終えてプルプルする膝で、山の辺の道を北上する。この道は三輪の南の辺りから天理市まで続く道だが、古事記にも記載があるという道。ヤマト朝廷はこの辺りを中心に造られたと言われており古くから開けた場所だったそうな。

山道ではなく、飽くまで「山の辺」の道なので少々の坂道はあるが、基本的には緩やかに果樹園の間を縫う街道である。


柿や薩摩芋、柚子など1袋100円置いて持っていくシステム
番人ならぬ番猫

少し歩くと桧原神社。元々、天照大神は皇居内で祀られていたが、それを初めて持ち出して祀ったのがここだとか。鳥居は大神神社と同じく珍しい三ツ鳥居である。その後、天照大神はここから伊勢に遷されたので、桧原神社を「元伊勢」とも呼ぶらしい。

この辺りから二上山がよく見える。2つある頂上の右側、雄岳には大津皇子のものと言われる墓がある。詳しくは火の鳥太陽編を読むがいい。


うつそみの 人にある我や 明日よりは
二上山を 弟背と我が見む

さて、山の辺の道に戻りしばらく歩くと、急にこんもりとした森が現れる。景行天皇の陵墓とされる渋谷向山古墳。宮内庁管理なので外から眺めるだけ。まあ景行天皇は存在自体が怪しい12代目の天皇なんだけど。調整の為に後から挿入されたとかいう話もあるが古代史は親父の専門なのでな。とりあえず宮内庁は景行天皇のものだと言っております。


ちなみに陵の正面はパチンコ屋だ
1500年後にそんなことになろうとは…

山の辺の道に戻っても良かったのだけど面倒になってきたので車道沿いを歩くと遠目に再度森が。崇神天皇陵とされる行燈山古墳である。このように古墳が隣接していることからも、この辺りが古代に開けていたとされ、つい最近大規模な遺構が見つかった纒向遺跡もこの街道沿いにある。
奈良・纒向遺跡に大型建物跡 卑弥呼の都、足固め

この辺りで15時過ぎ。実家に戻ることを考えると天理まで歩くのは難しいので柳本駅から桜井線に乗る。ちなみに1時間2本なので、ちょっと急ぎ足で駅へ向かった。逃すと30分待つ。


単線は何とも言えない味がある

一気に天理駅へ。足を休めたいと思ったものの、5分ほどで着いてしまう。
異様に宗教色の強い商店街を抜け、天理教本部前を通過。目的は石上神宮。現在では関東地方にも神宮が存在するが、そもそもは神宮と言えば、石上神宮と(伊勢)神宮だけであったという。
が、その割には道がどんどん狭くなり、道に迷ったかと思った頃に神宮入り口にたどり着いた。


紅葉はまだ少し早い

もう日没も近いというのに、そこかしこから鶏の鳴き声がする。神鳥ということらしい。それにしても良く鳴く。

ここも大神神社と同様、本殿が無く拝殿の裏の禁足地を拝むんだそうな。拝殿自体は特に面白くも無かったが楼門はユニークで良いプロポーションだと思った。

伊勢神宮と双璧といったイメージで行ったのだけど、呆気ないほど敷地が小さく。というか公開されているエリアが狭いのか。「こ、こんだけなの?」とキョロキョロしながら退出。ガイドブックも何も持たずに行ったので見逃しているのかも。

もう足が棒のようなので、天理駅に戻り、今度は近鉄で奈良西大寺へ。そこで何と阪神三宮行きに乗り換える。近鉄と阪神が相互乗り入れをして初めて乗りますよ。

ということで、家を出てから12時間かけて19時に実家に帰り着いたのでした。濃い1日でした。

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