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2009年11月

2009年11月30日 (月)

神戸製鋼@三洋電機

土曜日、昼過ぎに家を出て歩いて秩父宮へ。14時からトップリーグ1試合だが、着いた頃には前座?のトップイースト(トップリーグ2部)の試合後半途中だった。NTTコミュニケーションズ vs 三菱重工相模原。NTTコミュにブラッドリー・ミカがいるのは知っていたが、三菱に未だにトロイ・フラベルがいるとは思ってなかった。
相変わらずの突進力とハンドリングの良さを見せていたけど、彼のプレーだけが目立つ感じで NTTコミュが圧勝。確か首位と2位の戦いだったから、これでNTTコミュは来季トップリーグ昇格をぐっとたぐり寄せたんだろうか?

トップイースト見たのは初めてかな。リコーが落ちてたときに見に行こうと思って行けなかった記憶が。関東協会管轄なのでフラッグのデザインが違ったり、時計が止まらなかったりで、ロスタイム3分の表示が出たのが新鮮だった。
後、トップリーグ時代も気持ちの良かった三菱のサポータは相変わらず。相手がゴールを狙うときも「静かに」という札を上げて応援団に沈黙を要求したり、試合後も相手チームに惜しみなく拍手を送ったり。

さて、本ちゃんは三洋と神戸。神戸の全盛期のライバルはFWの三洋だったが、今となっては昔の話。トップリーグ初代王者に輝いた6年前に勝利して以来、神戸は三洋に勝っていない。果たしてどうなるかな、と思いつつ見ていたのだけど、神戸がハンドリングエラー連発。その割には頑張って耐えていたのだけど、20分過ぎに SO ブラウンの肩越しのオフロードにサポートの三宅が走り込んでトライ。
ブラウンのスキルも凄いのだけど、これに反応できるチームのレベルの高さが光る。この辺りから雲行きが怪しくなり、前半終了時に 22-0。

後半1発返して食らいつきたいところだったが、ペナルティ連発、SO森田のロングキックも角度が悪かったりと不安定でもうダメダメ。後半北川がトライして50-0となったところで、どんどんお客さんが帰り始めた。まだ20分以上あるのに…
神戸ファンとしては凹むとかいう以前に三洋のショータイムを楽しむ気分に。「スネーク、ショータイムだ…」ってぐらいの拷問っぷり。

最後に執念というかお慈悲というかで1トライ返したものの 50-5 ちょっとどうしようもない感じ。
三洋はトニー・ブラウンの素晴らしいオフロードがトライにつながるシーンが何度か、それに彼は神戸のLO ウォレスハリソンを真正面からタックルしてビシッと2度ほど止めていた。素晴らしいプレーヤーですよ。
後はHO堀江。代表と同じくラインアウトに難ありだったけど、それを補って余りある柔らかい走りと当たりの強さ。彼ぐらいの選手がジャパンのCTBになればジャパンもホンモノかな、と。

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2009年11月27日 (金)

技術者

今週は色んな人に会った。今日も朝から訪問であるが。

中でも気になったダメな技術者2人。

一人は大手企業の技術部門の中堅。企画会議のブレストに出てるのにほとんど発言なく。たまに口を開くと「私が前職で作ったXXシステムならこういう事が出来ます」のみ。この人が連れてきている部下がまたどうしようもなくてブレストなのに端から冷や水掛けていくタイプ。こういうのは若い技術者でもいるね。他山の石としたい。

もう一人は今週会ったというか、会ったのは数ヶ月前なのだけど、今週ダメさが炸裂した。

数年前から某サイトの裏方をやっておりまして。サイトは誰でも知ってる有名なとこのものなのだけど、オイラはクライアントの下のマーケ会社の下のデザイナさんの下。曾孫受けですな。クライアントは全くIT系から掛け離れているので、Webサーバ周りの面倒を見てる人がいるとのこと。
保守もしなくていいと言うので気楽な案件で、たまにデザイナさんから「こういうこと出来ますかね?」と聞かれたらホイホイ単発で受けてこなしてたの。

今年になって負荷が高いという嬉しい悲鳴でサーバ移転をすることに。ISPとの打ち合わせに同席して欲しいと言われた。なんで曾孫のオイラが?時間潰して金にもならんし、と思ったのだけど世話になってるデザイナさんに言われたので行ったMtgで初めてその"サーバ周りの面倒見てる人"に会った。オイラと同じか少し若いぐらいの人。まぁこの業界、年齢は関係ない。んで、何故かオイラが新サーバの設定することになった。まぁいいですよ、お仕事頂けるなら。

紆余曲折あって、移転が終わったのがこの間。色々片付いてほっとしていたら昨日デザイナさんからメールが。
「これって大丈夫なんでしょうか? Wさん(面倒見てる人)が作ったらしいんですけど」
見ると、/ の直下に別ドメイン(オイラ管轄外)の DocumentRoot らしきフォルダが作成されており。うは、斬新!と思ったのだけど、よく考えたら新しいサーバはロードバランサ挟んでるんで、コンテンツはファイルサーバに置くことになってるんだけどな。このままだと、アクセスする度に見えたり見えなかったりになりそう。

どうやら、ただのHTML作ります会社の人らしく。サーバとか詳しいですという触れ込みでクライアントに取り入ったものの途中からついていけず。丁度いいタイミングで現れたオイラに新サーバの設定を投げたんだけど、いざ色々自分がやろうとするとよく分からず。でもメンツ上オイラに聞くわけもいかず。ってなところでしょうか。

気付いたものの、先方がメンツを気にしている様子だけにこちらからどうやって指摘しますかねぇ、とデザイナさんと頭を悩ましているのでした。変な話だけど、オイラは設定だけで保守業務は請け負ってないのよね。この辺りも捻れ構造なんだけど。

そんな一方で昨日は以前仕事をした知人に紹介されて30前の技術系社長さんと話。相談事だったのだけど、挨拶して10分ほど話しただけで話が進む、展開する。頭のいい人と話をする楽しさを久々に味わったのでした。

オイラも人の役に立てるように、正直に生きていこう。頭ブン回して。

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2009年11月26日 (木)

Fumyの行方

昨日の続き
RadioShack Leave Beppu Matter To Skil-Shimano | Cyclingnews.com

あれ?連絡が取れたと思ったら、ブリュイネール曰く「いや、ベップがフリーだっつーから契約したんだよ。Shimano と契約あるなんて知らないよ」とのこと。「この件に突っ込むつもりはないから、後は Skil-Shimano とベップに任せるよ」と、かき回すだけかき回して退場。豪腕チーム恐るべし。

というわけで、現在日本にいる Fumy とチーム弁護士が話し合ってるそうな。何があったんでしょうねぇ、本人が口を開かないと真実は分からないのだけど。給与とかステップアップのパスとか本人の意図もあるんだろうけど、見てる方からすると Shimano だと今年も TdF に出られそうな気が。Radioshack だと春のクラッシック要員かな?という感じ。

どっちにせよ頑張って欲しいですが、早く決着して欲しいものですな。
移籍したかったのに残留になっても、オイラがシアトルで見た MAN.U時代のヴェロンみたいな無気力プレーはしないで欲しい。しないだろうけど。

こうやって時事自転車ネタでごまかさないといけないぐらい忙しい。じじじてんしゃ。

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2009年11月25日 (水)

???

今日投稿したら勝手にページデザインが変わった。「続きを読む」なんて設定してねーし。
俺様だけか?ココログが勝手に変えたのか?

ランスの悪口書いたからか?

な…何を言ってるのかわからねーと思うが(略

とりあえず暇になったら調査する

出た。
ブログトップページの見え方変更について: お知らせココログ

何だか乱暴なやり方だったなぁ。

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Quo Vadis

シーズンが終わり移籍だのチームのライセンス更新だのが落ち着いてきた今日この頃。
各チームから来シーズンの態勢が発表され、新城はシーズン終わる前ぐらいだったかにブイグと契約を更新。先々週辺りに別府も昨年と同じく Skil-Shimano の roster に名前が載ったわけですが。

昨日の朝というか一昨日の夜中なのかな、ランス父ちゃんが新しく作った Team Radioshack の roster に Fumiyuki Beppu の名前が。

ほえー、一転移籍かねー、まあ Fumy は元 Discovery Channel だしなー、と思ってたら、スポンサーの Trek がアジアでのプロモーションのために中国人の Li と一緒に引っ張ったんだというもっともらしい記事が。なるほど。
バイクスポンサー騒ぎと言えば、Specialized が Contador を QuickStep に引っ張ろうとあの手この手でオファーを出してたのだけど、コンタ君が Astana に残りそうなので Specialized も流れで Astana にバイク供給することになってしまったとか。ところが今度は「おいおい」ってなもんで、QuickStep は Specialized と袂を分かつことになってしまったり。Astana は昨年給与未払い騒ぎを起こしたもんで、未だに ProTour ライセンス降りてないし、降りないとコンタは移籍すると言ってるし、相変わらずゴタゴタしてます。

で、今朝。
Skil-Shimano Expect Beppu To Stay | Cyclingnews.com
あれ?

Skil-Shimano としては2010年の別府との契約は有効だと。何が起こってるのか分からないと。
渦中の Fumy は沈黙中。Shimano から連絡も取れないそうな。

帝王ランスが文字通り"豪腕"で何か起こそうとしているのか。奴のスタンドを体験してしまったのか(なんのこっちゃ
サッカーの移籍騒ぎとかだとよくあることだけどねぇ。パターンとしては何だかんだ揉めながらも結局移籍してしまうパターンかと。
しばらく見守りませう。

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2009年11月24日 (火)

IRB Ranking

ここのところはラグビーは所謂 Window month と言う奴で、各国代表がテストマッチを行っていたわけですが。
日本にはカナダ代表が来ておりました。カナダと言えば、前回のRWCで死闘を繰り広げ、最後の最後に大西将太郎のキックで同点に追いついた試合が記憶に新しいわけです。
仙台のゲームが 46-8、先週末の秩父宮が 27-6 ということで日本代表の危なげない勝利でした。いつのまにカナダは韓国レベルまで落ちてしまったのかしら。本当に日本代表強くなってるのかなぁ?ここまで圧勝だと却って良く分からない。「傷の回復をはかる稽古台にもならんわ!」 by ラオウって感じ。

そんな感じで日本は過去最高位のIRB Ranking 13位まで登りましたとさ。
それより上は、イタリア、サモア、フィジーってところで、1段目の超えられない壁かしら。その先にはスコットランド、アルゼンチン、イングランドという所謂「宗主国ゾーン」が有るわけでかなり遠そう。でもアルゼンチンは食い込んだわけだからなぁ。

さて、ランキングと言えば、北半球ツアーで南アがフランスに完璧に封じられ、首位をNZに明け渡しました。チームとしての完成度がどうとか、シヴィヴァトゥが蹴りすぎとか色々言われつつも危なげない All Blacks の安定感はさすが。一方で、イギリス4カ国とのグランドスラムツアーでグランドスラム達成をもくろんでいた Wallabies は England に勝ったものの、Ireland と引き分け、更には10位の Scotland に負けるというまさかの事態に。
9-8 でコンバージョンを Giteau が外したそうですが、Giteau お疲れ気味との報道も。今週末は Wales 戦だけど、結果次第で首脳人事の話になりそうですな、これは。同じ時間の FRA-NZ は JSports で放送あり。これはかなり面白そうです。

え?早慶戦がどうしたって?大学ラグビーは興味ないから。
ワラビーズの19歳が示す世界との歴然たる隔たり。~日本の大学ラグビーに危機!~ [SCORE CARD] - ラグビーコラム - Number Web - ナンバー

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2009年11月20日 (金)

京都御所

これで帰省絡みはラスト。

神戸空港が出来てからは飛行機で帰ることが多くなったのだけど、たまに新幹線で京都に寄りたくなる。別にどこを見るわけでもなくブラブラして買い物をして帰るのだけど。

今回は奈良に行くために新幹線で帰ったので、江戸に戻るのも新幹線。京都に寄ろうかと思っていたところ、親父が「御所に行きたい」と。聞くと、「御即位20年記念京都御所特別公開」だとかで、自由に見て回れるらしい。普段は事前申し込みの上、団体で案内付きでしか見られない。

ということで行って参りました。京都で降りて荷物をロッカーに預けようかと思ったら、どこも埋まっていたので仕方なく酒を背負ったまま歩くことに。凄いね、秋の京都。
地下鉄丸太町の駅で降りて京都御苑に入る。現皇居もそうなんだけど、芝生でピクニック気分の人々がいる。知っていたら軽くお弁当でも持ってくればよかったね、などと話をしながら進む。

普段から長い伝統と文化のある日本で、首都に世界遺産がないのはおかしいと思っていたのだけど、ここを歩いて分かった気がした。日本の首都は京都なんだな、と。

持ち物検査を受けて御所に入る。結構な人だけど混雑で歩けないほどではなかった。ただ、今日の江戸では信じられないぐらい暑かった。盆地クオリティ再び

さすがに豪奢で大きな建物、庭など見所がある。Seoul で見た宮殿にも似ている気がした。
ざっと1時間ぐらいだったか、1周して何か食べようと思ったのだけど、暑いし面倒なのもあって、出口近くの「食堂」とかかれた売店のオマケのようなところへ。きつねうどんを頼む。これが妙に美味く感じた。そういえば関西のうどんを食べたのは久しぶりかも知れない。

その後、前から一度行こうと思いつつ行ったことのない二条城へ。歩いて15分ぐらいだったかな。織田信忠が討ち死にしたものとは別で、江戸幕府が開いてから家康が建てさせたもの。その後は実質放置され、天守閣を焼失したりしたが、最後の最後に徳川慶喜が大政奉還を諮るために会議を開き決定した場所でもある。


二の丸


天守閣跡から二の丸方面

二の丸のだだっ広い広間や、見事な彫刻の欄干なども見物だが、ここはお庭が広くて綺麗な気がしましたよ。城と言うよりは御所とか寺に近い感じですね。もう少し秋が深まればもっと綺麗なのでせう。

地下鉄で烏丸御池まで戻り、両親とここでお別れ。オイラは姉小路の方に下り、三条で鴨川を渡り四条まで買い物しながらフラフラ。3日間歩きまくってさすがに疲れたので、京阪にのって七条。そこから歩いて京都駅へ。

みどりの窓口で指定席を1時間前のものに変えてもらおうとしたら「もうB (3人席の真ん中) しか空きがありませんが」と言われる。この時期混むんだねぇ。今度の3連休はすごそうだ。
「それ(B)でいいです」ということでN700系初め。幸い両サイドはオバチャンとそこそこ綺麗なネーチャンだった。
iPhone で WiFi 接続して喜ぶも、そんなにやることないね。「街道をゆく」の残りを読んで読み終わったぐらいで品川着。無事帰ってきたのでした。

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2009年11月19日 (木)

但馬 -天滝-

帰省の写真を整理しておかねば。

土曜日、田治米を後にしてから出石で蕎麦を食った。
元々信濃上田藩から移封されてきた仙石氏が蕎麦職人を連れてきたということで根付いたという出石蕎麦。皿で供された蕎麦を、山葵を溶いたそばつゆに卵とすり下ろした山の芋で食う。

仙石氏の大名としての祖は仙石秀久なのだが、この人は美濃斎藤氏=>秀吉配下=>大名=>九州征伐から逃亡=>高野山追放=>小田原征伐に陣借り=>大名復帰というネタ人生を絵に描いたような人なので興味のある人は色々読んでみるとよろしい。奴がいなけりゃ長宗我部信親も存命で関ヶ原もどうなったか分からん。
仙石秀久 - アンサイクロペディア

さて、もう一軒、西山酒造を訪ねようかという話もあったのだけど、天滝という兵庫一の滝が近くにあるというのでそちらを選択。天滝とかいて「てんだき」と呼ぶ。天から降るように見えるから天滝らしい。

駐車場についた頃には夕暮れ近い。徒歩1.2km。渓谷沿いを歩くとなるほど天から降るような滝がバハーンと現れる。

さらに階段を上がったところに展望台。落差98m。もう夕刻なので少し映りは悪いが。

この日も都合3台のカメラを背負っていた親父に色々教わりながら、絞りとかシャッタースピードをいじって遊んでみたのでした。


レタッチとかしてないよ

滑りやすい路面を1.2km降りてこの日は終わり。運転&観光案内の親父に感謝。

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2009年11月18日 (水)

幾楚者"

蕎麦屋や和菓子屋で前から気になっていた看板の文字。

ふとしたことで、まとめたページに行き着いた。変体仮名というのだね。旧字体とかそういうものかと思ったらそうではなく、そもそも音に漢字を当てて崩したものなのだとか。当て方は何通りもあるので、そのうちの一部が平仮名や片仮名になったようだ。

というわけで「しげお」。想像も付かんね。

変体仮名を覚えよう

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2009年11月17日 (火)

YAMAHAジュビロ プロ契約廃止

当社ラグビー部の2010年4月以降のチーム編成について

2009年11月16日
    ヤマハ発動機株式会社は、2010年4月以降のラグビー部「ヤマハ発動機ジュビロ」(代表:大坪豊生)の活動を、正規社員選手によるチーム編成をもって臨むことを決定しました。
  当社では、昨年来の厳しい経営環境を踏まえ、当社ラグビー部のあり方について検討を進めてまいりましたが、この度の決定に至りました。

昨年、ワールド・セコム・IBMがチームを縮小した。セコムとIBMは部員を全社員化。ワールドも同じ道をたどったが部員が足らずに休部。
今回のヤマハも同じ展開に。ただ、これまでのチームは Top League の降格ギリギリかもしくは2部から縮小だったのだけど、ヤマハは現在5位。前節も神戸製鋼に勝っておりプレーオフ圏内である。つーことは、来シーズンも Top League に残ることが濃厚。社員だけで東芝やサントリーと闘うのかなぁ。

ここのところ、元All Blacks キャプテンのルーベン・ソーンやトゥイアリィ、ダンカンなど世界のトップレベルの選手と契約して強化を続けてきただけに、今回のリリースは青天の霹靂とも言うべきもの。何か社内であったんかいな。殿ご乱心?

日本でのRWC開催とかオリンピックに7人制採用とかいうニュースが多かったし、個人的にも好きなチームだっただけに残念でございます。

しかしなんだ、ヤマハが撤退というと何故かスキー板を思い出すのよな。今じゃ知ってる人の方が少ないんだろうなぁ。白いデザインのが女性に人気だったんだけど。

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2009年11月16日 (月)

無駄ァ

「税金をお支払いして後押しした国民は何を実感できるんですか?」

「子ども手当てで所得制限はしない。全ての子供を育てることに全力をあげる。この国の活力を上げる経済政策とも言える」

何かと話題の「事業仕分け」。"平成22年度予算の概算要求の無駄を削る"ために無駄な事業を洗い出すんだそうな。で、上の方が某議員が"キリッ"と言いはなった名言。下は同じ議員が以前行った発言。何か矛盾してるように思えるのはオイラだけか?子ども手当で何も実感できない俺様。

科学技術関連の予算がバッサリやられそうな勢いらしいので、比較的理系の人が多そうなネット上は大騒ぎな訳です。オイラも学生時分はドクターの先輩とか助手とかが必死に書類作っては各種補助金とか学会の事務局とかを自分の研究室に引っ張ろうとしてたのを見てたわけで。というか、なんかそういう事務仕事が多そうなのが大学に残る気分を無くさせた訳で。
実際、私立は知らぬが、国立の大学なんて補助金とかその辺が無ければ研究機材もロクスッポ揃わない訳ですよ。文系はいざ知らず、理系はね。そりゃ科学素人にバッサリやられたら騒ぎそうだな。

でも、本書いて講演やって果てはTV出演してる先生もいるわけで、そうすると企業と共同研究とかでお金が落ちてきたりするのでね。学士の時はそういうのが上手な先生のところにいたし、修士は真逆の生真面目な先生(NHKの取材で噛み倒した)の下にいたのです。
もうちょっと日本の大学の研究室とか教授とかも商売上手(?)になった方がいいんじゃねーか?と。USみたいに研究室ごと会社作っちゃったみたいな話ってあんま聞かないよねぇ。

それにしても民主党、未だに支持は高いようで。一般受けはいいんでしょうかね?Newtonで育ったオイラは少し悲しいのですが。ここ数日の事業仕分けを見たら、竹内均先生はどう思われたのかしらと。

天下り等の無駄を省くために少しぐらい巻き添え食ってしまっても仕方ないのか。友愛、友愛。

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2009年11月13日 (金)

奈良散歩 -山の辺の道-

三輪山に登り終えてプルプルする膝で、山の辺の道を北上する。この道は三輪の南の辺りから天理市まで続く道だが、古事記にも記載があるという道。ヤマト朝廷はこの辺りを中心に造られたと言われており古くから開けた場所だったそうな。

山道ではなく、飽くまで「山の辺」の道なので少々の坂道はあるが、基本的には緩やかに果樹園の間を縫う街道である。


柿や薩摩芋、柚子など1袋100円置いて持っていくシステム
番人ならぬ番猫

少し歩くと桧原神社。元々、天照大神は皇居内で祀られていたが、それを初めて持ち出して祀ったのがここだとか。鳥居は大神神社と同じく珍しい三ツ鳥居である。その後、天照大神はここから伊勢に遷されたので、桧原神社を「元伊勢」とも呼ぶらしい。

この辺りから二上山がよく見える。2つある頂上の右側、雄岳には大津皇子のものと言われる墓がある。詳しくは火の鳥太陽編を読むがいい。


うつそみの 人にある我や 明日よりは
二上山を 弟背と我が見む

さて、山の辺の道に戻りしばらく歩くと、急にこんもりとした森が現れる。景行天皇の陵墓とされる渋谷向山古墳。宮内庁管理なので外から眺めるだけ。まあ景行天皇は存在自体が怪しい12代目の天皇なんだけど。調整の為に後から挿入されたとかいう話もあるが古代史は親父の専門なのでな。とりあえず宮内庁は景行天皇のものだと言っております。


ちなみに陵の正面はパチンコ屋だ
1500年後にそんなことになろうとは…

山の辺の道に戻っても良かったのだけど面倒になってきたので車道沿いを歩くと遠目に再度森が。崇神天皇陵とされる行燈山古墳である。このように古墳が隣接していることからも、この辺りが古代に開けていたとされ、つい最近大規模な遺構が見つかった纒向遺跡もこの街道沿いにある。
奈良・纒向遺跡に大型建物跡 卑弥呼の都、足固め

この辺りで15時過ぎ。実家に戻ることを考えると天理まで歩くのは難しいので柳本駅から桜井線に乗る。ちなみに1時間2本なので、ちょっと急ぎ足で駅へ向かった。逃すと30分待つ。


単線は何とも言えない味がある

一気に天理駅へ。足を休めたいと思ったものの、5分ほどで着いてしまう。
異様に宗教色の強い商店街を抜け、天理教本部前を通過。目的は石上神宮。現在では関東地方にも神宮が存在するが、そもそもは神宮と言えば、石上神宮と(伊勢)神宮だけであったという。
が、その割には道がどんどん狭くなり、道に迷ったかと思った頃に神宮入り口にたどり着いた。


紅葉はまだ少し早い

もう日没も近いというのに、そこかしこから鶏の鳴き声がする。神鳥ということらしい。それにしても良く鳴く。

ここも大神神社と同様、本殿が無く拝殿の裏の禁足地を拝むんだそうな。拝殿自体は特に面白くも無かったが楼門はユニークで良いプロポーションだと思った。

伊勢神宮と双璧といったイメージで行ったのだけど、呆気ないほど敷地が小さく。というか公開されているエリアが狭いのか。「こ、こんだけなの?」とキョロキョロしながら退出。ガイドブックも何も持たずに行ったので見逃しているのかも。

もう足が棒のようなので、天理駅に戻り、今度は近鉄で奈良西大寺へ。そこで何と阪神三宮行きに乗り換える。近鉄と阪神が相互乗り入れをして初めて乗りますよ。

ということで、家を出てから12時間かけて19時に実家に帰り着いたのでした。濃い1日でした。

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2009年11月12日 (木)

奈良散歩 -大神神社-

今西酒造を出ると暑い。酒の影響かと思ったが、どうやら気温自体が高いようだ。盆地クオリティ
JRは大神神社の境内と一の鳥居の間を通っているのだが、更にその外に高さ32.2m(日本一?)という大鳥居がある。が、これは昭和天皇参拝記念だとかで本来あんま関係ない。大鳥居の下の「みむろ最中」で親への土産を買って神社へ向かう。

本当か嘘かは知らぬが、まだ神様が人の形をしていない時代からある神社ということで、日本で最古とも言われる。現在ではオオモノヌシのニギミタマを祀っていることになっているが、森羅万象に神が宿るというアニミズムの形式を残しており、起源も分からないほど古い。
そのため、徳川時代に4代家綱の命で作られた立派な拝殿があるものの、ご神体のある本殿を持たず、拝殿からは三輪山を望む形となっている。拝殿と山の間には鳥居が3つ組み合わさった三ツ鳥居というのがあるそうなのだが、拝殿が邪魔(?)で見えなかった。三ツ鳥居と並んでこの神社の特徴は鳥居ではなく注連縄を結界(?)に使う点。鳥居の文化が出来る前からあるのだろうか。

ざっと見てから展望台へ向かう。今西酒造でご厚意に甘えて長く滞在したため予定の時刻を過ぎているのだ。
展望台からは大和三山が見える。右から耳成・畝傍・天香具山。


右端に大鳥居

ここで12時半前。東京から買っていったどら焼きを胃袋に入れて狭井(さい)神社へ向かう。こちらは大神神社の摂社でアラミタマを祀る。わざわざ来たのは、ここから三輪山に登れるから。
三輪山は上述のようにご神体であり、大神神社の拝殿の裏は禁足地なのだが、この狭井神社に唯一の入口がある。山の裏側から入ったらどうなんねん?とか、そういうことは考えないことにしよう。ここからしか入れないのだ。

登拝するにはいくつかルールがあり、まず社務所で住所・氏名・電話番号を書き、300円支払って襷(といいつつ首から提げる)をもらう。また、山中では飲食・撮影禁止。でも、水を持って行くのはいいと言われたけど。なので社務所の隣のロッカーに荷物を預け、タオルと水だけ持って登る。下山は16時までで、山には14時までに入らなければならない。

往復4kmということだがのっけから中々の斜度。基本的にずっと丸太の階段で普通の道はほとんどない。襷についている鈴が五月蠅くて牛にでもなった気分だがそのうちに慣れて気にならなくなる。たまにすれ違う人は年配のご夫婦が多いな。
ホイホイとペースで登ると開けた場所に社が。これは三輪山の神様ではなく後付けっぽく、さらに道を進むと注連縄で囲まれたゴツゴツとした岩の塊に行き当たる。石舞台をミニチュアにしたのに雑草がボウボウと繁った感じ。これが奥津磐座(おきついわくら)とのこと。古くはこうした岩に神が宿っていると考えたものらしい。三輪山にはこうした磐座がいくつか有るそうだが、登拝道で見られるのは2つだけ。

さて、写真も撮れないのでしばらく休み、汗を拭いて下りに入る。同じ道を戻るだけだが、道の横に転がる伐られた木が気になる。というのも、この山の植物には斧を入れてはいけない決まりのはず。何年か前に台風で被害を受けたとか聞いたような気がするので、枯れたり倒れたりした木を危険回避の為に伐ったんだろうな、と好意的に解釈しておこう。
途中、水垢離ができるところがあるのだけど、白装束のオバチャンが法華経か何か唱えてた。えー、ここ神奈備の中なんで、仏さん関係ないんだけどな。

下り終わって社務所に襷を返すため立ち止まると体に異変が。
急いだために2~3時間という上り下りを1時間10分でこなした結果、足の震えが止まらない。"はじめの一歩"で良くある奴です。頭は働いてるのに膝がプルプル震えて止まらない。Knock Out寸前。ロッカー前の椅子にしばらく座って水を飲み、落ち着いてから神社を後にしたのでした。

別にアリゾナまで行かなくても、日本にも神様の宿る山があるよ、と。石を拾っちゃいけないけどね。

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2009年11月11日 (水)

+J

「+J」好調、ユニクロ勢い持続

雨の日とかスニーカーで散歩する時用にやっすいデニムを持ってたんですよ。五反田のユニクロで買ったと思う。多分、3~4年前。さすがに見窄らしくなってきたので、またユニクロ行ってみるかと。

門前仲町で用事が終わった日、歩いて銀座まで。で、銀座のユニクロでウロウロしていると +J なるラインが。良く分かりませんが細身のジーンズが5000円弱だったのでご購入。中学時代柔道やってた影響で長らくスリムジーンズ穿けなかったのよね。その為か、つい細身に手が伸びる。
まずは数年前32インチだったのが今回スキニーで31インチになってた自分を褒めてあげたい。

で、帰ってきて見たら、+J の J って Jil Sander の J なんだと。自分の名を冠したブランドをプラダに買収されてから喧嘩して引退してたと思ったらユニクロですか。そういや LVMH に KENZO を買収されて出て行った高田賢三もユニクロと組んでたような。
言われてみればシンプルかな。ジーンズにシンプルもへったくれもないか。

しかしなー、プラダを出て行った理由は「安い素材を使いたくない」って理由だったと聞いたことがあるのだけど、そうだとしたら何だか矛盾してるような。年取ったら丸くなったってやつ?
まぁ、とりあえず散歩用ジーンズが手に入ったのでよしとしよう。本当のJil Sander ならパンツ1本で10万前後とかざらだったはず。

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2009年11月10日 (火)

奈良散歩 -今西酒造-

昨日のエントリと前後する。
希望的観測(もう見積もりばっかりの人生は嫌だ)も含めてだが年末にかけて忙しくなりそうで。今年というか来年は正月休みも短そうだし、帰省出来るかどうか怪しい。ということでの週末神戸であった。

が、ただ神戸に帰るのも勿体ないので、金曜休みを取って朝7時過ぎの新幹線で京都へ向かう。京都も魅力的だが7分ほどの乗り換え時間で"みやこ路快速"に乗り奈良へ。司馬遼太郎の街道をゆくシリーズ、「奈良散歩」を読みながら小一時間ほど揺られる。読んでいると興福寺や東大寺に行きたくなって困るのだが、心を強く持って奈良駅で桜井線へ乗り換えて更に南下。
この桜井線、本の続きを読みながら乗っていたら次の駅についてもドアが開かぬ。ローカル線や海外で見かける降りるときにボタンを押してドアを開けるパターンかと思ったが、それらしきものも見当たらず。ちょっと海外の交通機関に乗ったような緊張感
放送を聞くと先頭車両しかドアが開かないらしい。基本的に無人駅でワンマンのようだ。目当ての駅の一つ前で先頭車両に移動し、三輪駅に降り立つ。無人駅だが ICOCA のセンサがあり。SUICA互換なのでピピッと言わせて駅舎を出る。11時過ぎ。

さて、今回の目的は大神神社。大神と書いて「おおみわ」と読む。一説によると古来「神」と言えば「三輪の神」に決まっていたので「みわ」と読んだのだとかなんだとか。ここの神様は水神が転じて酒の神様でもあり、酒屋の軒にかかる杉玉は新酒が出来た印に大神神社の杉玉を提げるのが本来なのだとか。毎年11月14日にはお祭りがあって、全国の酒蔵に御幣と杉玉が与えられるのだそうで。

 古来より我が国では、お米が「お酒」に、大豆が「醤油」「味噌」へと発行熟成する現象を、神様のお働きによるものと信じ崇めてまいりました。
 古い書物によると、大和国の黎明期、三輪山に沢山の人々が集まり、建国に励んでおりました処、人々の心が散り散りになり、国家崩壊の危機に陥りました。そこで崇神天皇は、高橋活日命(たかはしいくひのみこと)に酒造りを命じ、三輪山に鎮まる神々にお酒を献じ、初めて国歌安泰の祭祀を賑々しく執り行いました。
 その時お供えしたお酒が、あまりにも見事な素晴らしい出来栄えであった事から、皆「神人和楽(しんじんわらく)」の境地に至り、大いに慶び、心を一つに力を合わせて国家再建の目的を成し遂げられました。この時、高橋活日命は、
  この御酒は わが御酒ならず 倭なす
        大物主の醸みし御酒 幾久 幾久
と詠み、このおいしいお酒は三輪の大神様がお造りになられたと誉め讃えられました。これより三輪の神様は「お酒の神・醸造の神」として篤い信仰を受けるようになり、併せて「味酒(うまさけ)」は三輪の枕詞になりました。

ということで、まずは三輪駅からほど近い今西酒造という蔵にお邪魔する。

予約も何も入れず、少しお酒を見せてもらって良さげなら購入しようかと軒をくぐると、気さくな40前後ぐらいの女性が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれた。「ここで買って送ることは出来ますか?」と聞くと「出来ますよ。よかったら試飲してください」と。冷蔵庫から6種類ほどを出してくれて、それぞれ丁寧に解説をしてくれた。「お茶でも出しましょうか?」とまで言って頂いたが、恐縮なので持って行った水で漱ぎながら試飲。
ここのブランドは「三諸杉」と書いて「みむろすぎ」という酒。「みむろ最中」というのも近所にあるので聞いてみたら「みむろ(みもろ)山」というのは三輪山の別名なんだそうな。なるほど、ということは三輪の杉ということで、杉玉の杉なのだな。
試飲してみると純米吟醸が美味い。もう1本、菩提酛という少し酸味のある面白い純米酒と都合2本を東京へ送ってもらうことにしたら、「今作業してなければ案内出来るかもしれないんですが、ちょっと見学されますか?」ということでお言葉に甘えて奥へ。奥と行っても仕切りの暖簾をくぐるとそこが作業場。


米研ぎ
普通にザブザブではなくストップウォッチで
測りながらのそこそこ緊張感ある作業

杜氏さんと蔵人2人でやっている本当に小さな蔵で、杜氏さんは38歳と若い。杜氏さん自ら色々見せてくれながら「どうぞ写真撮ってください」とやたら勧めてくれるので聞いたら「私も昔はカメラ抱えて色んな蔵を巡ってましてねぇ。酒好きが高じて」とのこと。酒好きに悪い人はいないよ(本当?)。
こちらの35%の大吟醸(出品用)は未だに木船で絞るらしく「こんなの本当は博物館行きですけどね」と笑いながら木船と水を汲む手押しポンプを見せてくれた。


船の中に雫酒を取り終わった袋を並べて押すそうな

ちなみに良くある蛇腹型の機械で絞ると酒粕が2割5分残るが、木船だと4割5分のこるんだそうで、それはそれは素晴らしい酒粕ができるんだそうな。近隣の住民が3月ぐらいになると「酒粕まだですか?」と聞きに来てあっという間に売れてしまうと。
「酒粕があるってことは大吟もあるのに、お酒は中々買ってくれないんですよ…」とこぼしていた。「山田錦を削ってねぇ、これだけ手間掛けて、搾りも大変で…本当はもっと高く売りたいんですけど、中々難しいですからねぇ。お客さんみたいに若い方がどんどん飲んで頂けると有り難いんですけど…」と。いや、悪いけどあなたと2つしか変わらないよ。
愚痴りながらもどこか楽しそうな杜氏さんが「じゃあ、これから作業戻りますんで」と仰るので、遠目から米研ぎを見せて頂いてお礼を言って失礼したのでした。

江戸に帰って届いたお酒の中にお手紙が。

何となく応援したくなる cozy でステキな蔵でした。
今西酒造株式会社

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2009年11月 9日 (月)

田治米合名会社

「好きな日本酒は?」と聞かれると困ってしまうのだが、何本挙げるにしても必ず「竹泉」は入る。

以前書いたが、二十歳そこそこで得た行き着けが日本酒100種以上を揃える店。親子程も歳の違う大将に色々と教えてもらううちに、体調も気分も良いときは最後の一杯に「竹泉 夢酔人」をもらうことにしていた。大吟醸の雫酒、何とも美味く兵庫県の酒ということもあって気に入ったのだ。

たまに0時前になって客がはけてオイラだけになった時には大将が隣に座ってバイトの女性に「オイ、晩酌持ってきて」と言うことがあった。"マスターの晩酌"というのが純米大吟醸の雫酒で「田治米」というラベルであり、相伴に預かったりしたのだが、これも美味い酒であった。
しばらくして田治米と竹泉が同じ蔵の酒と知って、なるほど何かとダラダラ話していても飽きないというのは酒の好みが合うからか、などとも思ったが、今考えれば酒の師匠と不肖の弟子の好みが合うのは当然だったのかもしれない。

その店がなくなったのが2006年頭。もう3年以上東京で竹泉を飲んでいない。たまに帰省すると、親がオイラの好みを知っていてくれて用意していてくれるのだが。通販も良いがふらっと買える店はないかと一度問い合わせたら、東京で田治米の酒を扱っているのは町田と昭島の酒店だと教えていただいたのだが、何とも遠い・・・


さて、この週末思い立って帰省したのだけど、親に連絡すると「田治米でも見学に行くか?」と。思いがけぬ誘いに一も二も無くお願いをして土曜に連れて行ってもらった。丹波の奥、但馬地方で山陰本線が通っているが、神戸からだと車がないとつらい。見学の予約をした母親曰く、やたらと「小さいところですから」と恐縮され”こんなとこまで何をしに来るのか?”ぐらいの感じだったという。オイラがメールで問い合わせをしたときも「小さな蔵ですので中々東京までは・・・」といった感じのお返事だった。

で、到着してびっくり。立派な塀に囲まれたお屋敷でした。聞くと敷地は約1万坪、ただ従業員が15人ほどで石高は800石とのこと。何を持って大小を評価するかは難しいものだなぁ、と。


いきなり山を借景にステキな中庭
右奥はかつての醤油蔵

元禄十五年に、和泉国田治米という土地から商売に来ていた商人が店を構えたのが最初だとか。元禄十五年(1703年)といえば、赤穂浪士の討入の年である。最初は酒造では無かったようだし、何時頃かまでは醤油も作っていたと。ちなみに未だに岸和田に田治米という地名があるようだ。

当然?見学は親子3人のみ。越中と書いて「えっちゅう」さんという営業の方がついてぐるっと見学をさせてくれた。今ある蔵は明治蔵・大正蔵・昭和蔵といってそれぞれの時代に立てられたものなのだそうだ。先月20日から仕込み始めたとのことで忙しい中丁寧に説明していただいた。


大正蔵を磨く蔵人さんが渋い
奥は麹室ということで見学できない


繁忙期が終わると社員総出で梅酒を造るそうな
梅酒用に20度の日本酒を使うと
この梅酒がまたキリリとして美味い

最後に入り口に戻ると事務所前に冷えたボトルが8本ばかり。最初に純米大吟の一升瓶の封を切っていただき、その後梅酒も含めて色々飲ませていただいたが紛れなく美味い
好きなだけ飲んでください」の言葉に甘えて最後にもう一度純米大吟を1杯。昼前にすっかり良い気分である。
残念ながら夢酔人、大将の晩酌は四合瓶がないので、雫ではない田治米ともう1本を江戸に送る。「すみませんがクール便ですので送料が…」と仰る。デフォルトがクール便というところに本当にお酒を大事にしているのだなぁ、と感じたのでした。出荷前のお酒も大型の冷蔵庫に積んであったし(普通に室温で平積みという蔵が多い)

出迎えてくださった事務の方から案内の方から、皆気持ちよく。なんだか自分が10年以上好きだった酒の作り手が良い人ばかりだったのに嬉しくなってしまいましたよ。
元来は1000石を超えていたというが、今では800石になってしまい。蔵には空の琺瑯のタンクがいくつかありました。本当に美味しいお酒があるのだから、日本人には日本酒をもっと飲んで欲しいものです。特に竹泉なら純米吟醸以上で是非。ホームページから通販も出来るので。

竹泉 創業元禄十五年 三百年の伝統を誇る銘酒 「竹泉」

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2009年11月 6日 (金)

ブックバカー

ブックカバーって本来は本を汚れから守るものだと思うのだけど、個人的には他人から自分の読んでる本を隠す目的の方が大きい。別に見られて困るもの読んでないけどさ。何か嫌じゃない?オイラが小市民なだけか。
ハーレクインとか読んでるわけじゃないぞ。あんなの読んだら喉の辺りをかきむしって悶え死んでしまいそうだ。むず痒さを知りたい人にはこの twitter acount がお勧め。
恋愛小説の出版社ハーレクイン (HARLEQUIN_JP) on Twitter

で、先日 Bledisloe Cup を見に行くときに買った本。スタジアムで時間つぶしに読もうと思って。
「カバーおかけしますか?」と聞かれて「お願いします」と答えたらこのザマ

いや別にダヴィンチコードの続編なんて読んでないから。ブックカバーの面を広告枠にするというのは、いかにも代理店とか広宣担当が喜びそうなもんだが、オイラには大迷惑だ。更に、このカバーは良くできていて背表紙も裏表紙もそれっぽく作ってあるのよな。

まぁ、仏陀うんたらとかいう映画の宣伝が載ってるよりはマシか…それにしても派手だ。

実際の中身はこんなもんなんだけどね。

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2009年11月 5日 (木)

為替りざると

1年前、10月23日に為替で賭けをした。のを忘れてた。

23日14時前のレート EUR = 124円 AUD = 64円。これでスタート。    JPY換算してAUDの方が得だったらオイラの勝ち。EURだったら shun-sang の勝ち。

結果、1年経って EUR=138円 AUD=85円とのこと。圧倒的にAUDということでオイラの勝ち。

1年前と言えば、リーマンショック直後ぐらいでこの先どうなるの?みたいな時だった。結果、YEN に比べて両方上がってるってのが皮肉だなぁ。ちなみに USD は変わっていないらしく、政権交代だ円高だとここのところ騒いでいた気がするけど long span で見ると変化は無かったということか。

てか、USDとYENが停滞したままで EUR と AUD が上がってるってことですな。民主党と小浜大統領の評価をするにはまだ早いかしら。

個人的には、賭けをスタートしてしばらくしてから AUD を買い増して、途中で南アのランドに乗り換えて、さらに先月それを売ってブラジルレアル債権にしてみました。ここまではわらしべ長者的に上手く行っているんだが、ブラジルはどうか。
しかし数値的に儲かってるはずなんだが、感覚的に儲かってる気がしないのは何故だろう…こういうのが不景気って奴なのかな。

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2009年11月 4日 (水)

コルク

日頃、古酒というものは飲まない。日本酒の話ね。泡盛なら飲むよ。
もちろん美味しい古酒も存在するのだけど、当たりの確率が低い気がして。そもそも紹興酒とかああいう味が余り好きじゃないし、店とか試飲会とかで「古酒です」と出されても、単に「ヒネた」酒を出されるだけってこともしばしば。飽くまで味覚の話だから個人的な感想だけど。

先日、仕事帰りにふらりとよって見た酒売り場の冷蔵庫で惹かれる瓶があり。麻酔済み、満寿泉の原酒ということでホイホイと買って帰ってきて「アレ?」っと。

よくみたら2002の文字。7年古酒でした。注ぐと独特の濃い琥珀色。覚悟を決めて口に含んだところが当たりでした。濃厚な味の中に葡萄のような甘み。なんでも、オーク樽で保存をしたものだそうです。

その辺りの商品差別化の一環だと思うのだけど、普通の日本酒と違ってコルク栓になっておりまして。

これが中々に面倒くさい。何がって保存がね。普通の日本酒ならスクリューキャップか、あれ何て言うの?金属のテコがついたゴムパッキンの栓。オイラ一人だと四合瓶を一気には飲まないし、そもそも注いだら冷蔵庫に戻したいわけです。コルクだとその度に別のキャップをしなきゃなんない。

ワインの世界でも品質保全の立場からすればコルクよりもスクリューキャップの方が優れているというのは実証されているわけで、キュルキュルポンという雰囲気と見た目の格好良さだけでコルクが使われているわけですな。まぁ、長期保存したときにどうなるかは結論が出ていない、というのがコルク派のワイナリの言い分ですが。(瓶詰めしてからのエイジングにはコルクの隙間を通して出入りする空気が作用するかしないかと)

と、思い出したのだけど、ポルトガルはコルクで有名だそうで。なんかコルク細工みたいなのをいっぱい売ってましたよ。鶏のついたコルク栓とか。

そういや今回、シェリーに合うものは古酒にも合うというのを聞いたのを思い出して、小エビとシャンピニオンのアヒージョなど作って食ってみましたが、なるほど合う気が。というか刺身が合わない。その他、例によってクリームチーズにペッパーと奈良漬け、クリームチーズに山葵漬け叩き込んだのをバゲットに塗ってみたり。大変美味しゅう御座いました。

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2009年11月 2日 (月)

Veni vidi vici.

オイラは「見た」だけだが。

土曜3時。早稲田-帝京をJSportsで流しながら外出準備。秩父宮は暑いらしく学生どもが膝に手を置いているのだが、果たしてどうか。寒くなっては叶わないので一応ジャンパーをリュックに入れて家を出る。服装は出来るだけ黒く。

てくてく歩いて1時間ほどで外苑前のLIBLO到着。時間潰し用に池波正太郎を一冊。その後秩父宮方面に向かってファミマに入ろうとしたら「はぅりけいんず、はぅりけいんず」と声を掛けられたので見ると、頭にキウイ(鳥の方な)の人形を乗っけた白人が指さしてた。ああ、ハリケーンズのTシャツ着てたのを忘れてたよ。笑顔を交わして店内で紙パックのお茶を買う。国立はペットボトル持ち込み禁止とかうるさすぎる。

で歩き始めたら、どうやら秩父宮の大学ラグビーが終わったらしくゲートから人がぞろぞろ。その先の神宮の六大学野球も終わったところらしくぞろぞろ。すんごい渋滞の中、デカイオージーとかニュージーランダーが歩いててもうカオス。

漸く到着して座る。10mライン内側。うーん、販売当日に買った2万のチケットでここですか。それも国立だから間にトラック入ってて遠いし。まぁ仕方なか、と思ってたら右の方に頭の良さそうな学生どもが現れて「うおっ、すげー、めちゃめちゃ近いじゃん!」とか大騒ぎ。お前ら、どんだけニワカなんだよ、と。秩父宮でラグビー見たことないのバレバレだろ、とちょっとイラっとしたところで(ホントに最後まで五月蠅かった)、追い打ちを掛けるように後ろのネーチャンが「ねぇ、どっちがオールブラックス?黄色い方?」とか聞いてる。撃沈。「ブラック=黒」ぐらい理解してから来て欲しい…

前の座席にでっかいNZ人4人がビールを8つ持って座ったあたりでセレモニー。NZ人ってオーストラリア国歌も歌えるんだなぁ、なんて思ってるうちに終了してお決まりのハカの後キックオフ。

試合は前半から Wallabies の気迫のディフェンスが刺さりまくり、お互いに積極的に回して攻めるシーンが目立ったんだけど、後半に入ってからは両チーム慎重になってギタウとDCのPG合戦になってちょっと地味に。
両チームこれからヨーロッパツアーということで、まだ少しミスが多かった気もするけど、それでも端々にスピード、技術の高さを感じさせましたよ。スクラムはこれまで日本で見たことがないぐらい低かったし、展開・タックルなど思わず「おわっ」とか声が出るシーンが多くて、喉涸れ気味でした。ノヌーと奥さんに言われて長髪を切ったクロスが目立たなかったのは残念だけど、シヴィヴァトゥ、C.スミス、オコナー辺りは見せ場があって良かったですよ。オコナーは生で見ると倒れ方が怖いけど。よっぽど足首とか膝が柔らかいんだろう。
SH はカウワンよりゲニアが小気味よく見えた。後、D.C.のランニングスキルはすげーなーと思ったシーンがいくつか。
残念だったのは、両軍取っ組み合いみたいなシーンが繰り返し見られたこと。これまでそういうシーンってあんまり記憶になかったんだけどなぁ。この絡みかどうかわからないけど、試合後にウッドコックは1週間の出場停止になった模様。

MOM はマコウ。現場で見たのでブレイクダウンでの動きはよく分からなかったけど、感じとしてはマコちゃんではなかった気が。じゃあ誰かと言われると、それほど傑出したプレーの選手もいなかったかしら。角度の無いところから淡々とPGを決め続けた D.C. かな。sin bin と後半のミスが無ければシヴィヴァトゥだったんだろうけど。

まぁ、何せ素晴らしい試合でした。心配された集客もCat2 が売れ残り、数千人は招待とかで突っ込んだみたいだけど、4万3千と興行的に成功だったような。観客の半分ぐらいは異邦人だった気がする。少なくともオイラの周りは。
日本で本気の世界トップクラスのスポーツの試合って中々無いもんねぇ。来たって手抜きだったりするし。サッカーのトヨタカップぐらいか。またこういう機会が欲しいものです。

帰りは人波が凄かったので近所の店に待避して腹拵えをしてから徒歩で帰宅。途中、六本木の交差点はハロウィーンの夜ということでカオスが充満してました。トゥニカに月桂冠の白人とか、ミドレンジャーっぽいのとか、チャイナドレスのネーチャンとか。まぁ切支丹でも無い俺様には無縁だ。もっと言うとプロテスタントには本来関係ないんじゃないのか?

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