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2010年3月

2010年3月31日 (水)

POLICENAUTS

珍しく起きてぼんやりしながらテレビを見てたら衝撃の映像が。

どうやら個人用ホバークラフトらしいのだけど、クライストチャーチの会社が開発してUSのベンチャーが販売することに決まったとか。1台?1基?9万ドルなんだそうで、円高の今なら800万ぐらい。高めのセルシオぐらい?時速も100km出るそうなので、車買うよりいいんじゃね?燃費は知らんが。

日本の法律ではこのサイズの航空機(?)を取り締まる法律が無いとかで、今なら無免許で操縦可能。ただ、安定性確保の為、体重が70kg~120kgの間じゃなきゃいけないとかで、オイラは増量が必要だな。

何だか皆さん LA Olympic を想起するそうなんだけど、オイラは「覚えておくんだな、ポリスノーツ」を思い出してしまった。レッドウッドが塩沢兼人の声で覚えておけというんだから忘れられない。

てか、3DO 版があったなんて知らなかったよ。
懐かしいなぁ。「いいかジョナサン!」てなぁ。久々にやってみたいが今やっても面白いのかなぁ。

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2010年3月30日 (火)

オカネクダサイ

お金ください! 「子ども手当て」に外国人殺到で大混乱

麻生内閣の時のばらまきは何だっけ?知人の地方自治体職員が結構大変なことになってたんだけどな。当人は別に支給の担当じゃなかったんだけど、支給するためのチームが組まれて、そこに人が取られてどこの部署も人手不足で大変だったと。

前回は管轄下の住民の年齢要件とかだけチェックすればよかったから住民基本台帳の確認だけでよかったんじゃなからうか?今回は養子とか海外在住のチェックはどうするんですかね?どうやら政府は地方自治体に丸投げらしいんですが。
数百人単位で養子縁組みをした人もチラホラいるらしい、とかいう話もあったり。我々の税金はどこに行くんでしょうかねー。異国の縁組みディーラーみたいなの通じてマフィア的なところに行くんですかね-。

それより何より、海外に住んでお子様を育ててる歴とした日本人の友人達には支給されないのかな? もう突っ込みどころ大杉でどうすんの?って感じ。日本人の子供のための手当じゃなくて、日本在住の親のための手当っていう。最早子ども手当じゃねーよ。

そんなところに香ばしいニュース。
鳩山事務所リストラ、背景に母の援助切れか

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2010年3月29日 (月)

桜監視

週末は桜パトロール。
土曜起きて思いついて日本橋へ。朝8時半。我ながら早過ぎる。

日本橋~八重洲口までの桜並木。まだまだ三分ぐらい。

そのまま江戸城大手門。何か先週辺りにも来た気がするぞ。デジャブ?
蕾固い。

丁度9時で門が開いたので異人さんの集団とかと一緒に入る。本丸に1本だけ狂い咲く桜。枝振りがすごい。地面に落ちそうなところで辛うじて取り戻したような枝。

北の丸公園に入り、木村カエラ追っかけが座り込む武道館前を通過してお堀。中々綺麗だけどやっぱり五分ぐらい。

人生初靖国神社。全くでした。海軍特攻隊慰霊祭とかいうのをやってました。

実は神社の中より靖国通り沿いの方が咲いてるかも。空の具合が余りに良いので1枚。

千鳥ヶ淵。ボートに乗るアベック(死語)が寒々しい。蕾もしっかり。

翌日。昼過ぎに六義園へ。これで3年連続六義園の桜。さすがの枝振り。しかし天気悪いし底冷えするし。結構咲いているようでまだ五分~でしょうかね。

総じてまだまだですが、来週は金曜雨の土曜曇りってことで、今年は花見はハズレでしょうかね。

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2010年3月26日 (金)

177

NTT「177」10時間以上更新されず

このトラブルは、NTTが行っている「177天気予報サービス」で23日午前11時ごろから天気予報や注意報などの情報が更新されなくなったもの。午後9時半ごろまでには復旧したが、この間、気象庁などには約60件の問い合わせがあった。

システムテスト用のデータを流したつもりが、本番、それも全国に流して誰も気付かず10時間経ったと。
で、問い合わせ60件。

まぁ気象情報ってことで間違ってても気付きにくいのもあるだろうけど、それにしても問い合わせ少ない気が。

昔は新聞かテレビか電話しか気象情報を得る手段が無かったわけで。上京してしばらくして新聞を取るのを止めてからは、朝バタバタしてるとテレビの気象情報が丁度良いタイミングで見られるわけでもなく。つーか、画面の上の方にスーパーインポーズするようになったのっていつからだ?昔からあったっけ?
何せ、結構な頻度で177に電話して天気予報確認してから出て行ったものだ。

今じゃPCなり iPhone なりでいつでも確認できるからなぁ。もうそろそろ電話での情報サービスってのも終わりじゃないかねぇ。

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2010年3月25日 (木)

江戸落語

一緒に飲む方々に落語をご覧になる方が多く。お誘い頂いて都内のお寿司屋さんでやる落語会にお誘い頂きました。先週の末のことでございます。

数年前に笑福亭鶴瓶が古典落語を勉強し始めた頃に青山円形劇場に行ったことがあり。その時は前座等挟んで鶴瓶は3席だったのだけど、その中で唯一掛けた古典が「愛宕山」でした。
当然、はめ物ありの上方落語。ペースを変える音曲に合わせて噺家さんの所作のペースも変わったり、頃合いを見て見台を叩くとぴたりと音が止んだりというのも引っくるめて中々の芸だなぁ、と思って見た記憶が。

この日は立川談幸一門とのことで真打の談幸師匠が掛けたのが奇しくも「愛宕山」。上方だと大阪でしくじって祇園に流れてきた幇間がぼやきながら山登りに連れて行かれて、という話だったのだけど、江戸落語では江戸から京都に遊びに行った旦那に着いていった幇間が、という話にアレンジされている。

神戸人なので上方落語の台詞は普通に入ってくるのだけど、江戸落語も池波正太郎とか読んでたからか別段違和感も無く。特に鬼平辺りが良かったのかな。「ああ、やっぱり『ひ』を『し』って発音するんだなぁ」などと思いながら聞いておりました。例の「おシャカ」の語源ね。

落語をそんなに見たことが有るわけではないので、比べてどう、とも言えないのだけど中々楽しゅうございましたよ。ただ、柔道部時代はどれだけ座ってても平気だった正座がツラかった。で、オイラは胡座かいてても足(股関節)が疲れるのでこれは困ったなぁと。座布団の加減だったのか何だったのか。

落語会の後は噺家さんも混じっての宴会。二つ目の吉幸さんから「自分が丁度いい調子で話していると思っていると、お客さんには早く聞こえるもんだと師匠に言われてる」とか、色々プレゼンテーションにも通じるようなお話を伺えたりして面白かったですよ。後は談幸師匠と酒の飲み方の話したり与太話をしてお開き。

またポチポチ勉強してみましょうかね。はまるかどうかは分からないけど。

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2010年3月24日 (水)

ゲイツ謹製原子炉

次世代原子炉:100年連続運転の開発、ゲイツ氏が東芝とタッグ 私財数千億円投じ

米マイクロソフト創業者で会長のビル・ゲイツ氏が資金提供する米ベンチャー企業「テラパワー」(ワシントン州)と東芝が、次世代の新型原子炉開発での技術協力に向けた検討を始めたことが23日、明らかになった。新型原子炉は、現在の原子炉のような数年ごとの核燃料の交換をせず、最長100年間の連続運転が可能という。ゲイツ氏は数千億円の私財を投じる構えを示しているという。

Windows 作った会社の人が100年動くもの作れるとは思えないので、とりあえず冷蔵庫開発ぐらいから始めるのがいいんじゃないのか、とか思ったり。原子炉だったらSP1出す頃には大惨事が起きてそう。プリウスのブレーキ制御どころの騒ぎじゃねーぞ、と。あぁ、有能な弁護師団がいるから大丈夫か。

そういや、昔某企業で基幹系をNTベースに移行してから3日に1回サーバ再起動してます、みたいな話を聞いたような。3日に1回落ちる訳じゃなくて、連続稼働してるといつ落ちるか分からないから、という理由だったのだけど。

こんなのもあったね、なんてね。
USS Yorktown (CG-48) - Wikipedia, the free encyclopedia

From 1996 Yorktown was used as the testbed for the Navy's Smart Ship program. The ship was equipped with a network of 27 dual 200 MHz Pentium Pro based machines running Windows NT 4.0 communicating over fiber-optic cable with a Pentium Pro based server. This network was responsible for running the integrated control center on the bridge, monitoring condition assessment, damage control, machinery control and fuel control, monitoring the engines and navigating the ship. This system was estimated to save $2.8 million per year by reducing the ship's complement by 10%.

On September 21, 1997, while on maneuvers off the coast of Cape Charles, Virginia, a crew member entered a zero into a database field causing a divide by zero error in the ship's Remote Data Base Manager which brought down all the machines on the network, causing the ship's propulsion system to fail.

 

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2010年3月23日 (火)

甲州街道 第1話

昨年、山梨の七賢の蔵開きに行った際、向こうで色々とお世話になったAさんが「甲州街道で日本橋から甲府まで歩く」と素っ頓狂な事を仰りまして。
普段から週末は都内をフラフラしてたりするし、丁度暇なので参加させて頂いた。

ということで、日本橋に土曜朝10時。

道路原標周りをウロウロしてから出発。7人パーティ予定が5人で。春っぽく暖かい。

甲府市まで131キロメートルとある。後に暫く20号を歩いた後で「甲府 131km」という表示があったので、これは昔の甲州街道沿いなら日本橋から131km だったのかしら。

11時前に大手門。ここで遅れて追っかけてきたMさん合流。

堀沿いを歩いて半蔵門まで。と、実はここは本来の甲州街道からずれた道を歩いてしまったかも知れないとか何とか。まぁ気にしない。

ざっくり割愛して四ッ谷のバンビなる洋食屋で昼食。Aさんが名前を気に入ったので決めて入る。妙に間隔の狭いカウンターの座席で和風ハンバーグ。ニンニクがガッツリ効いた感じのなんというか学生の頃の味。オッサンには味、ボリュームとも少々インパクトが強かった。つーかこういう昼飯久々に食ったよ。営業の人に同行するときにありがち。何か営業って揚げ物と缶コーヒーとタバコが好きよね。

その後、「ここでトイレよって行きましょう」と四谷三丁目の消防博物館に入る。無料だからトイレだけでも借りて、と思ったら受付のオバチャンに用紙を渡されて記入し、バッジをもらって入館するという大事に。
だったらトイレだけじゃなくざざっと見てから行きますか、と。

案外展示がしっかりしてて、消防ヘリが2機飾ってあったり中々充実。が、

Fire Museum ってのに何となく違和感。東京ガスがやってそうで、Fire dance とか見せ物にしてそうだ、とか直感的に思ったんだけど、多分 Native にはこれで正しいんだろう。ちなみに東京消防庁管轄。

更に歩く。オイラが真人間から道を踏み外すキッカケになった学生ベンチャー手伝ってた頃のオフィス横(新宿御苑)を通り、新宿で「右脇腹が攣って起きられなかった」というSさん合流。これで7人。

午前中から風が強かったのだけど、午後になると更に凶悪さを増す。「これ何て LoR?」みたいな感じで前傾姿勢を保ちつつ歩くゾーンもあったり。

初台オペラシティ。先の新宿御苑のオフィスってかマンション借りてたんだけど、が手狭になって移ってきたのがオペラシティの向かいのビルであった。97年頃だったかなぁ。まだオペラシティができたてホヤホヤであった。
ここで少しつかれたから休む。昔手塚治虫ショップがあったんですよー、と行くと成城石井になってた…で、成城石井で釘煮と手取川なんぞ見ながら、ここで飲んじまってもいいかな、など弱気になってはいかん。

少し座って昼飯を食べずに来たというSさんの食事終わりを待って再度出発。
笹塚を越えて明大前の陸橋まで来たところで「今日の所はこれくらいにしておいてやろう」と言うことで終了。13.5kmだったそうです。時刻は15時半。
さてなぁ、これからどうするか。飲み屋に行こうにも17時ぐらいまで開かないし。新宿に戻れば何かあるかな?と思ったけどAさんは甲府まで特急では帰らないというので、だったら明大前から高尾に出るのがいいかね?と。とりあえずカフェで時間を潰すうちに、ああそうだ吉祥寺にいいお店があるのでそこにしましょうかと。吉祥寺なら中央線だし。

吉祥寺で18時から。これが恐ろしい会になった。途中合流のSさんが3時間半の内、3時間20分ぐらい喋る爆笑独演会で、オイラは後頭部を後ろの壁に押しつけた状態で笑い続けておりました。お店もステキだったんだけどなぁ、上喜元の濁りが美味しかったんだけどなぁ、独演会のインパクト強すぎ。
なんかずっと話が出来る人って、どっか話に隙を作るんだねぇ。で、突っ込むと更にそこから話を広げていく。

21時半過ぎにお開きとなり帰宅。ガキの頃から週末と言えば六甲山系を10km以上連れ回されていたオイラはさしてダメージも無かったんだけど、でもやっぱアスファルトより山道が楽だなぁ。

今後は週末どうなるのかわかんないけど、日が合えば参加しようかと。高尾から相模湖あたりはやってみたい。

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2010年3月19日 (金)

借地借家法

何だか東京都がマンガやらゲームやらに登場する未成年キャラクターの表現について規制しようとして流れたとか。エロ云々の話と表現の自由とかがごっちゃになってネット上でも大騒ぎになっていたわけですが。
根本は「何がダメだか分からない」ということだったようで。「何でダメだか」はみんな大体理解してるのよな。
法律にありがちな「どっからがダメかがはっきりしない」規制だったので、「お前の匙加減一つで全部違反(規制対象)にできるやないか」ということだったわけで。
迷惑防止条例と同じ。下手すれば「あの人の目つきがいやらしいです=迷惑」でタイーホという流れに出来るわけで。

挙げ句に「東京都、「非実在青少年」に関する条例案の解釈など見解を発表」なんておかしなことに。条例は出来る限り煮詰めて解釈疑義を無くしておかなければならないのに、「解釈の見解」なんてのが別に存在するのはおかしくね?

オイラが前から疑問に思ってたこと。たまにニュースになるのだけど、家賃を払わない人を大家が追い出したら訴えられて大家が負けるケース。
家を借りるときは大家と借り主で「契約」を結ぶわけです。で、通常なら契約に違反した場合は「違約」な訳なので、契約書に「家賃滞納したら追い出すよ」と書いてあれば追い出せる。また、(通常2年経って)契約が切れたら、その時点で大家に更新の意志がなければ更新しなくて良い、と言うことになるわけですが。

実は借地借家法という法律があって、契約書に「1日でも家賃の支払いが遅れたら大家は借り主を追い出せる」と書いてあって、双方が捺印していたとしても追い出せないのです。更には契約期間が切れたからといって追い出すことも出来ないのです。
借り主を追い出すためには裁判所が「正当事由」を認めなければいけないというのが今の法律(他には建物老朽化とか大家が立ち退き料払うとか)。契約が切れても借り主が住みたいと言えば半永久的に更新し続けなければならない。「正当事由」がどの程度かは「大家との信頼関係を損なう」としか書いてなくて、具体的には滞納に関しては「家賃半年分ほどの滞納」というのがこれまでの判例だそうで。大家からしたら冗談じゃないですな。

で、何でこんなことになってるかというと借家借地法のベースが出来たのが昭和16年。大東亜戦争勃発の年で日本はガンガン大陸方面に軍隊を送っていたりした頃。借り主である軍人が帰ってきたら契約解除されてて家がなかったり、ダンナが軍人になって戦地に赴いている間に奥さんや子供が大家に追い出されたりということが有ってはならん、ということで決められた法律なのです。

なるほど、その理由は納得できるのだけど、そのための法律の影響範囲が広すぎて、かつ21世紀まで改正されないもんだから、未だに上記のような契約違反しながらも居座ることが可能だったりするんですな。

「やりたいこと」の実現のために定める規則が幅広く対象外のケースに影響するような書き方になると後々大変なことになったりするわけですよ。その辺りちゃんと考えて法律作ろうね。子ども手当とかも

子ども手当て「世界中にバラまく」?

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2010年3月18日 (木)

電気工事カスタム

昨日、客先へ向かうタクシーの中で、訪問先のことなぞ話をしていたら信号待ち。
窓の外に目をやると気になる軽トラ。

どう考えても意識してるだろ。


でんき~こうじ~ かす~たむ~ かすたむ!♪

「『シャアッ!』って聞こえてきそうですよね」
「あの軽トラもきっと名前ついてんですよ」
「『おい、誰だよ木馬乗っていったの!』とか?」
「『今サイド7出たんでもうすぐ戻ります』とか」

ロゴ貼ると怒られそうだから Amazon のリンクでも。

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2010年3月17日 (水)

ClimateGate

日本のニュースサイトとか見ててもからっきし出てこないのだけど。TV見てないからわかんないけどやってんのかな?まあ、エコ減税だエコポイントだで家電や車は持ち直したとか言うし、住宅にも導入されたりしているのでスポンサー様々なメディアは言えないのかも。

Climatic Research Unit hacking incident - Wikipedia
温暖化の信ぴょう性に疑問の声 / The Wall Street Journal

EMail 流出事件に限らず、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)が様々なデータを捏造していたことが明らかになってきているわけで。要は、人為的な地球温暖化の証拠、って奴の多くがウソでした、というオチ。
IPCC のウソデータだけが全部じゃなくて人為的温暖化は間違いなく進んでる、ってのが擁護派(?)の言い分なので、まあその辺りの解釈は個々人にお任せしますが。エコうんちゃらとか騒いで乗っかってる人は一度冷静になってみるのが良いかと。

CO2排出量を25%減とか言ってるエラい人もいるようだけど、そもそも人間が作り出せるCO2の量は地球上で排出されるCO2の2割にも満たない。何故、CO2削減って騒いでるかという所に立ち戻ると地球温暖化の防止なんだけど、そもそもそんなに効果があるのか?

こんな記事(NASA Study Acknowledges Solar Cycle, Not Man, Responsible for Past Warming)もある。開くとやたら重いけど。

A study from NASA’s Goddard Space Flight Center in Greenbelt, Maryland looking at climate data over the past century has concluded that solar variation has made a significant impact on the Earth's climate.  The report concludes that evidence for climate changes based on solar radiation can be traced back as far as the Industrial Revolution.

Newton と竹内均先生で育ったオイラとしてはこっちの方がしっくり来る。てか第三惑星のサルどもがCO2削減なんたらで気温をコントロール出来るなんてちゃんちゃら可笑しい。太陽の兄貴が本気出したらパねぇっすよ。
「僕がもっと、もっと二酸化炭素を出さなければ気温は上がらないで済んだんですよね。すみませんでした」なんて言ったら「うぬぼれるんじゃない、アムロ君」ってウッディ大尉に叱られるんじゃないか?

まぁ、エコ絡みのファンドのご紹介、なんてのも有ったりするわけで、エコはファッションとビジネスのアイテムと割り切って乗りたい人は乗ってみるのがいいのじゃないかしらね。

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2010年3月16日 (火)

radiko

1ヶ月ほど前に公式発表されたラジオのサイマル放送。昨日から始まりました。
radiko.jp

関東、関西限定ということで、とりあえず久々の J-Wave を聞いてみた。Tuner 無くなって久しいからね。数分に1回ぐらい途切れるのは開始早々で海鮮が回線が混雑しているのか、そもそもこういうクオリティのものなのか。
どうも交通情報とか聞いてるとほとんど時差がないっぽい。愛用している iPhone の FM Tokyo アプリはガッツリ5分ぐらい遅れており。その為逆にバッファリングが効いていて地下鉄の中でも途切れずに聞けたりするんだけど。

そのうち関西Proxyとか立つのかなー、とか。今でも FM802 で水曜夕方に伊藤政則が Rock Kids 802 やってたら仕事しながら聞きたいなー、とか。

と思ったらさすがにやってなかったか。聞いてたの高校の頃だもんな。今じゃ金曜深夜の ROCK ON だけみたいだ。
伊藤 政則 MASA ITOH

もう少し落ち着いたら仕事のお供にかけるかなぁ。ラジオ全体としては間違いなく聴取率は上がるだろうけどねぇ。そもそも電リクとかハガキとか、特にAMはネットと親和性高そうだけど。救世主になれるのかどうか。

ちなみに、https で接続すると、謎証明書を使ってるよとの警告が出るオマケ付き。何かのテスト中なんだろうか?

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2010年3月15日 (月)

Paris-Nice 2010

太陽のレースと言われるパリ~ニース。シーズン最初の大きなステージレースといった位置づけで「春が来たなあ」という感じであるが、今年は欧州を寒波が襲ったそうで。初日のパリは気温2度とか。
選手達はアームウォーマーにレッグウォーマーの重装備。コンタドールに至ってはネックウォーマーを口まで上げて不審者状態で疾走。途中のステージでは雪でコース短縮されるなど、結局春っぽかったのは最後の2ステージぐらい。

結局、レースは途中の山頂ゴールを圧倒的な力で制したコンタドールが勝利したのだけど、総合争いという意味ではバルベルデ、サンチェス辺りが目立ったアタックもしなかったために余り面白くなかった。クネゴたんは相変わらずだしフランク兄ちゃんはいたかどうかも分からないし…

緑好きのオイラとしてはクレディ=アグリコール亡き今、リクイガスを応援しているのだけど、エースのクロイツィゲルは最終日にスプリントの差で3位を逃してガッカリ。まだ23歳ということで、新人賞ジャージを手に入れたものの「パリ=ニースの3位は人々の記憶に残るけど、新人賞なんて誰も覚えてないよ」と凹み気味だったらしい。
Kreuziger disappointed to miss out on Paris-Nice podium

その新人賞で2位になり、ポイント賞ジャージを獲得したのが、リクイガスのサガン。Peter Sagan、スロバキア出身の弱冠20歳。それも1月に20歳になったばかり。日本だと大学の自転車部で2年生か。
普通ならプロチームでもこういった Big race には出さずに地方のレースに参戦させて育成するところ。

初日の個人TTで5位に着けると、2日目のスプリントで少し早仕掛けだったものの2位に残り、コース短縮された第3ステージではホアキン=ロドリゲスを突き放してプロ初勝利。どうやら寒さが得意らしく、マッサー中野さんの携帯百景にも「雪なのにウキウキ顔」とのコメントが。
連日の寒さの中、今朝は雪もちらつき選手も曇り顔。サガンだけは... - yottan.it(yottan)

コンタドールが圧倒的な力を見せた山岳ゴールでは遅れるところを見せたが、第5ステージでは最後2kmでアタックを仕掛けてそのまま逃げ切り2勝目。これには周囲だけでなくチームもビックリのようだ。先のインタビューでもクロイツィゲルが “He has amazed everybody”, Kreuziger said. “Even in our team, we didn’t expect him to deliver such great results.” と。
中野さんのブログでもチームの驚き、周りの喧噪が伝わってくる。

 育成や教育を経て満を持して大きな舞台に羽ばたいていくのとは違い、サガンの場合は、育成などまだ行っていない段階にもかかわらず圧倒的な優勝を重ねている・・・。これはリクイガスのチームの関係者が驚いているばかりが、本人自身にとっても全く予想をしていなかった出来事です。
  まだまだ20歳の少年。食事の取り方、練習法、コミュニケーション能力など、彼はロードレースに纏わる全てのことを初歩の段階から吸収していかなくてはいけない段階。
  にもかかわらず状況は既に滞在ホテルのロビーにはビジネスとして関心を示し、あの手この手を駆使して彼に近づくことうとする関係者が奔走している状態。
  このデリケートな状況の中、競技者として、人間として、彼が道を踏み外さないよう正しく育成をして行くことは、今後のチームにとって大変に重要な課題になります。
  表彰裏で、ベルナールイノーから「とにかくゆっくり、ゆっくりでいいからロードレースをしっかり学んでいきなさい」と言われたが当然、イノーなんて彼は知らない。
  いつもビスケットの袋を片手に食ってばかりいる印象、温厚でまだまだ可愛いといった表現が合う少年、しかし自転車にまたがるとハンパではない。、
  とにかく彼が良い選手になっていくことを祈りたい。

イノーが最後のTdFを勝ってから5年後に産まれた選手。平成生まれですよ。

いずれにせよ、若手のクロイツィゲル、ニーバリの台頭、バッソ、ペリツォッティといったエースに加えてサガンの登場で、リクイガスは各レースのメンバリングに頭を痛めることになるかもしれない。少なくとも今レースのサガンはクロイツィゲルのアシストとしては強すぎた。嬉しい悲鳴といったところか。

山は少々苦手だけど長距離逃げもスプリントもあるとなるとクラッシック得意そうだなぁ。

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2010年3月12日 (金)

隠れ銀杏

一昨日の朝、鶴岡八幡宮の神木である大銀杏が倒れたと。
上京してより何度も鎌倉に行ってるんだけど、探すと写真は一枚しかなかった。2005年12月のフライング初詣。まだオリンパスのC-2020ZOOM使ってたんだなぁ。

初めて行った時は「これが有名な…」と少し感動したもんだが、それ以降は別に。というか鶴岡八幡さえ立ち寄らなかったり。

根っこの状態からして戻すのは不可能だろうとか。まあ、形有るものというか命有るものというか、いつかはしゃーないよね。詮無きことか。
そういえば、トキがテンだかに殺されたとか言うニュース。環境庁が設置した施設で新潟県運営でやってるみたいだけど、トキを守り育てる理由って感傷的な理由以外に何かあるんかなぁ?ゴージャスな施設と仕組みと人員でやってるっぽいんだけどなぁ。案外、捕鯨禁止と同じような匂いだったりして。

まあ、おつかれさんでした、ってことですよ。ほとぼりが醒めたら久々に八幡詣でに行きますかね。やっぱ間抜けな感じを受けてしまうんだろうか。

これについては言及しまい
晴れたね|東原亜希オフィシャルブログ 『ひがしはらですが?』

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2010年3月11日 (木)

佐賀旅行2日目 -鍋島編-

天吹酒造を後にして元来た道を西へ戻る。相変わらずの大雨。武雄から南下して肥前鹿島へ。ここでレンタカーを返し、タクシーを呼んでもらう。
「肥前浜の富久千代酒造まで」と言って通じるかどうか不安だったのだけど、すんなり通じて10分強で蔵の前へ。

こちらは近年急に名の知れた「鍋島」ブランドの蔵。20年ほど前まで東京で会社勤めをしていたが、急遽脱サラして地元に戻った飯盛直喜杜氏(蔵主)が10年ほど前に立ち上げたブランドが「鍋島」であり、従来の富久千代は止めてしまったのだという。
Hさんの皇居走り仲間だか飲み仲間だかと「鍋島美味しい」という話をしていたら「俺、幼なじみだけど」という人がいて、その伝で見学を申し込んだのがそもそもの今回の旅行の目的だったのだ。通常は一般人の見学は出来ない。

見学は13時半からお願いしていたのだけど、蔵の前に着いたのが13時10分。雨も少し小降りだし、時間つぶしに肥前浜の街並みでも見ようかと。この辺りは歴史遺産とも言われる宿場町の佇まいが残り、酒蔵が日本酒・焼酎合わせて何軒か並んでいる酒蔵通りという通りがあるのだ。

とか言ってたら、中から人が。あれ?雑誌で見た飯盛さん?とか思ってたら電話で話しながらどこかに行ってしまった。ん、どうしようかね?と思っていたら戻ってきて「どうぞ中へ」と言いつつ、また電話しながらどこかへ。中って事務所?それとも着いて来いってことかな?とオロオロしてたら、どうやら着いて来いということだったらしく。
「帰りは何時ですか?」といきなり聞かれる。蔵見学を1時間半ほどさせて頂いて、歩き30分もしくはタクシー10分で三大稲荷の一つと言われる祐徳稲荷に行って、そこからリムジンタクシーで佐賀空港へ行く予定であった。
「祐徳稲荷前16時半です」と答えるとニッコリ笑って「じゃあ余裕ですね」と。この時点では正直何だか掴み所の無い人物という感じだった。なんつーか、天才肌の人ってこういう感じだよね、と。

蔵は開けっぴろげで、中は狙ってか狙わずか薄暗くて雰囲気があるところが多かった。300石とか450石とか言う割には蔵人さんと良くすれ違う気がする。でも後で聞いたら6人でやってるんだそうな。「今日は手伝ってもらってるので8人います」とのこと。
「蔵の見学は初めてですか?」「いえ」「いくつぐらい行かれました?」「20ぐらい…」「えっ?あぁ、じゃあ、あまり説明することも無いなぁ。どこも同じですよ」と。

基本的にはほとんどを手作りで行っているそうだが、別に「手作り=美味しい、いいもの」という短絡的な理由ではなく、衛生面だったり作業効率だったり、もちろん味もあるだろうけど、そういった事を考えて色々と決めているようであった。例えば、ここでは槽での搾りは行わず、ヤブタ(圧搾機)で行っている。ただ、佐賀の南部で暖かいからといってヤブタごと冷蔵庫に入れていたけど。

そして何故か大音量で響き渡るサザン。別にポリシーで流してますなんて気取った感じでは無く、ミニコンポっぽいので精一杯大音量流してるって感じ。「あ~れ~からじゅ~ね~んも~♪」とか学生自分に溜まり場にしていた友人宅を思い出して妙に懐かしい気分になる。

中央の瓶は協会9号酵母の瓶。直接熊本の香露(熊本県酒造研究所)まで取りに行ってるそうな。「だって近いですから」「でも下手すると往復8時間ぐらいかかりますけど」とか。どっちなんだよ!

蔵の片隅にはフラスコやメスピペットなど。比重(日本酒度)測定や何らかの同定をするんだろうか。

最後に蔵の2階を見せて頂く。ここも古い木桶やその他使われなくなった道具や箱などの置き場に。足下が板張りなのだけど隙間が空きまくっていて下が透けて見えるのが中々怖い。

これで蔵見学は終わって、試飲=>購入という流れ。ここで、昨日からの腹一杯が続いているのと、車に揺られたのか、少し胃がムカつくのでガスターとウコンを投入して備える

で、普通は天吹のように、ショップか事務所で、冷蔵庫から何種類か出してもらってグラスに少しずつ頂いてああだこうだと言って…という流れなのだけど、この蔵では別棟の2階に案内された。
急にワンルームマンションのようになっていて、リビング(?)に通される。「つまみ用意してます」とか聞いてたけど、てっきり乾き物があるのかと思ったら皿鉢皿チックな大皿にてんこ盛りの唐揚げやら刺身やら卵焼きやら…
で、「勝手に飲んでてください、私まだちょっと仕事有るんで」と封切られていない雄山錦の純米吟醸生酒の四合瓶を置いて行ってしまった。


実は酒器も凝っているそうな
佐賀は陶器だもんねぇ

あまりに予測できないことが起こると人間スタンするんだね。3人でしばし「えっ?えっ?」と固まってしまった。とはいえ、折角の御厚意だしと注いで一口飲んで「美味い」と。これまで鍋島は何度も飲んでいたけど、これは近年まれにみる美味さ。初めて九平次の別誂とか田酒の斗壜取を飲んだときの衝撃に似てるかなぁ。別に御厚意受けたからというわけではなく、本当に美味い。その後にごりも持って来てくださった。

と、また飯盛さんが戻ってきて「今搾ってきました」と…

ビ、ビーカー? 以前、生命理工系の先輩から「ビーカーで飲むビールは不味い」と聞いたことがあるのだけど、ビーカーから注ぐ酒は旨かった。これは山田錦の純米吟醸。先の雄山錦と似た味わいながら生酒特有の少しチリチリとする、その泡が細かい気がした。

その後飯盛さんも「今日は暇ですから」と上がってきてくださって色々話を。
何だか外は雨が激しくなったり治まったりなので、もう祐徳稲荷は断念。タクシー会社に電話して祐徳稲荷でピックアップを富久千代酒造に変更してもらう。ということで腰を据えて16時半まで2時間半トーク。酒の話はもちろんだが、サッカーやらラグビーやら(九州はラグビーどころだ)取り留めのないお話にお付き合いさせてしまった。
お話ししてる間もちょくちょく携帯が鳴り、販売店から問い合わせが入っては「いやもう無いです」などと話をされていた。日本酒の蔵はほとんどが苦戦していて石高を減らしたりしているのだけど、鍋島は「お酒が足りない」んだそうな。最近夙に有名になったので、シーズンオフも試飲会だの販売会だのといったイベントで良く東京にいらっしゃるらしい。

本当は飯盛さんも飲んでお話出来れば楽しかったんだろうけど、楽しい時間はすぐに過ぎ去り帰る時間。御礼を言い3人の酔っぱらいを収納したリムジンタクシーは貸し切りのまま佐賀空港へ。

1日4便しか飛ばない佐賀空港(ANA限定)、本屋が無く、売店にも本を売っていないというオイラが経験したことのない空港クオリティ。ここで一騒動あったのだけど割愛。

オイラが気になったのは売店の柚子胡椒。日本語では「柚子こしょう」と書いてあるのにローマ字表記はgoshow と濁ってるのな。七味唐辛子のUSでの商品名が「nanami-togarashi」みたいなもんか。

羽田行きの最終便は月曜ということもあってかガラガラ。東京に着いてからも「あれは何だったんだろうか?」と夢見心地だった3時間を反芻しては、しばし呆けるのでした。

今回のステキな旅行のキッカケを与えてくれたMさん、Hさんに多謝。お世話になった方々にも。

佐賀の酒 鍋島|富久千代酒造有限会社

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2010年3月10日 (水)

佐賀旅行2日目 -天吹編-

武雄温泉で目覚めて朝風呂に温泉。朝食は湯豆腐。何だか酸味が無く甘いタレであった。九州風味?これにしっかり茶碗に盛られたご飯に佐賀海苔、明太子等々も大量に。正直起きても胃袋がこなれていないところにキツイ。美味しいんだけど。

朝は大樟が有名だという武雄神社に寄って行こうかなどと話していたのだけど、いざ出ようとしたときに凄い音が。驟雨到来。予報では昼過ぎから弱い雨が降り始めるかも、ということだったのだけど話が違う。
一応、武雄神社の駐車場まで行ったものの、朝仲居さんにも「少し駐車場から歩きますからねぇ」といわれていたので断念して長崎道を東進。

今回、旅程が大凡決まった後で、Mさんの友人の友人が天吹酒造に勤めていらっしゃるとのことが発覚。お願いをしてみたら見学できることになったので、武雄温泉からぐっと東へ向かうこととなった。
大雨の中10時半頃に到着。ショップで斯く斯く然々と説明をすると木下社長登場。社長自ら蔵を案内してくださるという。

蔵は宮大工を呼んで建て直したという新しいもの。真新しい感じの白壁に風神のレリーフが。

天吹の特徴は花酵母を前面に押しているところ。秋田の天寿など実験的にやっているところはいくつか知っていたが、ここまで推しているのは他に知らないかなぁ。

元々、お酒の発酵は神様の仕業とされていたのだけど、それは蔵に住む酵母菌の働きで有ることが分かり、いくつかが分離されて所謂協会系酵母として多くの酒蔵で利用されている。
んで、自然界にはパンやら味噌やらに使えるようなまぁ色んな酵母菌が居るわけですが、東農大短大で花の蜜から様々な酵母菌を分離して清酒醸造に使えるように製品化しているそうな。別に花酵母だから花の香りがするわけでもないが、確かに従来の酒とは少し違った香りや酸味、苦みがある気がする。

写真は確か向日葵の酵母で醸した醪。南国フルーツの香りがした。月下美人の酵母なんていうのもあるらしいのだけど、一晩しか咲かない花で酵母菌採取できるのかしら?なんて思ったら、よく考えたら別に花が開いている間に採取しなきゃいけない訳じゃないな。

蔵の2階は最早使われなくなった木桶などを配してちょっとしたイベントが出来るようなスペースになっており、照明なども中々オサレな感じでした。

一通り案内して頂いた後はショップに戻って試飲させていただく。社長さんが本当に自分の蔵のお酒を愛しているのが伝わってくるように、一つ一つニコニコしながら説明してくれた。また、スッキリとした薫り高いお酒が多いこともあってかワイングラスで飲むことを推奨しているようだ。余りガッツリとしたお酒は無かった。

一通り試飲させて戴いた後、3人でどれにしようかと迷いまくって蔵にあったほぼ全種類を注文(偶然3人の選んだのが重複しなかった)し、東京へ送ってもらう手配をする。その間に、蔵訪問のキッカケとなったMさんの友人の友人なる方が長靴に前掛けで現れてご挨拶。根っからの天吹ファンで、たまたま天吹が採用しているというので仕事を辞めて数ヶ月前に飛び込んでしまったとのこと。非常に楽しそうな感じが溢れていました。

この蔵は300年ほどの歴史があるのだけど蔵を建て直した時に色々新しくしたようで、更にそのセンスが中々良い感じでした。ショップの入口のステンドグラス、古い蔵の梁を再利用したテーブル等々。

社長さんは現場からは引退して息子さんに任せているらしく、おらが蔵の酒と息子が自慢、という感じの方でした。献立に合わせてどの酒にしようか考えて合わせているとか、純米大吟醸で作ったヒレ酒は美味しいとか(純米吟醸だと味がぶつかるが、更に澄んだ大吟醸だと本当に美味いのだとか)、色々とお話を聞いて礼を言い、蔵を後にしたのでした。

酒造会社・日本酒・天吹酒造

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2010年3月 9日 (火)

佐賀旅行1日目 -栄螺編-

呼子を後にして波戸岬へ向かう。途中、名護屋城跡を通過。

朝鮮出兵の為に築かれた時には豪華な天守が有ったというが、秀吉の死後に唐津城の材料としたりして今は石垣しか残っていない。
この名護屋城の周りはカーナビやGoogle Map で見ると戦国武将の陣跡が多数見えるのだけど、実際に通ってみても何もないので地図で妄想を膨らませるしかない。

View Larger Map

つーことで波戸岬。「はとみさき」だと思ったら「はどみさき」。

「のーすうえすとえんど」ってことなんだけど、だったら「北北東端」とか「西南西端」とかを売りにするところがあってもよさそうな。とりあえず、海に突き出しています。


下が玄武岩らしく石は黒い

で、ここの名物が「さざえのつぼやき」。駐車場の周りに長屋のようになっている。

どないしたもんかね?と覗き込むと「空いてるからどうぞ」とおばちゃんに声を掛けられて入って座る。中にはずらっとおばちゃん(一部ねーちゃん???)が並んで接客。サザエ3つで500円。ヤカンと一緒に網の上で焼き上がったのを供してくれる。


分かりにくいかもしれないが右奥のヤカンの
周りにゴロッと置いてあるのがサザエ

先ほどのイカがまだ胃袋にいるので、一人一つずつ頂いて撤収。今夜の宿である武雄温泉に向かい、途中で見帰りの滝というのに寄る。

駐車場から遊歩道を歩く。紫陽花の名所らしく、道中の斜面にはよく手入れされた紫陽花が一面に植わっていた。10分~15分程歩くと中々の水量の滝が現れた。滝壺の近くへ寄ると滝から猛烈に風圧を感じ、顔に細かい水飛沫が当たって気持ちよい。

E-P2 は 720p のHD Movie も録画できるのでテスト。HDの価値は Youtube に飛ばないとわかんないけど。風の音が五月蠅いが、水の音も聞こえるのがお分かり頂けるかと。別に風が強い日だった訳ではなくて、滝の方から風が来るの。

武雄温泉についたのが18時過ぎだったか。着くなり仲居さんに「日本酒は何があるのか?」と尋ねて困らせてしまい、結果2銘柄しか無いので「これは酒屋を探して買ってきておいた方がいいんじゃないか?」という話になり。散歩がてら外に出たものの、日曜夜19時前に街は真っ暗。店も何故か海上自衛隊カレンダーを売ってる靴屋とか、そういう謎な店を除いては軒並み閉まっていた。


唯一、この楼門の周囲だけ観光客がいた

結局、酒を購うのは諦めて宿に戻り、大阪の吉兆で修行したという板前さんの懐石料理を頂く。配膳に来た仲居さんに散歩に行った旨を告げると「あら、お散歩ですか…ほほほほほ」と笑い、「何にもありませんでしょう」と。温泉があるものの、上手な開発には至っていないようだ。

イカがまだ居るような気がするのに、結構なボリュームの料理が供され、白いご飯が美味しかったりしてもう腹一杯。酒は天山2種と東長の慶紋の3合。3人で3合というのは酒部的には大変少量なのだけど、料理が充実していると余りお酒を飲めないことを認識。
ほんともうこれ以上無理。温泉に入って先日石蔵酒造で求めた発泡の日本酒を飲んで寝たのでした。

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2010年3月 8日 (月)

佐賀旅行1日目 -烏賊編-

九州旅行は今週で片付けたい。

日曜朝、実家に帰っていたMさんとレンタカー屋で合流。これで3人。10年前にサンフランシスコのダウンタウンで降り損ねてオークランドまで行ってしまったきり運転していないオイラはとてもじゃないが人を乗せては走れないのでMさんの運転にお世話になる。

まずは雷山(らいざん)の千如寺へ。真言宗大覚寺派の別格本山で楓の名所だとか。他にも色々と花の見頃がありそうだがこの日は社務所の裏の梅ぐらいで、苔生した冬枯れの風情であった。だがそれがいい(c)花の慶次

なるほど見事な楓である。樹齢400年とかで秋はさぞかし綺麗であらう。

小高いところにある開山堂の横の斜面にはびっしりと五百羅漢が。基本的に皆楽しそうな顔をしている。

更に寺から5分ほど上がったところに雷神社(神宮:いかづち)という神社。狭い境内の中にデッカイ杉が3本、銀杏や桜も立派な巨木があって不思議な空間でした。後、何と言っても灯籠が不安定性良好
ちなみにこの神社の近くには神籠石があるそうな。


別に鳥居が小さい訳じゃない

山を下り、虹の松原なるどこまでも続く松原を抜けて呼子の港に到着。この頃にはすっかりいい天気。江戸では寒空の雨の中、津波騒ぎの中、東京マラソンをやっていたそうだが。

呼子と言えばイカ。呼子のベストは5月~8月頃のケンサキイカのピークらしいのだが、今の時期は地元でミズイカと呼ぶアオリイカ。

とはいえ透明でコリコリとしたイカは美味しゅうございました。食べてる間にも白くなっていくのよね。

刺身が終わったらゲソの部分を天ぷらに、とお願いしたら、どう考えても足の数が増えて帰ってきて不必要に満腹になって呼子を後にしたのでした。他にイカシュウマイだの茶碗蒸しだのあったので。この時点で14時頃(続く)。

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2010年3月 5日 (金)

元木引退

神戸製鋼・元木、今季限りでの引退表明/TL

ラグビーのトップリーグ、神戸製鋼に所属する元日本代表CTBの元木由記雄(38)が5日、神戸市内で記者会見し「今の自分より強い自分になれるかと思ったら無理だと思った。体のケアに時間も取られるようになったので、悩んだけれど引退することを決めた」と今季限りでの現役引退を表明した。

オイラのサッカーのように海外チームしか見ていないならいざ知らず、ラグビー好きと言うからには元木の名前を知らなければモグリである。代表キャップ79は未だ破られない記録であり、4年に1度のRWCにも4度出場している。

華麗なプレーの思い出は余りないが、確実なタックル、体一つは確実にゲインするアタックの繰り返しが元木のイメージ。唯一鮮明に覚えているのは、現日本代表HCのカーワンがNECに助っ人外国人で来ていた時の試合。秩父宮で当時のWTBとしては規格外のカーワンの大きさに驚いていたのだけど、5mラインぐらいで元木がタックルして、そのまま引きずられるようにトライされたシーン。元木にとって良いシーンではないけど、あれはカーワンの迫力と相まって印象的であった。

ここ数年はビブスを付けて Water Boy として見かけることも多くなっていたが、控えから出てくると観客席から歓声が沸き、それを裏切らないプレーをしてくれたもの。38歳。増保や吉田明といった同じ年代の大学スター選手達はとっくにジャージを脱いでしまった中、パフォーマンスを落とす事無く続けてきたことに感服するばかり。

大畑は続行を宣言したようだが、元木と同期の伊藤剛臣はどうするのだろうか。もしも元木と伊藤がいなくなるとガラッと時代が変わってしまう気がする。避けようのないことだけど。

元木由記雄選手 現役引退のお知らせ

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2010年3月 4日 (木)

太宰府天満宮

酒蔵を後にして地下鉄で天神へ。弟に背負わされたソーキ蕎麦が重い所に、浜地酒造で買った甘酒、その前日に石蔵酒造なる蔵に立ち寄って(ここは特に見学などしていない)求めた発泡酒も相まってリュックサックを背負う肩が限界。ということでコインロッカーにリュックサックを預け、カメラと財布だけを持って西鉄に乗る。二日市で乗り換えてしばらく、太宰府駅に到着。

天の邪鬼なオイラは皆様とは別の方面へ出て、光明禅寺へ。中々に庭の美しいこぢんまりとした寺でしたよ。

ここで暫く写真の修行をして天神さんへ。

流石に天神、そこらじゅうに様々な種類の梅が植わっていて、それは綺麗でした。散り始めたものもあって、時期的にはギリギリだったのでしょうかね。
神社自体は大きくて派手な神社、というところ。境内も門前も人出が多く、儲かってそうだなぁ。

その後、ふらふらと歩いて15分ほどかな、観世音寺に。

この寺、建物自体はしょぼくって一番気に入ったのはこの碑なのだけど、由緒は凄い。百済が滅ぼされたと聞いて、百済の人々を助けんと九州まで至ったところで没した斉明天皇を偲んで、息子の天智天皇が作らせたと言うから1400年ほど前の話。ただ歴史は流れに流れて、この寺は天台宗に、少し離れた戒壇院は臨済宗にという訳の分からんことになってる。
んで、国宝の梵鐘があるらしいのだけど、行ったらビニールシートに包まれてた。メンテナンス中なんだろうか?他には国宝から重文に格下げされた仏像が有名らしいのだけど、いかにも鉄筋コンクリートな宝物殿の中にあって、入場料500円というので気が向かずにやめた。後で聞いたら中々のものらしいのだけど。

さて、さらに歩くこと10分ほどで太宰府跡に至る。柱の礎石っぽいものがそこかしこにあるだだっ広いスクエアな広場。

まあ、行ってきたよ、と言えばいいぐらい。お子ちゃまを遊ばせるにはよさそうである。

都府楼前駅まで歩き、電車をツモって天神まで戻る。重い荷物を引きずり出して再度背負う。17時前。ホテルに行くかどうか迷うが、もう一つ訪ねておこう。地下鉄で箱崎宮前へ。地上に出て暫く歩くと筥崎宮。

結構な街中にあるのだけど、中々の参道の長さと敷地面積である。日本三大八幡宮の一つらしい。てっきり1つは鶴岡八幡だと思ってたけど違うのな。ということで、石清水八幡宮は攻略済みなので、残すはラスボス宇佐八幡のみよ。

入って正面に小早川隆景が作らせたという楼門があり、有名な額がかかっている。

亀山天皇が元寇なんか二度と来んな!と祈願した直筆(醍醐天皇に書かせたとも)の扁額と言われているがホンマかどうかは知らん。ま、結局は弘安の役でもっかい来ちゃうんだけど暴風雨で撃退できたので恩恵があったのかしらね。

さて背中の荷物が肩に食い込んで腕が外れそうなので裏参道から出てJRの吉塚駅まで歩き(箱崎駅が最寄りだが本数が少ないのだ)博多まで。宿にチェックインしてテレビをつけたらアイスホッケーの準決勝をやっていたので見る。睡魔と闘いつつ読書などして、21時半に無事H医師と合流。西天神まで軽く飲みに出かけて0時に戻って寝たのでした。

そう、実は今回の旅は3人旅でここまでの一人旅はプロローグに過ぎないのよ。この旅行纏めるのに後何回かかるのかしら?

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2010年3月 3日 (水)

浜地酒造 蔵開き

ビジネスホテルで起きたら8時。すらいとへでいく。前日、弟に合わせて焼酎を飲んだのがマズかったか。が、漢にはそれでも行かねばならぬ処がある。空腹で行くのはまずそうだったので、とりあえずホテルの安っぽい朝食を胃袋に放り込んでチェックアウト。

午前10時半過ぎ、福岡市西区、九大学園都市という駅で降りると迎えのマイクロバスが。乗り込んで揺られること15分、浜地酒造に到着である。
福岡の地酒・地ビールの酒蔵 杉能舎(すぎのや)

ずっしりとした感じの蔵は明治3年創業時のものをそのまま使っているとのこと。しっかりした造りらしく、5年前の福岡沖の地震(玄海地震?)の時にも、近所の瓦は飛んできたが、この蔵の瓦はビクともしなかったらしい。ただ、老朽化はしているので中にはつっかえ棒をしており、仕込みの少ない吟醸・大吟醸以外の酒造はビール工場と同じ新蔵で行っているとか(この蔵はビールも作っている)。

バスを降りて勝手も分からずしばらく写真を撮ったりしていたのだけど、奥へ進むと試飲コーナーが。日本酒はもちろん、梅酒、甘酒等10種ほどが試飲できた。すらいとへでいくだけど、いくつか試していると、「案内いたしますのでご希望の方はこちらに」という声が。おっちゃんについて説明を受ける。

このオッチャンが中々に博識で感動した。普通の蔵見学での説明だけでなく、日本酒の歴史やビールの歴史についても滔々と説明し、色んな質問にも淀みなく答えていた。「ビールは昔から飲まれているような印象をお持ちの方が多いようですが、日本で最初にビールが作られたのは明治3年横浜のスプリング・バーレー・ブルワリーという醸造所でして、この蔵が出来た年と同じでございます…」といった調子。

一通り説明を受けた後で、さてどうしようか、折角だからビールを飲もうかなどと思っていると、「どうぞ空いてますから入っていってください」とカキ小屋へ誘われた。近年カキで有名な糸島の船越漁港のカキ小屋にお酒を卸している縁で、今年から蔵開きにカキ小屋が出ているそうな。

メニューを見るとカキは1カゴ1000円。とりあえず蔵の大吟醸 5勺と共に頼む。机にはコンロと軍手が片方、カキ用ナイフがセットされている。普通ならコンロを6人とかで囲むのだろうが一人旅。カゴに入ってきたカキ10個ほどをひたすら乗せ、開け、食って飲む。時に汁がかかって火傷しそうになりつつ完食。子供の頃はカキが嫌いだったのだが、美味いものだなぁ、と改めて。この日の昼食はカキ。カキで満腹。

お勘定をすると、駅行きのシャトルバスまで後10分。丁度いい頃合いとトイレに寄って受付前でぼーっと待っていたら受付のお婆ちゃんが「サービスだから粕汁飲んでいきませんか?」と声を掛けてくれた。昨日の酒が残ってるところに酒を飲んだので、これ幸いとお言葉に甘えて1杯頂く。見慣れない海藻?葉物?が入っているので「これは何ですか?」と聞くと「かつお菜よ」と。なるほど、これが福岡で正月の雑煮に入れるというかつお菜か。
その後も上述の地震の話など色々と話をして、「こちらで働いてらっしゃるんですか?」と聞くと笑って「いやいや、あたしはここの大家ですから」と。蔵主の奥様だったようで「じゃあ、家主が受付まで出てこられて…」と笑いながら返すと「みんな総出ですよ」と明るく返し、「もう一杯如何ですか?」と進めてくださるのを丁重にお断りしてバスへと向かったのでした。


奥がステキな"大家"さま
子供の遊び相手になったりもしていた

子供用に折り紙教室のようなものがあったり、試飲所にも子供向けに飴を用意していたり、ショップのレジでも気さくに声を掛けてきたりと何とも暖かな感じのする蔵開きでした。

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2010年3月 2日 (火)

九州征伐 ~序章~

3年ほど前までは定期的に福岡出張があったのだけど、何故か愚弟が配流されてからパッタリと無くなり。「福岡に行ったら飲もう」と言いつつ早2年ほどか。もう辛抱堪らぬ、ということでプライベートで福岡へ。

金曜夜入りを目論んでいたのだけど、格安ツアーに寸前で申し込んだら昼の便になってしまい。毎週金曜はコンサル先の定例ミーティングが10時~12時に入っているのだけど、後先考えずに抑える。結果的にミーティングが流れてラッキー。とか思ってたら出発寸前に「今度福岡行ってもらうかもしれません」なんて出張の話が出て来たり。人生そんなもんだ。

乱気流だかで20分ほど遅れて到着した福岡は風が強く。ちょこちょこと歩き回ったが、雨も降り出したのでごぼ天うどん食ったりして音に聞く天神へ。行きの飛行機で本を読み終わってしまったので、何か買おうとジュンク堂を探す。ジュンク堂に着いたところで電話。「サーバトラブルです」と。仕方が無いので本屋の片隅で iPhone から ssh 接続とかゴニョゴニョやったりすること30分。こういうときに限って事件が起きるのよね。ラグビーマガジンが探せなかったので、文庫本を買って早々にホテルに退却。


周囲の福岡出身の人が何人か禁断症状を示すうどん
この味、この量で420円は安い

あーオリンピックってこんなにやってるんだー、とTVを見て時間を潰し、夜に大阪出張から帰ってきた愚弟と21時半から西天神で飲む。

仕事の話、福岡の話、後何を話したか覚えていない。歳を取ったのか出張の経験が成長させたのか愚弟もしっかりしたもんだ。2時まで飲んだのか宿に戻ったら2時だったのかも覚えていないが、長々飲んだはず。見知らぬ街を千鳥足でホテルまで15分ほど歩いて帰った。

そういえば、愚弟に「お前ごときにはこれじゃ!」と羽田で求めた「東京のひよ子」を渡したら、「先週沖縄に行ってきた」とソーキ蕎麦の箱をくれた。この後、3日間リュックサックに入れて運ぶのが案外な労働になるのである。

写真の整理が付かないので続きは追々。

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2010年3月 1日 (月)

Bokeh

ということで、この週末も修行してきた。
取り急ぎ。

詳細は追々。

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