« 浜地酒造 蔵開き | トップページ | 元木引退 »

2010年3月 4日 (木)

太宰府天満宮

酒蔵を後にして地下鉄で天神へ。弟に背負わされたソーキ蕎麦が重い所に、浜地酒造で買った甘酒、その前日に石蔵酒造なる蔵に立ち寄って(ここは特に見学などしていない)求めた発泡酒も相まってリュックサックを背負う肩が限界。ということでコインロッカーにリュックサックを預け、カメラと財布だけを持って西鉄に乗る。二日市で乗り換えてしばらく、太宰府駅に到着。

天の邪鬼なオイラは皆様とは別の方面へ出て、光明禅寺へ。中々に庭の美しいこぢんまりとした寺でしたよ。

ここで暫く写真の修行をして天神さんへ。

流石に天神、そこらじゅうに様々な種類の梅が植わっていて、それは綺麗でした。散り始めたものもあって、時期的にはギリギリだったのでしょうかね。
神社自体は大きくて派手な神社、というところ。境内も門前も人出が多く、儲かってそうだなぁ。

その後、ふらふらと歩いて15分ほどかな、観世音寺に。

この寺、建物自体はしょぼくって一番気に入ったのはこの碑なのだけど、由緒は凄い。百済が滅ぼされたと聞いて、百済の人々を助けんと九州まで至ったところで没した斉明天皇を偲んで、息子の天智天皇が作らせたと言うから1400年ほど前の話。ただ歴史は流れに流れて、この寺は天台宗に、少し離れた戒壇院は臨済宗にという訳の分からんことになってる。
んで、国宝の梵鐘があるらしいのだけど、行ったらビニールシートに包まれてた。メンテナンス中なんだろうか?他には国宝から重文に格下げされた仏像が有名らしいのだけど、いかにも鉄筋コンクリートな宝物殿の中にあって、入場料500円というので気が向かずにやめた。後で聞いたら中々のものらしいのだけど。

さて、さらに歩くこと10分ほどで太宰府跡に至る。柱の礎石っぽいものがそこかしこにあるだだっ広いスクエアな広場。

まあ、行ってきたよ、と言えばいいぐらい。お子ちゃまを遊ばせるにはよさそうである。

都府楼前駅まで歩き、電車をツモって天神まで戻る。重い荷物を引きずり出して再度背負う。17時前。ホテルに行くかどうか迷うが、もう一つ訪ねておこう。地下鉄で箱崎宮前へ。地上に出て暫く歩くと筥崎宮。

結構な街中にあるのだけど、中々の参道の長さと敷地面積である。日本三大八幡宮の一つらしい。てっきり1つは鶴岡八幡だと思ってたけど違うのな。ということで、石清水八幡宮は攻略済みなので、残すはラスボス宇佐八幡のみよ。

入って正面に小早川隆景が作らせたという楼門があり、有名な額がかかっている。

亀山天皇が元寇なんか二度と来んな!と祈願した直筆(醍醐天皇に書かせたとも)の扁額と言われているがホンマかどうかは知らん。ま、結局は弘安の役でもっかい来ちゃうんだけど暴風雨で撃退できたので恩恵があったのかしらね。

さて背中の荷物が肩に食い込んで腕が外れそうなので裏参道から出てJRの吉塚駅まで歩き(箱崎駅が最寄りだが本数が少ないのだ)博多まで。宿にチェックインしてテレビをつけたらアイスホッケーの準決勝をやっていたので見る。睡魔と闘いつつ読書などして、21時半に無事H医師と合流。西天神まで軽く飲みに出かけて0時に戻って寝たのでした。

そう、実は今回の旅は3人旅でここまでの一人旅はプロローグに過ぎないのよ。この旅行纏めるのに後何回かかるのかしら?

|

« 浜地酒造 蔵開き | トップページ | 元木引退 »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/232324/37750335

この記事へのトラックバック一覧です: 太宰府天満宮:

« 浜地酒造 蔵開き | トップページ | 元木引退 »