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2011年9月

2011年9月30日 (金)

McLean Park (Napier)

旅の初日はAucklandを経由してNaiper(ネイピア)へ。モーテルの主人が小さな空港まで迎えに来てくれた。Napier は大きな地震で街が潰れ、再興するときにアールデコ調の美しい街並みを作ったんだそうだが、街中のホテルは軒並み満室で空港にほど近いモーテルしか取れなかった。

Napier に行ったのは当然試合を観るためなので、少し買い物をしてからタクシーを呼んで貰い、McLean Park を目指す。モーテルの主人に今夜の天候はどう?と聞いたら「りるれいん」ということだったので、一応登山用カッパを持って行く。オーバーパンツと靴のカバーの装備も旅行の荷物に入れて行ったけど、そこまでは要らないだろう。トップリーグの観戦なら「雨ならやめっか」といくところだが、RWCとなればそうも行かない。

暫く走ると運ちゃんが「今日はタクシーはここまでしか入れない。あいつらについていけばスタジアムだよ」と言うので支払って降りる。歩くと向こうに四角いスタジアムが。いいよね、四角いの。日本は何かと陸上トラックとかで丸いから。

観るのはフランス-カナダということで、陽気なフランス人が多い。後、奴等結構タバコ吸うのな。勘弁してよ。
ゲートはタクシーを降りた場所からちょうど対角線上ということでぐるっとスタジアムを回る。スタジアム近辺は何も無いただの住宅地だ。その中に煌々と輝くスタジアムがある感じ。ゲートに着くと列が出来ていて、フランス人がラ・マルセイエーズを歌ったりしている。持ち物チェックで並んでるんだな。と、ほどなくポツリと雨が来た。やっぱ少し降るってのは本当なのね。

なんて思ってたらゲート入る頃には、

土砂降りとか聞いてないし。入場して席を確認したらすんごいいい席なんだけど、いい席すぎて(前から10列目ぐらい?)屋根が丁度かかってないの。仕方が無いからスタンドの下でハイネケン飲んで雨宿り。試合開始までには上がるかな、なんてボーッとしてたらいきなり国歌がかかって慌てて階段を上がったらまだ土砂降りだった。

仕方が無いのでカッパ被ってグッズ屋でもらった袋を膝に掛けて靴を濡れないように引っ込めて着席。スタメン分からんかったなぁ。

国歌終わって散る両チーム。先ほどトラックが無いと書いたけど、このスタジアムはクリケットでも使うそうなので芝生部分が多いそうだ。テレビでクリケット観たけどカケラもルールがわからんかった。オージーフットボールは何となく分かった。

数少ない得点時に盛り上がるカナダサポ。カナダの応援は「go Canada!」ぐらいで単調なんだけど、フランスは歌歌ったり、「ニッポン!」みたいな感じの謎の掛け声掛けたりして大盛り上がりでした。

後半からは雨も上がったけど随分気温が下がって鼻が冷たくなるぐらい。春先のナイターだもんなぁ。
McLean Park は上の写真の側のゴール裏が片側芝生席になっていてスタンドが無い。収容は1万人ほどのコンパクトなスタジアム。何か富山県総合運動公園とかそういう感じでした。でも芝生綺麗。

試合後の選手と観客の距離が本当に近くて、この日の Man of the Match のピカモールさんもやってきてファン数人にサラサラっとサインをしてたり。

この後ガードマンに「タクシーどこで拾える?」って聞いたら「まぁ無理だろうね」と。そうですよねー。
仕方が無いので1時間歩いて帰ったんだけど、雨が嘘のように快晴になっていて、街が真っ暗なのですんごい星が見える。見えるんだけど、全然知らない星の配列なんで何が何だか全く分からず。せめて南十字星の場所だけでも知りたかった。

んなわけで1つめの試合観戦は終了。序盤少し押し込まれていたフランスは不安が残るなぁ、と思ったのでした。

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2011年9月29日 (木)

ドライヤー

ドライヤーの温度が妙に高い気がして。ついでに、少しカラカラという異音が混じってるような気もする。
いきなり火を噴いたりしたらドリフのコントみたいになるのかなー、やだなー、と思いながら1週間ほど使ってたけど精神衛生上良くないので買い換えようと心に決めた。

そもそも引っ越しする前から使ってたので6年か7年になるんだろうなぁ。その前は適当なの買ってたんだけど、少し真面目なの(?)を買ったら非常によく乾くし使い勝手が良くなったのを覚えている。
その時に買ったのがパナソニックだったので(当時はナショナル?)、今回もそうしてみた。でもナノイーとかで高くてでかい奴は要らないので、松竹梅の竹ぐらいの奴。

届いたので使ってみたら、これまた驚きの乾燥具合ですな。こんな電気で空気暖めて吹き出すだけの機械がどうやって発達するのか良く分からないんだけど、流体力学とかそれ関係なんだろうか?
それとも使ってる内に徐々に劣化して新品を買うと、当初と同じぐらいの性能なのに「すげぇ!」って単純に驚いてるだけで、やっぱメカ的には進歩してないんだろうか?

どうも後者な気がしてきたけど、まぁ快適に暮らせればそれでいいのです。

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2011年9月28日 (水)

NZ行き

今回のNZ行きは急に決まった。急と言っても5末なので3ヶ月前ぐらいだけど。

友人の友人のNZ人の叔父さんが ex-All Blacks で今も協会にいるからRWCのチケット手に入るよ、と急に言われ。後で聞いたらどうも叔父さんってのは Brian Lochore って人だったっぽいのだけど、流石に知らない。最終日に会わせてあげよう、って言われてたけど、ちょうど NZ-FRA の日で昼過ぎからBBCのインタビューとか入っちゃって会うことは出来なかった。Legend らしい。

で、ちょうど9月に3連休が2つあるからそこで行こうと思ってエアを手配しようとしたら残席僅か。何とか抑えて宿もかなり高いけど何とか抑えて、それで行ってきたのです。ちなみにRWCのチケットは席さえ選ばなければ、NZ-FRA と Final 以外はまだ空きがあった。JPN-TON も見に行こうかと思ったんだけど、さすがに移動が多すぎるのとファンガレイでの宿が無かったので断念。結論から言うと試合がショボ過ぎて見に行かなくて良かったんだけど。

今回のNZ開催で指摘されていたのは、この宿の問題で、立派なスタジアムはあれどホテルの収容人数が少ないので興行的にはダメだと(行きたい観客が行けない=チャンスロス)。なので、もうNZで単独開催は無いんじゃないかと言われていて、行うとすればAUSと共同開催になるんじゃないかと言われてる。
そういう意味でもABは優勝したいんだよな。

さて、旅程はと言うと、関空経由でAucklandに入ってそのままNapierへ。ついたその日に FRA-CAN を見て2泊。Aucklandに帰って3泊。Wellingtonへ飛んで AUS-USA を見て1泊。Aucklandに帰って NZ-FRA を見て1泊。で帰国でした。ラグビーが目的なので北島のみ。Auckland 滞在中も先方のNZ人友人の歓待などもあってあまり遠出はしなかったので Napier 以外ではあんまり大自然系は楽しめなかったな。またのお楽しみ。

各地ともお祭り騒ぎ、特にAucklandは車に小さな旗を付けて走ってるのが一杯いて、NZやABの旗が多いんだけど、SamoaやTonga、Fiji もあったなぁ。キャンピングカーも沢山見た。でも治安が悪い感じはなかったし、FIFAの日韓の時みたいにカオスな渋谷みたいなことも起こらなかったな。
街は喫煙者が多い。と思ったけど東京帰ってきて歩いてみたらあんまり変わらないかな。ちょっとAucklandの方が多いかな。後、SushiブームということでそこかしこにSushi屋がある。スーパーはビールとワインが充実でUS西海岸っぽいな。蒸留酒はあんまり無い。生きたムール貝を普通に売ってるのが印象的。

ご飯はシーフード中心に美味しかった。Crayfish ってザリガニだと思ったらロブスターぐらいでかくて、でもザリガニらしい。イタリアンっぽい店が多かったけど、どこも総じて量が多いんだよな。でも美味かった。
人も親切な人が多いイメージ。宿の人、タクシーの運ちゃん、空港の職員、店の人、ほぼ全員感じよかった。JetStar の太ったオバチャン地上職員と帰りの空港のショップの兄ちゃんだけが横柄というかやる気無いというかそんな感じだったけど。ただ英語の発音が癖がある気がする。元々英語ちゃんと聞けないからわかんないけど。

後はなんだろなー、飲酒運転オッケーぐらいがインパクトあったかなー。

まぁ何せ良いところでしたよ。英語ペラペラなら住めると思うぐらい。問題は飛行機で10時間以上ってとこだけだなぁ。

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2011年9月27日 (火)

特殊知能暴力集団

皇成元師匠・河野師、暴力団に1000万円

競馬の調教師の河野師が暴力団関係者に1000万円貸した挙げ句、詐欺で1000万取られて、さらにその関係を問題視されて調教師免許を取り消されたそうな。踏んだり蹴ったり。

先日の芸能人の件といい、色々厳しくなってきているなー、なんて思ってたら今日送ってきた契約書に覚書が同封されていた。
「反社会的勢力排除に関する覚書」と題されたA4ペラだけど、「おたくの役員とかに暴力団員いないよね」「おたくは暴力団利用しないよね」みたいな覚書だ。違反したら損害賠償無しに契約を解除できるよ、と。

で、暴力団の定義のところに「特殊知能暴力集団」っつーのがあった。なんか X-MEN みたいな感じだけど、暴力団と力や資金力で結びついてビジネス的にお金巻き上げる人達のことなんだとか。良く分からん。
あと、「社会運動標榜ゴロ」とも書いてあったんだけど「ゴロ」って正式な用語なのね。「ゴロツキ」の略みたいだけど。こっちは語感からして今流行の県庁に殴り込んだりする人達かと思ったら、政治団体として登録されていないと該当しないみたいだ。

ただ、こないだ聞いた話だと社員も自分の会社のオーナーが暴力団だったことを知らなかった、なんてこともあるみたいだから、気をつけても難しいなぁ。外見はカタギの会社だったらしいし。

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2011年9月26日 (月)

DAYLIGHT SAVING

無事にNZから帰国しております。

帰国便はオークランドを0930に出る便なので、7時過ぎには空港にいなければならない。レセプションで聞くと、時刻に寄るけど朝は空港まで1時間は見ておいた方がいい、と。となると朝6時にホテル出なきゃ。ひぃ。

と思って部屋に入るとこんな紙が置いてあった。

いわゆるサマータイムが明日から始まるから時計合わせてね、ってね。

ちょっと待て。

えーと、どっちにずれるんだ。これから夏になるってことは1時間早くなるのかな。するってーと、6時に宿を出るってのは5時に宿を出ることになるのかな。不安だからレセプションのニーチャンに拙い英語で聞こうと思ったんだけど日本語でもややこしいのでもう大変だった。「今の時間は明日だったら16時になるのか?」みたいな。


結局 Eden Park のゲームを見た後歩いて帰ったのが23時過ぎ。シャワー浴びたりして4時間ほどの睡眠で起きて荷造りして5時にフロントへ。誰も居ないので内線で呼び出すと、小太りで小さめの何とも名脇役みたいなオッチャンが出てきた。「こんな時間にチェックアウトするのか?」とか言いながら。

「昨日のAll Blacks のゲームを見たのか?」と聞くから Yes と答えると「俺はラグビーは好きじゃ無い」と言う。「リーグラグビー(13人制ラグビー)を見たことあるか? あれはもっと速くて激しくて面白い」と。これを2回言った。チェックアウトしてタクシーを呼んでもらってタクシーを待つ間にも色々話をしてくれたというか、こっちの質問を挟ませないっつーかこっちの言うこと聞いてないね。「昔リーグラグビーやってたんだ。ほら(と、両手の甲の親指の付け根がフラットになってるのを見せて)骨折したんだ。他にも37カ所骨折した(肩やら肋骨やら指しながら)」「今の奴らは年に20万ドル稼ぐけど、俺の時はプロが始まるかどうかって頃で、1日試合に出て2ドルしかもらえなかった」などなど。

急に「昨日の試合見たんなら Sony Bill Williams 知ってるだろ」と言うので「もちろん」と答えると、「奴は俺の友達なんだ」と言い出す。聞くと SBW のお爺さんと彼はリーグのチームメイトだったんだと。SBW も地元のリーグチームに入っていたそうで、10歳か11歳の頃に同年代の子と一緒に走らせたらまるで勝負にならなかったと言っていた。ホントかどうか知らぬ。
「昨日もトライ決めたよ」と言うと、少し顔を顰めながら「あんなのは簡単だ。ボールもらって少し前に走ったらトライじゃないか」と。何だよオヤジ、好きじゃ無いとか言いながらちゃんと試合見てたんじゃねーかよ。

その他、タイレストランで嫁さんとどうたら、とかいう笑い話(?)をしてくれたりしたんだけど、ラグビー以外の話だと全くヒアリング出来なくなるオイラの貧弱脳味噌のせいで何だか良く分からなかったけどとりあえず合わせて笑ってるところにタクシー到着。

タクシーに乗ると他でもそうだったんだけど FAQ として「ワールドカップ見に来たのか?」「日本の試合見に来たのか?」と聞かれる。2つめの質問に No ってのがやっぱり変らしくて少し意外な顔をされるんだよな。そりゃそうだよなぁ、日韓ワールドカップにスペイン人が来てスペインの試合見ないって言ったら変だよなぁ、と思うけど。

で、まだ暗い道を40分ほど走って空港に着いたのでした。

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2011年9月22日 (木)

ANZ

今回は一部仕事先に海外逃亡を告げていないので PC を持ってきている。ので、旅先でも普通にブログ更新出来るぜぃ、と思っていたら E-P2 で撮った写真を取り込めないことに気がついた。MacBook Air は薄すぎて SDカードスロット無いのな。

ので写真の不要っつーか撮ってないひこーきの話でも。

今回、結構急にNZ行きを決めた。諸事情によりチケットが手に入ることになったもんで。でもって旅程を組んでチケット抑えようとしたら残席5とかそんな世界だった。抑えたのは Air NewZealand で JAL とコードシェアだけど、ANZ はスターアライアンスメンバーなのでJALコードシェアなのにANAのマイルが貯まるという一昔前だと不思議な感じだ。
ちなみに ANZ はオーストラリア・ニュージーランド銀行のことでもあるけど全く別会社。こちらも Super15 や今回のRWCのスポンサーである。

で、予約したのは直行便だったのだけど、予約後に「すんません、関空経由になるんやけどええかな?あかんかったらゆーてくれたら全額返金するで」とのメールが。そんなこと言われても他に手段がないので仕方が無い。乗ってから分かったんだけど、AKL→NRT→KIX→AKL という便だったようだ。
関空ではオークランドから関空着の人を降ろしてから、オイラ達NRTから乗った人も全部手荷物ごと外に出されて1時間ちょっとしてから再度搭乗するという流れだった。

ANZ 素晴らしかったです。767 なんだけど、エコノミーの全席にディスプレイ付き、VODやGameが出来る。ってそんなん他でもあるがな、と思うかもしれないけど VOD の内容が素晴らしくて、2010 の TriNations の全試合、これまでのRWCの Final のダイジェスト等々ラグビーチャンネルが充実ですよ。その他 hot drink をサーブするときのカップは全て背番号と選手名とスペック、写真が入ってたり(オイラは06のカイノだった)。
後、離陸前の非常口案内とかのビデオが All Blacks 出演バージョンです。

そんなこんな、ラグビー好きには堪らないけど そうじゃない人にはなんのこっちゃ分からないサービスがてんこ盛り。

NRT→AKLで14時間ほど、KIXでの途中下車を考えると実質12時間ほどかしら、春先のオークランドはひんやりとして風が強いところでした。入国は持ち物、特に植物関連が厳しいとは聞いていたのだけど、USみたいにいい加減な質問(テロ行為に荷担したことがありますか?とか)じゃなくて、cooked or uncooked を問わず食品を持ってるか、最近牧場に行ったことがあるか、等々入国カードに書かされる。伝染病や生態系を壊す物に神経質なようだ。
嘘をつくと罰金3万円ぐらい、というので、食品持ってるってとこにはチェックして、通関で粉末スープ見せたら「ああ、それはOK」って軽く通してくれた。搭乗員曰く持ってないことにして見つかると面倒なんだと。
後、オイラの耳が悪いのかもしれないけど、入国で「らくびー?」って聞かれて聞き直したけど、やっぱり「らくびー?」と言われた。ラグビーって濁らないのかしら。何の試合見るんだ?とか聞かれて簡単に終了。

ま、そんな感じで Domestic Terminal に移動して Cafe で Fish&Chips とビール。モニターではオイラのフライト中に行われた AUS-IRL をやってて良い試合だったんだけど、緑色のアイルランド人がニタニタしてて、でかいオージーがため息混じりに愚痴ってたので直ぐに結果が分かってしまった。その他、Springboks のジャージやフランスのベレー帽などに囲まれて観戦するのもRWC期間中の空港ならではなんだろう。試合を見終わってしばらくして搭乗時間になったので移動したのでした。

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2011年9月21日 (水)

JPN 18-31 TON

序盤にレフェリーとかみ合わずFWがファウルを取られまくり、SH田中の動きも鈍く(密集にHO堀江の方が先に来て捌くシーンが何度か見受けられた)、WTB遠藤は致命的なミスを4つ、CTBニコラスも抜けきらない、SOアレジのプレースキックはことごとく外れる、そんな内容では厳しい。
個々のプレーヤーがどうこうというより、やっぱまだJapanはこのレベルなのかなぁ。もちろん、フランス戦を捨てていればもう少しいい結果になったのかもしれないけど、それでは寂しすぎる。

トンガは見ていて反則だと思うプレーがいくつかあったけどレフェリーは取らなかったし、それが基準なんだろう。最後の方でシンビンを連発していたけど時既に遅し。BKは精度が低かったけどFWの集散は素晴らしかった。少々ラフだったとしてもあのスピードとパワーは凄い。

オイラは Auckland の海沿い、Queens Wharf というところにある FAN ZONE の Public Viewing で見ていたのだけど、NZのサラリーマンがスーツにネクタイのまま見に来ていてビール片手に盛り上がっていた。ABだけじゃなくて、本当にラグビー好きなんだなぁ。でもって日本が攻撃すると異様に盛り上がる。中には「John Kirwan は本当に良い選手だったよな!」なんて急に話しかけてくるKiwiがいたり。

ま、盛り上がったけどファンガレイまで見に行かなくてよかったかな、という内容でした。カナダ戦は前回も因縁の引き分けだった試合。ラスト1試合は良い試合して欲しいですな。

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2011年9月20日 (火)

サンフランシスコに来ています

嘘です。

Kia Ora!

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2011年9月16日 (金)

諏訪大社巡り

これで旅の在庫一掃。


甲州街道歩きの後、下諏訪に1泊したのは前述の通り。

宿は諏訪大社の下社秋宮の中にあったので、8時半前にチェックアウトしてまずは秋宮へ行ってみる。

諏訪大社は上社と下社に分かれ、それぞれが又2つの宮に分かれて4つで1つの神社を形作るというゴッドマーズ的な構成になっている。それも、1つの伽藍の中にいくつもの塔頭が、みたいな感じではなくて、すんごい離れてるの。起源は分からないぐらい古いという。信濃国一之宮。

一応、神話的には国譲りの際に、そんなの納得いかーん、と言ったオオクニヌシの息子のタケミナカタがアマテラス系のタケミカヅチと戦って瞬殺されそうになって出雲から諏訪まで逃げてきて「もう、もう諏訪から出ないから許してお願い」と命乞いして住むことになったんだとか。この戦いが相撲の起源なんだそうで。タケミカヅチさんは以前行った鹿島に祀られてる。
タケミナカタもすんなり諏訪に入れた訳では無くて土着の神と戦ったとか戦ってないとか、何せ諏訪にすみついて、ヤサカトメっていう地元の奥さんもらって大人しくしてたんだけど、そのうち奥さんが別居すると言い出して下諏訪の方に行っちゃったんだそうで。これが下社なんだと。泣ける。

ってことで下社からスタート。下社は春と秋で奥さんの住居が違うので、春宮と秋宮の2つがあります。春から秋に移るときには船で移動する祭りがあるらしい。

幣拝殿というらしい。中々の造り。と、ぼんやり見ていたら、

ああ、右ににょきっと突っ立ってるのが御柱ですか。

普段は立ててあるんだ。一説によるとタケミナカタを諏訪に閉じ込めておくための結界だとか。後で知ったんだけど御柱は4本で1組らしい。これは一の柱。左に二の柱。奥に三と四があるそうな。

神楽殿は工事中ということで綺麗な写真が貼り付けてありました。モヤさま的展開。

下諏訪は温泉でも有名で、御神水ならぬ御神湯が出ていて湯気を立てている。

そんなところで秋宮終了。少し北西側にある春宮を目指す。

3分ほど歩くと中山道下諏訪宿の本陣跡。入場料払って見学できるらしい。甲州街道沿いにお金払って入るとこってあったっけ?

この日も良い天気。そして秋桜の写真を撮りたくなる。

ゆっくり歩いて秋宮から20分ほどで春宮到着。

諏訪大社はどこに行っても銘酒押し。下諏訪の街には御湖鶴の幟が多かったな。

春宮は秋宮とほぼ同じ造りで、秋宮よりフラットかつ少し狭い気がしました。神楽殿の注連縄は出雲大社そっくり。オオクニヌシ繋がりなのか。右手奥には御柱。

ささっと見て木陰で少し涼んで下諏訪の駅へ。やはり歩いて20分ぐらい。
ここからスワンバスなるバスで上諏訪へ移動しようと思っていたのだけど、少し早く着きすぎた。駅の時刻表を見ると7分ほどで各駅停車が来るようだ。じゃ、乗っちゃおう。
やってきた電車は扉を手で開けるタイプ。これまたボタンじゃ無くて引き戸を物理的に開けるの。やってみたら案外軽く開いた。次の駅が上諏訪駅。電車で4分だ。

駅前は下諏訪と比べものにならないぐらい栄えている。もう大都会ですよ(下諏訪比)。
駅前から「かりんちゃんバス」という何とも可愛らしい名称の、ってか声に出すのが小っ恥ずかしいバスで上社を目指すのだけど、それまで1時間弱時間がある。

上諏訪には高島城という水城があるそうだが、前日に素通りした宮坂醸造も気になる。小一時間であれば、真澄へ行って、ショップが下らなければそのまま高島城を回って駅に戻れば丁度良さそうだ、と思い、まずは駅前の通りを東へ向かう。と、

舞姫(舞姫酒造)

麗人(麗人酒造)

横笛(伊東酒造)

本金(本金酒造)

と酒蔵が並ぶ。もしかしたら見落としてるのもあるかも。甲州街道はこちらの通りではなく北側を通っていたのだけど、何かこっちの方が栄えてる気がするのだ。後から栄えたのかな。
ちなみに舞姫は更正法適用を申請の後自主再建、麗人は今年に入って会社更生法適用になってるんだそうで、日本酒蔵は辛いね。

で、最後の最後が真澄でした。入って左手にショップ。300円払うと試飲が出来る。試飲用の盃を渡されて、これは返却するが、別にお土産としてガラスの猪口を頂ける。オネーサンが都合6種類ぐらい、果実酒等も含めれば10種類ぐらい試飲させてくれたかな。真澄というと辛口のイメージだが、山廃を2年熟成させたという「二夏越し」という商品が面白かった。常温で飲むと独特の酸味が強くて不思議な味なのだけど、燗をすると酸が引っ込んで美味い。
聞くとこちらでは普通のひやおろしは出していないそうだ。かなり昔に出したのだけど、当時の酒屋は保存状態の悪いところが多くて、却って真澄の評判を落としたことがあるらしく、それ以来やめているのだとか。

隣のショップがダンプ衝突から1年以上経っても建たないことを聞くと、随分古い建物だったので何とかして修繕出来ないかと探ったけど無理という結論になり、取り壊したら今度は古い水路の跡が出てきたりして、中々すぐに建てるということが出来なかったそうだ。今のショップは事務所を改装した仮の物と言うが、中々に綺麗なところでした。周りの企業との所謂コラボ商品や、その他酒関連のグッズをそろえたセレクトショップ的な側面も強い。
これから歩かなければならないので、酒瓶はやめて、ちょろっとしたグッズを買って失礼しました。素敵なオネーサン2人でご対応頂いて良い感じ。高島城は捨てです。舞姫もショップありそうで気になったんだけどな。

蔵元ショップ Cella MASUMI - セラ真澄 (長野県諏訪市)

駅前に戻って(厳密には駅からバス停まで2分程度の距離)かりんちゃんバスに乗る。観光用ではなく地域を巡回する地域住民のバスのようで病院を回ったりして50分ほどで上社前。少し歩いて参道。

折しも観光バスからオッチャンオバチャンが吐き出されてきたところで、もうすんごい観光地の雰囲気。下社の静けさはどこへやら。

上社本宮。中学の修学旅行で来た筈だよなぁ。バスガイドが御神渡りの説明とかしてた気がする。何も覚えてないけど。

何せ人が多い。でもって、神社でガキをバタバタ走らせて平気な親は何なんだろ。何もわざわざ神社に連れてこなきゃいいじゃないか。

何故か参道から見て左側にずれて存在する本殿を見てさっさと退散。思ったより広くなかった。

この時点で12時前。参道辺りで食事でもしようかと思っていたけど、この人出では店を探す気にすらなれない。東進することにする。

ちょっと行ったところで見つけた北斗神社なる神社。写真じゃ伝わらないな。なんかぼろっちい石段が200段ほど続いている。もちろん登りませんでしたよ。これ結構遠くから見え始めるんだよな。山の中にまっすぐ立ち上る階段。中々のインパクトです。

相変わらずの秋桜。

30分ほど歩いて上社前宮。他の3つに比べて随分シンプル。

でもやっぱ御柱はあるよ。これは左側の手前と奥。

この辺りの摂社などでも御柱を立てているところが多かった。元はと言うとこの辺の風習なんだろうなぁ。

元々はここが諏訪大社の大本で、現人神である諏訪氏の大祝もここに住んでいたと言う。その意味で「神殿遺跡」という表札もあった。すごいっすね。源氏とか平氏とかじゃなくて、先祖はタケミナカタですよ。
そんな現人神の諏訪氏も武田信玄にぶっ潰されて武田勝頼が諏訪氏を継ぐんですが(勝頼のオカンは諏訪氏)、勝頼も敢えなく死んでしまって、家康の時代にやっと再興して諏訪の高島藩を治めることになったんだとか。

ちなみに前宮は諏訪市を出て既に茅野市になります。ホントにカバーエリアが広い。今でも諏訪大社の摂社だけで100を数えるんだとか。

これで4つとも制覇したので歩いて茅野駅へ。上川の川面を疾る風が気持ちいい。この日は少し風が強かった。これ諏訪湖に注ぐので西へ流れてるのね。何か不思議な気分。

茅野駅でオフィスに土産を、と思ったが茅野土産ってないのな。で、諏訪土産ってのも見当たらず、ざっくり「長野土産」を売ってるんです。野沢菜とか善光寺の七味とか全然場所ちゃうやんけ、みたいな。長野は広いんだからさぁ。
で、どいつもこいつも冴えないので「雷鳥の里」買って帰りました。大町銘菓ですよ。あれ評判良いから。

ホームで地ビールとプリッツで昼飯。20分ほど時間を潰してスーパーあずさで帰りました。ちなみに右手に見えるガラス張りの建物は茅野市民館だそうです。立派。

まとめると、まぁ一度行けばいいかな。そんな感じ。

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2011年9月15日 (木)

越前・越中の道 (瑞龍寺・岩瀬)

富山駅前のビジネスホテルで起床。富山駅も新幹線の絡みで再開発なのかな。

旅行前、行きつけで富山に行く話をしていたら、たまたまカウンターに2人富山人が居て鱒寿司のオススメを教えてくれた。一人は高田屋、もう一人は前留を推す。バーテンダーに「お土産に買ってきてよ」と言われたので買い出しに行かねばなるまい。

鱒の寿司は丸の内の近くに数店舗集まっているらしい。高田屋は結構メジャーらしいので前留を狙う。鱒寿司屋は朝早いらしく、8時過ぎに電話で一応予約をしてから向かった。一重と二重があるが、スタンダードな一重を2つ。

富山は路面電車が頻繁に走るが形式は色々。結構格好良いのもあった。10分ほどで前留に着いて、少し耳の遠そうな店主から寿司を買う。帰り道に美味そうな蒲鉾屋があったので昆布巻きの蒲鉾を購う。

ホテルに戻って荷物を預け、昨日も通過した高岡へ。行ったり来たりしてるのは諸々のスケジュールによる。

高岡駅10時過ぎ。なるほど昨日新装開店しただけあって綺麗だ。綺麗過ぎてがらんとして何も無い感じ。

駅の南側へ出て10分弱歩くと八丁道と呼ばれる参道に当たる。右折して進む。

すぐに瑞龍寺。入場料を払って入る。

総門の中に立派な山門。後で知ったが国宝らしい。贅沢なスペースの使い方だ。


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山門をくぐると鮮やかな緑の芝生。取り囲む回廊の中に仏殿。鈍い色を放つ瓦は鉛製だという。
一説には一国一城令で高岡城を廃するときにいざという時の備えとして瑞龍寺を考えたとか。広尾の祥雲寺の造りを黒田家が複雑にしたのと同じか。信長や、秀吉・秀頼を見てきた大名達は江戸時代の初期には平和が続くことなど信じていなかったのだろうな。

裏手から総門を。シンメトリーでシンプルで本当に綺麗。もう少し雲が少なければ素晴らしいところだ。非常に気に入った。

一番奥の法堂も国宝。全て安定感があります。

回廊の中もぐるりと見学することが出来る。なんだかポルトの教会やアンコールの寺院を思わせる造りだ。

それほど広い伽藍ではないけれども、ゆったりとしていて落ち着く。もう少し見ていたいが貧乏性スケジュールなので切り上げて出る。八丁道にあった逆方向に「前田利長墓所」とあったのが気になるのだ。

ということで八丁道の名の通り、800mというか900m弱を直進して戻る。

これまた立派な墓で、鳥居の中に濠、天皇陵のような柵の中に10m以上の墓碑がある。今は随分敷地が削られているが、昔は1万坪あって外濠もあったそうな。これまたいざという時の備えか。

で、墓も立派なんだけど、何より目を引くのが1つだけ異様にでかい灯籠。手前の標準サイズの奴と比べると大きさが分かると思う。

ちなみに前田利長は2代目藩主で野田山にもお墓あったね。分骨なのか記念碑的なものなのかは知らぬ。

再び高岡駅から富山駅に戻る。岩瀬という港町に行ってみたい。ライトレールってので行けるらしいのだけど

所謂路面電車でした。しかし新しいらしい。元は国鉄→JRの富山港線だったものを第三セクターとして路面電車にしたそうで、2006年からなんだそうな。

東岩瀬まで20分ほど。随分冷房の効いた車両でのんびりと行く。

地図を頼りに歩くこと5分ほど。

満寿泉の蔵。思っていたより随分と大きい。昔ながらの煙突が残っている(煙突の残っている蔵は珍しいかも)。この奥を左手に曲がるとメインストリート。

綺麗なショップ。聞くところによると満寿泉の社長さんは町おこしの為の会社を作って社長となり、空き家を買い取ってリフォームして入居者を募るなどして景観の美化と街の再興を行っているそうな。

ショップに入ったら東京から来たらしい家族連れが。店員がいないというので困っている。んじゃ、ちょっとその辺り見てからまた戻ってくるかと外に出て写真を撮っていたら、店の人が来たと。
入って、先客の家族連れの買い物を待つ。何だか少々知ったかぶり気味の父ちゃんがズレた事を聞くのをほんの少し面倒そうに受け流す店のオッチャン。買って出ていった後でオイラたちのターン。

並んでいる酒は6種か8種かそれぐらいだったと思う。曰く「東京なら渋谷の東急の地下(Foodshowだと思う)が一番揃いますよ」と。「酔」と「通」という見慣れないラベルがあるので聞いてみる。
「通っていうのは本醸ですか?」「いやこれはね、本醸と吟醸のブレンドでね、そこにある料亭さんにね『魚に合うお酒を造ってくれ』って言われて造った酒なんですよ。もう何年前になるかな。通には分かる酒ってね」と笑う。そう言われては買わずにいられない。四合瓶を1本買って店を出る。後でラベルを見たら純米だったと思う。随分いい加減だ。

13時を過ぎたのでそろそろ食事をしたい。海を見ながら飲める場所は無いかと富山湾へ向かったが、中古車の積み込みを行っているようなところで落ち着いて座れる場所は無さそうだ。そのまま北上して運河に出る。屋根のあるベンチがあった。ここなら良さそうだ。

全く人が通らない。静かだ。かすかな波音とカモメの声のみ。

朝買った鱒の寿司、2つの内1つは土産、1つは昼飯だ。前留の寿司は開けると鱒が底になっているタイプ。こうすることで酢が抜けるのを防ぎ、鱒に馴染むのだとか何だとか。前留に限らず、鱒の寿司には2タイプあるんだそうだ。付属のプラスチックのナイフで切って、先ほど買った酒で頂く。ついでに朝買った蒲鉾も食べちゃえ。

1時間ほどで完食。酒も寿司も無くなった。最初は多いかと思ったけど、この寿司は良く押してあるので非常に薄く、あっさりとしていて1人1枚でも食べられそうな気がした。まぁ、ご飯の密度を考えるとカロリー過多だろうけど。腹ごなしにゆっくりとメインストリートの方へ戻る。

無造作に干された白エビ。雑だ。あんなに美味いものを何てことするの。

元々岩瀬は北前船の港として非常に栄えたそうな。加賀から上方に米を運ぶには普通に考えれば陸路が良さそうだが、そうすると幾つかの藩を抜け、そこに通行税を落とさなければならない。遠回りに見えても関門海峡を通って船で運んだ方が効率が良かったんだそうな。

上の建物は廻船問屋森家の邸宅。名前からして悪そうなので、おそらく悪代官とつるんで格さんにフルボッコにされたに違いない。200円ほどの見学料で入れる。

で、他の建物も先述の街おこしの会社が行っているんだろうけど、昔のスタイルになっている。これは北陸銀行の建物だけど、他にも商社や医者などが昔ながらの町並みに馴染むようなデザインで営業している。

正直、まだ観光地として人を集めるには弱いかもしれないけど、こういった街おこしは面白そうだな、と思わせる。雑に特産品売るとか祭りやるとかだけじゃなくてね、しっかり街自体から変えていくってのが。

再び東岩瀬からライトレールで富山駅へ。ホテルで荷物を受け取って空港行きのバスに乗り羽田へ向かいました。

富山空港の土産売り場にも鱒の寿司コーナーがあって、各店舗のが並んでました。夕方だったので高田屋なんかは売り切れてたけど。前留は無かったな。

日数の割に充実してたなぁ。初日の丸岡城以外は全て行きたいところに行けたし。その分つかれたけど、お腹いっぱいです。

今度行くとしたら金沢をじっくり見て回りたい。後は能登半島かしら。

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2011年9月14日 (水)

越前・越中の道 (雨晴海岸)

金沢駅のコンビニで急いで酒とツマミを買い込み、特急券を買いホームへ。サンダーバードで30分ほどで高岡駅に到着。各停で行ってもいい距離なんだけど、地方の電車は少ないのでね。
高岡駅は改修が終わった日だったようで、改札はこっちです、みたいなガイドをしているけど無視して氷見線のホームへ。

何とも味のあるディーゼル車に飛び乗る。乗り換えは4分。1250発を逃すと次は1412発だ。特急に乗った理由も分かろうもの。
海へ向かって北上し10分もして伏木を越えると海岸線に沿って西進する。20分ほどで雨晴。

「あまはらし」と読む。義経が京から落ちる途中、この近くで雨宿りして晴れるのを待ったという故事に由来するという。

さいなら。何となくもの悲しい。一応駅員がいるので切符を渡して出る。

改札を出て右へ、しばらく歩くと海岸側へ抜ける踏切がある。これ以外には海岸へ出る道は無さそうだ。


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一応海水浴場なんだそうだけど、見たところ数組の家族がいるだけだった。なんか寂れてる。後、大雨とか多かったせいかもしれないけど木片が流れ着いてたり。

日陰で座れるところを探し、金沢で買い込んだ加賀鳶の純米吟醸と天狗舞の純米酒で休憩。ホタルイカなどツマミながら一休み。
ざっぱーん、という波の音が繰り返すのを聞きながら、金沢で途中合流したHさんとどーでもいい話をして過ごす。渋谷辺りの飲み屋でするような話を富山湾に持ち出しただけ。

ちなみに、高岡から来て、さっと見てすぐ帰るなら20分ちょっとで上り列車が来るので非常に効率的に時間を使うことが出来る。それを逃すと1時間半ほど後の電車だ。
というわけで1時間半ほど飲んでた。

そろそろ時間ということで元来た道を帰る。一応海岸沿いに高岡側まで歩いてみたけど、やっぱりこの踏切を渡るしか駅に戻る道は無いようだ。

ゼッタイに電車が来ないと分かっていれば踏切からも余裕を持って撮影できる。

ということで同じキハで高岡へ戻り、そのまま各停で富山へ向かったのでした。北陸本線の各停、異様に冷房が効いて無くて辛かった。氷見線の方が涼しいっちゅうの。

忘れてたけど、雨晴海岸は海越しに立山連峰が見られることで有名。なんだけど、この日はうっすらと霞んでいてよく見えませんでした。一瞬、黒い山陰が見えたんだけどね。
多分、冬とか夕暮れとか狙えば良いんだと思う。

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2011年9月13日 (火)

越前・越中の道 (野田山墓地)

とりあえず北陸やっつけておかないと大変だ。

金沢は見所たっぷりだ。が、今回の旅は永平寺がメイン(のつもりだった)、最終目的地は富山で金沢は通過点。

宿を出て特急バスなるもので金沢市街へ。上手く行けば広小路のバス停で3分の乗り換え時間があるけど無理かなー、と思ってたら無理だった。乗るときに3分遅れてたバスは取り戻すこと無く目的地へ。降りて目の前の交差点を曲がっていくバス。俺様が乗るはずだったバス。

次のバスでも大丈夫なように旅程を組んでいたけど、20分待つのはなぁ。どっか立ち寄るにも中途半端だし。ということでタクシーを止める。大人だな、俺。「野田山墓地まで」
タクシーは涼しくて良い。寺町というところを抜けていくが中々良い町並みだなぁ。涼しい季節で時間があればブラブラしてみたい気がする。「古い道と新しい道どっちにしますか?」と聞かれたけどよく分からないので「お任せします」と答えたら「じゃあどうせなら古い道で行きますかね」と住宅の間の細道へ。
バイパスのようなものが出来て随分交通量の多い道が出来たらしい。

野田山墓地の敷地内に入ってからも結構な距離を走る。そして登る。バスで来たらこれを歩いて登らなければならなかったのか、と思うとタクシーで良かったと思う。料金を支払い、御礼を言って降りる。

11時丁度、加賀藩主前田家墓所。

実はここから墓場の中を結構な距離歩く。墓は斜面に作られているので単なる山道みたいな感じ。まぁ野田山って言うぐらいだから当然か。

汗だくで上ること10分。2代目犬千代、前田利長の墓。びっくりしたのは墓のでかさと形。

あたかも天皇陵かのように柵で囲まれていて(写真は柵の間から)、墓自体は3段ぐらいの方形ピラミッド状。めっちゃでかい。大名や武将の墓は数々見てきたけどこんなデカいのは見たこと無い。敢えて言うなら東照宮の上の徳川家康の奴か。
利長は徳川に潰されそうになったのを必死こいて外交で凌ぎきって関ヶ原で東軍について加賀百万石の礎を築いた。晩年は高岡に移って街の発展の基礎を作ることとなったらしい。

そのちょっと先に真打ち、初代犬千代の墓。

利長のに輪をかけてデカい。利家については言わずもがな。ってか言うと長いしな。

お隣には大河ドラマで有名になったおまつさんの墓。利長の代に上述の通り前田家が潰されそうになったときに人質として江戸に送られ、利長が死ぬまで金沢に戻れなかったそうな。これが大名の嫁を人質として江戸に留め置くルールの起源だとか。嫁と言えば、利長の嫁は信長の娘でその墓もあった。豪姫の墓もあったそうだが見なかったな。

その他前田家代々の藩主とか奥さんとか殉死者の墓がずらずらっとあります。

が、写真は雑に。ってのがね、藪蚊がすんごいの。何て言うかな、節操ないというか賤しいというか、あの斑のシマシマの奴が3匹とか5匹とか群がってくるんですよ。虫除けスプレーしてたけど、汗をかく頭とか首とか腕とかにもうワラワラとね。従軍カメラマンのように写真を撮りながら急ぎ足に駆け下りて脱出しました。

下の方は一般の墓場みたいなんだけど、何か墓石が倒れてたりして妙にモコモコとした墓の跡と思しき地面に雑草が生い茂ってたりするゾーンもあって肝試しには良さそうだ。青山墓地とか見慣れてると区画が雑。

11時半過ぎに自衛隊駐屯地前のバス停。いやー、金沢って都会だなぁ。また来てみたいなぁと兼六園とか全部スルーしてバスで30分ほど。

金沢駅に着きました。北陸新幹線到着目指してど派手になってるようだけど、こんな凄い駅でも自動改札じゃないんだぜ。
これで金沢バイバイ。富山へ向かいます。

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2011年9月12日 (月)

甲州街道Z 第3話

北陸の写真整理も出来てないのに、また小旅行に出てしまった。

面倒だから、見所少なかったから、分けずに一気に書くぞ。写真多いぞ。

7:20新宿発の例の高速バスに乗る。府中と小仏で渋滞が発生してると聞いたが大したことが無いだろうと思って寝て起きたら八王子の料金所だった。時計を見ると8時30分。全然動いてない。料金所の向こうがビクともしてない中、ETCのゲートに列が出来て「一般」のゲートが空いているって何かおかしいぞ。
抜けた後の表示は「勝沼まで90分」。この時点で1時間遅れ確定。小仏を越えて流れ出したと思ったら、運転手が「談合坂で休憩取ります」と。本来はオイラが降りる昭和を過ぎた後の双葉SAで休憩するのだが、渋滞で押したので休憩を前倒ししたようだ。

結果、到着したのは10時過ぎだったと思う。もう座り疲れて降りたところに丁度山梨組の皆さんが。Aさんの車ですずらんの里へ。現地集合のMさんのバイクを待って出発。

前回のゴール、神戸八幡(ごうどはちまん)の交差点に1142。もう昼やん。今回は距離が短いので何とかなるだろう。登りも少ないし。天気は最高。ってか暑い。

ほどなく御射山神戸の一里塚。日本橋から48個目なんだそうな。標高は917m。ケヤキが立派。樹齢380年以上と推定されるらしい。
この辺りでMさんが車に財布忘れたとのことで戻ると。もう一人のMさんも「ちょっとバイクの様子を見てくる」と死亡フラグを立てながら一緒に戻っていった。どうしましょうかね、どっかで昼食取りながら待ちますかね、とエプソン村を抜けて食べる場所を探す。何かエプソングループの運動会みたいなのやってた。

やたら鹿推しの店。残念ながら休業でした。一品料理出前するそうですよ。他にも独特の味のある看板が。

東京から187km。1224。その先に蕎麦屋の看板を見つけたので脇道に入ってみる。

農協の裏に蕎麦屋。オレンジ色の憎い奴が「肉食いたい」とか言うのをシカトして店内へ。ちなみにオレンジ色の人はFIFA World Cup 南ア大会のオランダ代表を見てオレンジ色を着ることにしたそうです。これ豆な。

勝山という蕎麦屋、手打ちの黒っぽい蕎麦が美味かったですよ。といいつつ、オイラは天丼にミニそばを付けたんだけど。
肉、肉言ってたオレンジャーはカツ丼を頼んでいた。ソースカツ丼かと思ったら、東京や関西で普通のカツ丼でした。山梨的には煮カツの丼らしい。メニューにも煮カツ定食があった。東京ならカツ煮だよな。ここでMさん2人と合流。

13時過ぎに出発。コスモスを見ると無性に写真を撮りたくなる病気です。

マンホールに御柱祭のマーク。ゴールも近い?

本当にこの日は雲が綺麗な日でした。秋はいいな。

なんてボンヤリしてたらスーパーあずさ。

再度空。いやほんとすばらしいのよ。昔、カメラ好きの叔父が「雲の無い青空は面白くない」と言っていたのが、この頃やっと分かるような気がする。昔は抜けるような青空が良いものだと思ってた。

1418 192km。

茅野市街に入り始めたか。男子美容専科。

1459 諏訪まで6km。がんがれ俺たち。

りんご一袋400円らしい。そんなお得感ないのは気のせいかな。一番下の段は「はねだし物」と書いてあって要はキズ物ということらしい。

ついこの間まで桃とブドウの世界だったのにいつしかリンゴの世界に。看板もリンゴと寒天推し。長野って寒天有名なの?寒天って天草だから海のものじゃないの?と思ったら、冬寒くて水が綺麗だとかの条件が整ってるといい寒天が出来るそうで、元は丹波の技術が諏訪に伝わったんだそうな。丹波も山の中だもんねぇ。へぇ。

1526 51個目の一里塚。

諏訪は街を挙げて合コンやるそうですよ。男女100対100。なんだそりゃ、と思ったら今日じゃねぇか。

1626 宮坂醸造前。「真澄」で有名だが去年の7月にショップにダンプが突っ込んで取り壊すことになり、現在再構築中。事務所や蔵は無事。先日の菊姫に負けず劣らず大企業です。

「ブロードバンド予備校」かなり気になる。

1640 52個目の一里塚。この日は一里塚が多く残っていたな。

何かアニメの世界じゃねーかっつー階段。上の方に女子学生が登ってるんですよ。こんなの通学路にあったらもれなく太股がロベカルになってしまいそうだ。


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ずっと「諏訪湖見えないっすかね」と言っていたけどやっと見えるように。左手に見ながら歩く。最後の方の登りは足に来る。

17時を過ぎて陽も陰るかどうかというところ、不思議な雲の広がりを見せて綺麗だなーと思ってたらこの後とんでもないことに。

1726 53番目の一里塚。これが甲州街道最後の一里塚。後十一町(1100m)で下諏訪の宿。終点です。

ということでテンション上げ気味で歩いてたらポツポツとお空からお水が。みんなダッシュ始めるから何もそんな急がんでも、と思ってたら本気の降り方になってきたのでオイラも走る。しんどい。

1735 下社秋宮のトイレに逃げ込む。臭い。

向こうに見えていた町が煙って見えない。所謂一つのゲリラ豪雨ですかね。トイレは臭いので下社の社の廂の下に退避。
iPhone で雨雲レーダー見ると諏訪湖の上だけ綺麗に雨雲が。なんだろな、この境内に逃げ込んで社の下で雨宿りという水戸黄門的時代劇パターンは。
何度か弱まりそうになって遠くが晴れたと思いきや、また強くなったりを繰り返す。

雨が小降りになったところを見計らってとりあえず終点まで行く。1812 中山道との合流点。

なんか最後バタバタになって達成感0。とりあえずおつかれさまでした。江戸まで五十三里十一丁(町だと思うんだけど隣のパネルには丁と書いてあった)だそうです。全部で11日だったけど前半チンタラ行った事考えると本気なら10日か9日で行けたな。


その後、熱すぎる温泉につかり(露天風呂から見える湖畔の街の灯りは綺麗だったけど)、打ち上げ場所を探す。行く前に「ここ良さそうですね」と行っていた店に電話をかけたら「満員です」と。とりあえず駅の方に行けば何かあるでしょ。Aさんが「最悪、駅前に養老乃瀧があったはず」と冗談を言っていたら冗談じゃ無かった。マジで何にもねーの。

ということで打ち上げは養老乃瀧。学生時代に入って以来の養老乃瀧。入ったら5人は座れないから4人席に座れと言われた養老乃瀧。入った席の隣では体育会系の女子大生(? 先輩らしいのは酒飲んでたからな)が飯食ってる養老乃瀧。

生2杯飲んで、暴力中華とは比べものにならないショボイ唐揚げやキムチチャーハンを適当に食ってふと気になって時刻表を調べたら、すずらんの里に帰るには2008の次は2141まで無いことが判明。気づいたのは2012。ま、オイラは下諏訪に泊まるからいいけどね。あと1時間半潰さなきゃということで、もう腹一杯だけど適当に粘ってから駅へ。

ガラッとした駅で「今度会うときは全国大会だな」と熱い抱擁を交わし、山梨組を見送る。

そこから歩いて10分ほどで宿に帰ったんだけど、下社の中にある宿まで帰る途中に人に会わないの。で、急に町内放送がかかったと思ったら「先ほど放送しました行方不明の男性は無事保護されました。ご協力ありがとうございました」みたいな放送。どうも徘徊老人が保護されたらしい。そんな放送流れるのかー。

で、真っ暗な神社の中を抜けて宿に帰ったのでした。22時に就寝して爆睡。

これでお仕舞いなんだけど、2日たっても達成感がないのが問題だな。

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2011年9月 9日 (金)

RWC 2011

本日、日本時間の16時30分頃から開幕する Rugby World Cup。開幕戦は All Blacks と Tonga が当たる。
All Blacks の Haka は有名だが Tonga にも同じく Sipi Tau と言うウォークライがある。どちらが先にやるのか、なんて話題もあって、Home の NZ が後ということになったとか。Tonga が後だと間違いなく途中からかぶせて行きそうだけど All Blacks は Sipi Tau の終わりを待つのかな、どうかな。

その NZ はFB ムリアイナが怪我から完全に復帰できていないということで22人のメンバーから落ち、コンラッド=スミスとメアラムもリザーブにも名前が無い。Tonga戦ということもあって早くもローテーションを考えているような感じ。この先長いし怪我は心配だかんね。

例によってNZは絶好調だが、前評判が高いのは毎度のこと。今回こそ第1回大会以来の優勝なるのか。そのNZを Tri-Nations で破って優勝した AUS はクーパーの調子の波と選手層の厚さが気になる。 Boks は個々は間違いない力を持っているけど世代交代をしきれなかった感じ。世代交代出来なかったのは Ireland も同じかな。
北半球ではベテランを一掃したフランスがどうなのかが全く分からない。England は一時の不調から確実に立ち直っているけどどこまでできるか。初戦は Wilko が先発のようだ。
前回大会で世界を驚かせた ARG は初戦で England と当たる。テストマッチの映像をみていないんだけど、余り強豪国との調整試合をできなかったようだ。後は Wales か。何かピンと来ないんだよなぁ。

普通に考えれば All Blacks だけど、敢えて Springboks を優勝候補に予想しよう。期間中に調子上げれば。
で、録画最適化に苦しむのです。NZで時差が少ないのが救いかな。欧州サッカーとかVueltaと被らないから。

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2011年9月 8日 (木)

Vuelta a Espana Stage17

全然旅行の写真の整理が進まない。

Vuelta、一応見てます。有名どころは Tour 後にごっそり抜け、Vuelta に来た Sprinter もみんな途中で帰っちゃったり。昨日はカンチェラーラも帰っちゃった。

始まる前はサストレ、メンショフ、ニーバリ、ホアキン、ウィギンス辺りが優勝候補かと思っていたのに、何だか途中から皆様どんどん落ちていって(ウィギンスは昨日まで頑張ってたけど)、昨日の熱いステージ優勝争いを繰り広げたのは、サストレ・メンショフのアシストかと思ってたコーボとウィギンスのアシストのフルームだ。

特に昨日は様々な有力どころが最後の頂上ゴール目指してアタックをする中、結果的には2人が抜け出して最後は山岳なのにスプリント争いという熱さであった。久々に面白かったなぁ。
マドリに戻るのは日曜日。残る3ステージは山岳ゴールではないがノコギリの歯のようなアップダウンの激しいコース。総合1位コーボと13秒差のフルームはどこで仕掛けるのか。3位のウィギンスも何とかしたいところだけどやっぱりフルームのアシストに尽くすのかなぁ。

面白くなってきたけど明日からいよいよ RWC、もう大変。

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2011年9月 7日 (水)

越前・越中の道 (鶴来)

金沢の外れで昼食を取ってすぐに西金沢へ。その名の通り金沢の西にある。

駅前では絶賛北陸新幹線工事中なんだけど、確か新幹線は金沢までのような。白山市に車両基地が出来るというのでそこまでのラインなのかな。

ということで北陸鉄道新西金沢駅から出発します。大体、30分に1本。

どっかで見たような、と思ったら東急7000系が活躍中なんだそうな。
30分弱で鶴来駅。降りたら脇目もふらずに駅前のタクシー会社へ。見たところ2台が止まってたんだけど早い者勝ちなのかなぁ。とりあえず乗って神社へ。一応、バスもあるみたいだけどスケジュール詰まってたのでね。

で、タクシーで10分ほどで白山比咩神社に到着。

白山比咩神社は加賀一の宮であり、中部地方に多く見られる白山神社の総本社である。元は白山を対象とする山岳信仰であろうが、今は菊理媛と伊弉諾・伊弉冉を祀る。ちなみに地元菊姫の限定熟成酒の名前も「菊理媛」だ。見かけたのは数度だが。

強烈な日射しを遮る緑が嬉しく鮮やかだ。広くて緩い石段を登っていくと程なく頂上?の拝殿へ。

こぢんまりとしているが中々バランスがいいというか格好良い建物でした。
北陸鎮護の大社 白山本宮・加賀一ノ宮 白山比咩神社 | 石川県 初詣 七五三

またゆっくりと石段を下りて、ここから駅まで歩く。不思議な高い雲。秋が近づいてるのか。

歩いてすぐに2009年11月に廃された加賀一の宮駅。今はバス停になっている。

2年もしないうちにこんなになるもんだなぁ。

んで、手取川。かつては石川と呼んだという。
倶利伽羅峠に平家を破った木曾義仲が、京へと逃げる平家軍を追って来たところ、川が増水して渡れない。そこで、兵の中から屈強な者を選んで手に手を取って向こう岸まで渡ったという何とも魁男塾な話から手取川と呼ぶんだそうな。

白山から流れ出る手取川の伏流水は名水として知られており、この水で醸した酒を菊酒と呼ぶ。中でも有名なのが菊姫。ということで、この鶴来の街の真ん中にあります。

従業員専用駐車場が見たところ2カ所。

奥に見えるホテルのような白亜の建物が菊姫の工場。中々凄いものです。

工場の少し手前にショップ。杉玉が幾つも下がっているところで、どうなってんのかな?と少し入って覗き込んだところがセンサに捕まって奥でチャイムの音が。この展開は大月の和菓子屋と同じだ。
程なくしておっちゃんが出てきて酒の説明をしてくれた。都合15種類ぐらいあっただろうか。試飲できないからよく分からないし、正直グッと来るのは無かったんだけど折角出てきてくれたんで1本選んで購入。
菊姫

更につらつら歩く。醬油屋など古そうな建物が多い。住宅も玄関が引き戸だったり。で、萬歳楽。
こちらは入ったところに綺麗なショップがあり、オネーサン2人で接客してくれた。正直梅酒のイメージが強かったんだけど、棚を見るとなかなかの種類。これは何ですか?などと質問していると、「お車で無ければ試飲されますか?」と。後ろの小さな冷蔵庫から出して注いでくれる。「こちらもどうですか」「これも飲まれますか」などやたらと勧めてくれるオネーサン。少し派手目な顔立ちがユニフォームの黒いシャツと相まって宝塚のような雰囲気の感じの良い方だった。もう四ッ谷か恵比寿辺りでバーでもやればいいのに、ってな感じ。
冷やで美味しかったのを1本、燗上がりしそうなのを1本選んで送って貰うことにする。「あの、これ菊姫さんで買ったんですけど、これも一緒に送って頂けますか?」と聞くと快くOKしてくれた。

ショップすぐ裏の囲炉裏の間。建物は200年以上のものなんだそうだが、綺麗に磨き上げられた感じの何とも言えない味があって良かった。
萬歳楽 本店 | 萬歳楽ウェブサイト

電車の時間もあるので御礼を言って退出。少し急ぎ足で駅へ向かう。

駅前に着いたときに、丁度 JAIST のロゴ入りバスがいたんだけど、E-P2のバッテリが上がってしまって撮れなかった(換えのバッテリはあったんだけど)。

また30分ほどかけて新西金沢へ、そこからJRで松任へ向かい、2日目を終了したのでした。

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2011年9月 6日 (火)

越前・越中の道 (一乗谷)

ビジネスホテルの朝食を掻き込み、8時福井駅西口発のバスに乗るために朝の街を歩く。良い天気だ。

福井の駅前は視覚にハンディキャップを負った人々への考慮だろうが放送が五月蠅いぐらいに響く。「間もなく信号が変わります」「青になりました」「バスが参ります」ぐらいは良いのだけど、バスが到着してから出発するまでずっと系統と行き先を無限ループで流してるのは少々やりすぎな気が。
バスは街中を抜け、徐々に山の方へ向かって30分ほどで武家屋敷前。目的を同じくしていると思われる4人ぐらいで降り立つ。

一乗谷はその名の通り、2つの山並みに挟まれた一乗谷川の周囲に南北に開けた谷間であり、天然の要害とも言える場所を拓いて作られた朝倉氏の都である。
元は但馬の出と伝えられる朝倉氏は名族斯波氏の守護代として越前に下ったと言う。応仁の乱の混乱に乗じ、越前を貰うという条件で主家の斯波氏が属する西軍を裏切って東軍に付いた。所謂、下克上だ。朝倉孝景は主家の守護代との戦いを繰り返し、息子の氏景の代に越前を平定する。

この孝景から数えて5代、100年少しの都が一乗谷だと伝えられている(孝景以前から朝倉氏の本拠が一乗谷だったという説もあるらしい)。室町文化が栄え、京都から数々の文化人が訪れ、足利義昭(秋)が当時朝倉家臣の明智光秀と出会ったのも一乗谷である。しかしながら、浅井長政と結んで織田信長に反抗した朝倉義景は一乗谷を追われ、最終的に従兄弟の景鏡に裏切られて自害する。
義景が落ちた後の一乗谷に柴田勝家が火を放ったところ三日三晩燃え続けたという。その後、越前を与えられた勝家は本拠地を北の庄に置いたため、灰燼と化した一乗谷は放置された。主立った庭園跡が発掘されたのは昭和40年代に入ってからということで、実に400年近く放置されてきた訳である。

さて、バスを降りて他の客が辺りを見回しているところで行動開始。既に地図は頭に入っている。ってのも、帰りは前後2時間、都合4時間に1本しか無い電車に乗らなければならないのだ。迷子になってはいけない。

バスを降りてすぐに川を渡り遺跡を見て回る。遺跡と言ってもだだっ広い広場や、庭園の石組みの跡、柱の跡などだ。なんだかローマを彷彿とさせる。時代は随分違うが。
始発のバスでやってきたので当然誰も居ない。


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見てどう、という物でも無いが思いを馳せるのには良かろう。とりあえずぐるりと見て回ろうということで、一番高いところにありそうな英林塚を目指す。

麓は早朝の山間ということでかなり涼しく感じたのだけど、山道を登るとすぐに汗ばむ。先日の大菩薩峠と同じ感じだ。前日着た速乾性のTシャツを洗っておいて良かった。取り出して着替える。

ということで英林塚。一乗谷の初代孝景公の墓だが法名を取って英林と呼ばれる。というのも3代後に同じ孝景という名前の曾孫が現れるのだ。

まだ朝早いこともあって向かいの山に影が映る。足下に見えるのが朝倉館跡だ。

その片隅に朝倉義景の墓がある。本当の遺骸が入ってるかどうかは謎。少なくとも首級は景鏡によって信長に渡り頭蓋骨が金箔押しにされたはず。死後100年ほど経って松平氏の治世に造られたというから祠のような意味合いが強いのだろう。

一通り見終わって時計を見ると 0921。前日、居酒屋の女将が言っていた祭りの準備でテントの設営やら看板や幟の設置で慌ただしい。
道路を挟んで向かいに復元町並という有料の施設があるのだけど、何だか裏から見えてしまっているので入るのはやめた。座って扇子を使い、十分涼んだところで川沿いに下っていく。

館と一緒に燃え落ちたであろう寺の跡、家臣筆頭でありながら義景を見限って信長に降伏した朝倉景鏡の館跡などをつらつらと見ながら10時丁度に下木戸に至る。

これは城で言うところの大手門に当たるんだろうか。堀と石組みで関所のようになっており、道はクランク状になって直進できないようになっている。ここまでが一乗谷の遺跡と言えそうだ。

その後はJR一乗谷駅を目指す。途中案外立派な春日神社に立ち寄ってみたり。

福井松平家は初代の(結城)秀康が若くして病死したり、その後も藩主が自殺したりということが続いたので「これは朝倉義景の怨念に違いない」ってことで荒廃していた神社を七代目藩主が建て直したんだとか。柴田勝家はスルーかよ。

1022 線路に出た。越美北線(えつみほくせん)だが、何故か九頭竜線と呼ばれてるそうな。ややこしい。安心の単線です。

一乗谷川は足羽川に合流。足羽川は最終的に九頭竜川となって日本海へ流れ出す。

頭を垂れる稲穂の間の細道の先に

駅舎があります。間違い探しみたいだけど駅舎があるよ。

1030 一乗谷駅に着きました。多分、すたすた歩けば武家屋敷前から駅まで30〜40分じゃないかな。電車は1049発なので20分ほど潰すことに。
誰も居ない待合室に入って…と思ったらいきなり入口の上の方に蜘蛛の巣トラップが。まじすか。
で、待合室で靴脱いで靴下脱いで、上着替えてぼーっと目の前に広がる田んぼとか床に落ちた虫の死骸とかを眺めてたら20分が経過。

ポップな一両編成のキハ。乗り込むのは鉄オタっぽいおっちゃんと、地元の高校生らしき女の子。ドアは自分で開ける奴。といってもボタンを押すとかじゃ無くて、物理的に手で押し込んで開けるドア。公衆電話ボックスみたいなの。

運転席も不思議な作りだ。
これに揺られること20分弱で福井駅。同じホームで5分後のサンダーバードに乗り換える。

向かいのホームってだけでこのギャップは何でしょう?

ということで福井にサヨナラして金沢に向かいました。

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2011年9月 5日 (月)

目黒のさんま

目黒の祭りに長蛇の列
落語の「目黒のさんま」にちなんで目黒では「目黒のさんま祭り」なるものが開かれる。目黒駅前商店街が品川区なのもおかしな話だが、品川駅は港区にあったりするのでな。

で、この祭り、秋刀魚の焼いたのを無料で配布するってのがウリなんだけど、

長蛇の列ができ、午前3時半から並んだ人も。大ぶりの焼きサンマに徳島県神山町特産のスダチを添えて提供された。

だそうです。どんぐらい並んだんかな、と思ったら、並んだ人のブログが。実に4時間。

サンマ一匹食うために4時間並ぶようになったら人生終わりだと思う。 - 拝徳

ここに書かれているずるずる並び続ける心理はプロスペクト理論に近い物かもしれない。途中で並ぶのを止めたらそこで並んだ時間が無駄になるからな。秋刀魚ならバカっぽいと思えても、案外企業のプロジェクトとか似たことやってるもんだ。もう半期様子を見てみようとかいいつつズルズルとか。

冷静に考えれば焼き秋刀魚1匹と4時間並ぶ行動は一般人にはバランスしないだろう。近所のスーパーに行けば250円ほどでご丁寧に焼かれた秋刀魚を売っている。一方で250円やるから4時間並んでくれと言われて、どれほどの人が並ぶであろうか。(もちろん「目黒のさんま祭りに4時間並んだ」という幸福感を得る人にとってはそれ以上のValueがあるのだろうけど)

秋刀魚の件でいけば、ある程度常識的な判断がつけばどっちを取るか決まりそうな物だけど、これがガソリン値上げ直前だから並ぶ、とか結構多くの人がやっちゃうのな。ガソリン使ってアイドリングしながら安いガソリンに並ぶ。

節約術とか主婦の知恵みたいなものも上記の落とし穴があると思う。専業主婦だと自分の時間のコストって計算しにくいと思うんだけど、節約術を行うために何かを犠牲にしている場合、その対価が見合っているかどうかってのは環境によっては怪しいなぁ、と。端的に言えば、1000円を節約するために1000円以上の機会損失を行っていたらそれは意味がないと思うのだ。例えば節約術の実践に2時間かかるんだったら時給600円のバイトを2時間やった方が良かったり。極端な話、バリバリに稼げる人だったら家の掃除なんかしないで、ダスキンみたいなの頼んだ方がトータルで得だと思うし。

不動産投資なんかでも、大家が頑張って家のメンテナンスをすることで収益(利回り)を上げる、みたいな話は多いのだけど、専業では無いサラリーマン大家だったら、ある程度委託することの方が色んなコスト(会社休んだり、休日潰したり)考えたら良かったりするんじゃ無いかなぁ、と思うのだ。

裏を返すと金で心理的不安等が解決できるならそれも手だな、と。水道水怖いって言いながら頑張るよりも、水買って落ち着くんならそれはPayしてると言えるような気もする。逆に、これは何処産かしら、と食材の産地を細かく気にしてると心理的に疲れてしまって Total Cost が高くなるような気も。心理的負担でコロッと逝っちゃったりしてね。

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2011年9月 2日 (金)

越前・越中の道 (永平寺)

今回の旅の一番の目的は永平寺。昨年末だかに訪れた総持寺と並んで曹洞宗の大本山である。ちなみに総持寺は鶴見大学でこっちは駒澤大学側。

福井駅東口の高速バスターミナルから永平寺ライナーに乗る。何も無い道を山へ向かって30分も走ると急に観光地っぽくなってゴール。バス停は終点と乗り場が異なる。福井から行くには門前に着けてくれるけど、帰りは少し下ったところのバス停から乗らなければならない。その旨、ドライバーから注意があり、帰りのバス停の前の休憩所?土産屋?に無料で荷物が預けられるとのこと。わしゃ預けるほどの荷物は無かったけど。この休憩所とバス会社は連んでるようで、降りるときに5%割引券だかを運転手からもらった。

で、バスを降りるとまさしく門前です。

あの驟雨が嘘のように晴れ上がり良い感じ。暑いけど。

この5cmほどの段差が俗世との境界なんだとか。

さすがに伝統ある大伽藍という良い感じのアプローチ。

で、少し進んで左側に拝観入口が。500円だかのチケットを自販機で買って進むと靴を脱いで上がれ、と。え?と思ったけど、ここは伽藍が廊下でつながれていてそのまま拝観できるのだった。
最初に溜まりのようなところで僧侶が説明してるところに入ってしばらくすると扉が開かれて進めるようになる。別に説明は最初から聞かなければならないわけでは無いので、なんだろ、一定間隔で参拝者を入れるよう制御してるのかな?兎にも角にも拝観開始。

永平寺は山の斜面に作られたようになっているので

廊下の階段もぐわーっと上る。

登り切った一番高いところに法堂(はっとう)。暑いので座って暫しボンヤリ。


(クリックで拡大)

んでまあ、順路(?)に沿ってぐるっと見回るわけです。

が、なぁ。その廊下しか歩けないって縛りのせいで見る角度が限られるのが非常に残念。

だもんで、こんな写真とかになっちゃったりするわけですよ。

全体的な感想としては思ったよりも小さく、正直イマイチでした。ま、seeing is believing ね。

まぁなんつーか、道元はそもそも弟子を取ることすら難しいぐらい自らの道の探求に真面目で教団作るとかそういう意志はカケラもなかったみたいなんで、今の永平寺がデッカイのは後生の弟子の系列が色々時の有力者に働きかけたりっていう開祖の意に沿わないことをした結果なんでなぁ、そういうのが頭にあってイマイチに思えたのかも。そもそも「宗」なんてのを立ち上げるつもりすらないし、曹洞という名前を付けられるのも気にくわなかったってのは正法眼蔵を読めば分かる。オイラは読んだことが無い。
正法眼藏 Shohogenzo

本当は2時間ほどの時間を見込んでいたのだけど、1時間ほどで見終わってしまい、急げば永平寺口駅前行きのバスに乗れそうだったので急ぎ足で、先の休憩所の前へ。オイラ一人しか乗っていないバスで15分ほどかな。永平寺口駅前駅についた(ややこしい)

ほどなく踏切が鳴り始めたので慌てて一人しか居ない駅員から切符を買う。

一両編成のカワイイ電車に乗って家々の軒先をかすめるようにして松岡駅へ。

松岡から人気の無い道を10分ほど歩くと黒龍酒造。ただ、お祭りの準備か何かでテキ屋っぽいにいちゃんねーちゃんが座り込んでたり。ショップをやってるのかどうか分からなかったけど、入ると買っちゃいそうだし、そうなると旅は始まったばかりで面倒なのでスルー。

さらに10分ほど歩くと田辺酒造。左手に工場、右手が蔵というかショップなのかな。ここは買えそうだったんだけど、丁度中から人がワラワラ出てきて、これまた面倒だし、電車は1本逃すと30分来ないからスルー。

で、観音町の駅から再びえちぜん鉄道に乗ったのでした。乗るときに整理券をとるとアテンダントのおねーちゃんが後から切符を売りに回ってくるのは北鉄と同じだ。少し訛っていて好感の持てるアテンダントは何だかオッチャンの客に絡まれててずっと車内の自転車固定器具について説明していた。大変だなぁ。

福井駅に戻って駅前のホテルにチェックイン。汗を流して夜に備えたのでした。

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2011年9月 1日 (木)

ドラネコメール便

信書の件。

どうも、某都道府県の職員が信書をクロネコメール便で送ったところ、受け手に告発されてしまって都道府県と職員、それを運んだのかヤマトの職員2名まで書類送検されてしまったんだそうで。送ったのは2年前で、書類送検されたのが今年の4月。

昨日、職場にいつも来るヤマトの兄ちゃんが「明日から伝票変わりますんで」と。で、新しい伝票には署名欄がある。「これは信書じゃ有りません」っていうサインを1つ1つにしなきゃならないんだそうな。すんげーめんどくせー。ま、ヤマトとしてのリスクヘッジだよな。今後は訴えられても社員の責任は無いわけだ。「信書じゃ無いって言うから運んだ」と。

これだったら郵便局に持ち込んだ方が(郵便局は歩いて3分ぐらいだ)いいんじゃねーかと思ったけど、なんかそれは郵政族の思うつぼの様な気がして面白くない。個人情報保護もそうだけど、キュウキュウと縛り上げるとどんどん不便で野暮になるねぇ。

信書に関する重要なお知らせ | ヤマト運輸

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