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2011年9月15日 (木)

越前・越中の道 (瑞龍寺・岩瀬)

富山駅前のビジネスホテルで起床。富山駅も新幹線の絡みで再開発なのかな。

旅行前、行きつけで富山に行く話をしていたら、たまたまカウンターに2人富山人が居て鱒寿司のオススメを教えてくれた。一人は高田屋、もう一人は前留を推す。バーテンダーに「お土産に買ってきてよ」と言われたので買い出しに行かねばなるまい。

鱒の寿司は丸の内の近くに数店舗集まっているらしい。高田屋は結構メジャーらしいので前留を狙う。鱒寿司屋は朝早いらしく、8時過ぎに電話で一応予約をしてから向かった。一重と二重があるが、スタンダードな一重を2つ。

富山は路面電車が頻繁に走るが形式は色々。結構格好良いのもあった。10分ほどで前留に着いて、少し耳の遠そうな店主から寿司を買う。帰り道に美味そうな蒲鉾屋があったので昆布巻きの蒲鉾を購う。

ホテルに戻って荷物を預け、昨日も通過した高岡へ。行ったり来たりしてるのは諸々のスケジュールによる。

高岡駅10時過ぎ。なるほど昨日新装開店しただけあって綺麗だ。綺麗過ぎてがらんとして何も無い感じ。

駅の南側へ出て10分弱歩くと八丁道と呼ばれる参道に当たる。右折して進む。

すぐに瑞龍寺。入場料を払って入る。

総門の中に立派な山門。後で知ったが国宝らしい。贅沢なスペースの使い方だ。


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山門をくぐると鮮やかな緑の芝生。取り囲む回廊の中に仏殿。鈍い色を放つ瓦は鉛製だという。
一説には一国一城令で高岡城を廃するときにいざという時の備えとして瑞龍寺を考えたとか。広尾の祥雲寺の造りを黒田家が複雑にしたのと同じか。信長や、秀吉・秀頼を見てきた大名達は江戸時代の初期には平和が続くことなど信じていなかったのだろうな。

裏手から総門を。シンメトリーでシンプルで本当に綺麗。もう少し雲が少なければ素晴らしいところだ。非常に気に入った。

一番奥の法堂も国宝。全て安定感があります。

回廊の中もぐるりと見学することが出来る。なんだかポルトの教会やアンコールの寺院を思わせる造りだ。

それほど広い伽藍ではないけれども、ゆったりとしていて落ち着く。もう少し見ていたいが貧乏性スケジュールなので切り上げて出る。八丁道にあった逆方向に「前田利長墓所」とあったのが気になるのだ。

ということで八丁道の名の通り、800mというか900m弱を直進して戻る。

これまた立派な墓で、鳥居の中に濠、天皇陵のような柵の中に10m以上の墓碑がある。今は随分敷地が削られているが、昔は1万坪あって外濠もあったそうな。これまたいざという時の備えか。

で、墓も立派なんだけど、何より目を引くのが1つだけ異様にでかい灯籠。手前の標準サイズの奴と比べると大きさが分かると思う。

ちなみに前田利長は2代目藩主で野田山にもお墓あったね。分骨なのか記念碑的なものなのかは知らぬ。

再び高岡駅から富山駅に戻る。岩瀬という港町に行ってみたい。ライトレールってので行けるらしいのだけど

所謂路面電車でした。しかし新しいらしい。元は国鉄→JRの富山港線だったものを第三セクターとして路面電車にしたそうで、2006年からなんだそうな。

東岩瀬まで20分ほど。随分冷房の効いた車両でのんびりと行く。

地図を頼りに歩くこと5分ほど。

満寿泉の蔵。思っていたより随分と大きい。昔ながらの煙突が残っている(煙突の残っている蔵は珍しいかも)。この奥を左手に曲がるとメインストリート。

綺麗なショップ。聞くところによると満寿泉の社長さんは町おこしの為の会社を作って社長となり、空き家を買い取ってリフォームして入居者を募るなどして景観の美化と街の再興を行っているそうな。

ショップに入ったら東京から来たらしい家族連れが。店員がいないというので困っている。んじゃ、ちょっとその辺り見てからまた戻ってくるかと外に出て写真を撮っていたら、店の人が来たと。
入って、先客の家族連れの買い物を待つ。何だか少々知ったかぶり気味の父ちゃんがズレた事を聞くのをほんの少し面倒そうに受け流す店のオッチャン。買って出ていった後でオイラたちのターン。

並んでいる酒は6種か8種かそれぐらいだったと思う。曰く「東京なら渋谷の東急の地下(Foodshowだと思う)が一番揃いますよ」と。「酔」と「通」という見慣れないラベルがあるので聞いてみる。
「通っていうのは本醸ですか?」「いやこれはね、本醸と吟醸のブレンドでね、そこにある料亭さんにね『魚に合うお酒を造ってくれ』って言われて造った酒なんですよ。もう何年前になるかな。通には分かる酒ってね」と笑う。そう言われては買わずにいられない。四合瓶を1本買って店を出る。後でラベルを見たら純米だったと思う。随分いい加減だ。

13時を過ぎたのでそろそろ食事をしたい。海を見ながら飲める場所は無いかと富山湾へ向かったが、中古車の積み込みを行っているようなところで落ち着いて座れる場所は無さそうだ。そのまま北上して運河に出る。屋根のあるベンチがあった。ここなら良さそうだ。

全く人が通らない。静かだ。かすかな波音とカモメの声のみ。

朝買った鱒の寿司、2つの内1つは土産、1つは昼飯だ。前留の寿司は開けると鱒が底になっているタイプ。こうすることで酢が抜けるのを防ぎ、鱒に馴染むのだとか何だとか。前留に限らず、鱒の寿司には2タイプあるんだそうだ。付属のプラスチックのナイフで切って、先ほど買った酒で頂く。ついでに朝買った蒲鉾も食べちゃえ。

1時間ほどで完食。酒も寿司も無くなった。最初は多いかと思ったけど、この寿司は良く押してあるので非常に薄く、あっさりとしていて1人1枚でも食べられそうな気がした。まぁ、ご飯の密度を考えるとカロリー過多だろうけど。腹ごなしにゆっくりとメインストリートの方へ戻る。

無造作に干された白エビ。雑だ。あんなに美味いものを何てことするの。

元々岩瀬は北前船の港として非常に栄えたそうな。加賀から上方に米を運ぶには普通に考えれば陸路が良さそうだが、そうすると幾つかの藩を抜け、そこに通行税を落とさなければならない。遠回りに見えても関門海峡を通って船で運んだ方が効率が良かったんだそうな。

上の建物は廻船問屋森家の邸宅。名前からして悪そうなので、おそらく悪代官とつるんで格さんにフルボッコにされたに違いない。200円ほどの見学料で入れる。

で、他の建物も先述の街おこしの会社が行っているんだろうけど、昔のスタイルになっている。これは北陸銀行の建物だけど、他にも商社や医者などが昔ながらの町並みに馴染むようなデザインで営業している。

正直、まだ観光地として人を集めるには弱いかもしれないけど、こういった街おこしは面白そうだな、と思わせる。雑に特産品売るとか祭りやるとかだけじゃなくてね、しっかり街自体から変えていくってのが。

再び東岩瀬からライトレールで富山駅へ。ホテルで荷物を受け取って空港行きのバスに乗り羽田へ向かいました。

富山空港の土産売り場にも鱒の寿司コーナーがあって、各店舗のが並んでました。夕方だったので高田屋なんかは売り切れてたけど。前留は無かったな。

日数の割に充実してたなぁ。初日の丸岡城以外は全て行きたいところに行けたし。その分つかれたけど、お腹いっぱいです。

今度行くとしたら金沢をじっくり見て回りたい。後は能登半島かしら。

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