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2011年9月12日 (月)

甲州街道Z 第3話

北陸の写真整理も出来てないのに、また小旅行に出てしまった。

面倒だから、見所少なかったから、分けずに一気に書くぞ。写真多いぞ。

7:20新宿発の例の高速バスに乗る。府中と小仏で渋滞が発生してると聞いたが大したことが無いだろうと思って寝て起きたら八王子の料金所だった。時計を見ると8時30分。全然動いてない。料金所の向こうがビクともしてない中、ETCのゲートに列が出来て「一般」のゲートが空いているって何かおかしいぞ。
抜けた後の表示は「勝沼まで90分」。この時点で1時間遅れ確定。小仏を越えて流れ出したと思ったら、運転手が「談合坂で休憩取ります」と。本来はオイラが降りる昭和を過ぎた後の双葉SAで休憩するのだが、渋滞で押したので休憩を前倒ししたようだ。

結果、到着したのは10時過ぎだったと思う。もう座り疲れて降りたところに丁度山梨組の皆さんが。Aさんの車ですずらんの里へ。現地集合のMさんのバイクを待って出発。

前回のゴール、神戸八幡(ごうどはちまん)の交差点に1142。もう昼やん。今回は距離が短いので何とかなるだろう。登りも少ないし。天気は最高。ってか暑い。

ほどなく御射山神戸の一里塚。日本橋から48個目なんだそうな。標高は917m。ケヤキが立派。樹齢380年以上と推定されるらしい。
この辺りでMさんが車に財布忘れたとのことで戻ると。もう一人のMさんも「ちょっとバイクの様子を見てくる」と死亡フラグを立てながら一緒に戻っていった。どうしましょうかね、どっかで昼食取りながら待ちますかね、とエプソン村を抜けて食べる場所を探す。何かエプソングループの運動会みたいなのやってた。

やたら鹿推しの店。残念ながら休業でした。一品料理出前するそうですよ。他にも独特の味のある看板が。

東京から187km。1224。その先に蕎麦屋の看板を見つけたので脇道に入ってみる。

農協の裏に蕎麦屋。オレンジ色の憎い奴が「肉食いたい」とか言うのをシカトして店内へ。ちなみにオレンジ色の人はFIFA World Cup 南ア大会のオランダ代表を見てオレンジ色を着ることにしたそうです。これ豆な。

勝山という蕎麦屋、手打ちの黒っぽい蕎麦が美味かったですよ。といいつつ、オイラは天丼にミニそばを付けたんだけど。
肉、肉言ってたオレンジャーはカツ丼を頼んでいた。ソースカツ丼かと思ったら、東京や関西で普通のカツ丼でした。山梨的には煮カツの丼らしい。メニューにも煮カツ定食があった。東京ならカツ煮だよな。ここでMさん2人と合流。

13時過ぎに出発。コスモスを見ると無性に写真を撮りたくなる病気です。

マンホールに御柱祭のマーク。ゴールも近い?

本当にこの日は雲が綺麗な日でした。秋はいいな。

なんてボンヤリしてたらスーパーあずさ。

再度空。いやほんとすばらしいのよ。昔、カメラ好きの叔父が「雲の無い青空は面白くない」と言っていたのが、この頃やっと分かるような気がする。昔は抜けるような青空が良いものだと思ってた。

1418 192km。

茅野市街に入り始めたか。男子美容専科。

1459 諏訪まで6km。がんがれ俺たち。

りんご一袋400円らしい。そんなお得感ないのは気のせいかな。一番下の段は「はねだし物」と書いてあって要はキズ物ということらしい。

ついこの間まで桃とブドウの世界だったのにいつしかリンゴの世界に。看板もリンゴと寒天推し。長野って寒天有名なの?寒天って天草だから海のものじゃないの?と思ったら、冬寒くて水が綺麗だとかの条件が整ってるといい寒天が出来るそうで、元は丹波の技術が諏訪に伝わったんだそうな。丹波も山の中だもんねぇ。へぇ。

1526 51個目の一里塚。

諏訪は街を挙げて合コンやるそうですよ。男女100対100。なんだそりゃ、と思ったら今日じゃねぇか。

1626 宮坂醸造前。「真澄」で有名だが去年の7月にショップにダンプが突っ込んで取り壊すことになり、現在再構築中。事務所や蔵は無事。先日の菊姫に負けず劣らず大企業です。

「ブロードバンド予備校」かなり気になる。

1640 52個目の一里塚。この日は一里塚が多く残っていたな。

何かアニメの世界じゃねーかっつー階段。上の方に女子学生が登ってるんですよ。こんなの通学路にあったらもれなく太股がロベカルになってしまいそうだ。


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ずっと「諏訪湖見えないっすかね」と言っていたけどやっと見えるように。左手に見ながら歩く。最後の方の登りは足に来る。

17時を過ぎて陽も陰るかどうかというところ、不思議な雲の広がりを見せて綺麗だなーと思ってたらこの後とんでもないことに。

1726 53番目の一里塚。これが甲州街道最後の一里塚。後十一町(1100m)で下諏訪の宿。終点です。

ということでテンション上げ気味で歩いてたらポツポツとお空からお水が。みんなダッシュ始めるから何もそんな急がんでも、と思ってたら本気の降り方になってきたのでオイラも走る。しんどい。

1735 下社秋宮のトイレに逃げ込む。臭い。

向こうに見えていた町が煙って見えない。所謂一つのゲリラ豪雨ですかね。トイレは臭いので下社の社の廂の下に退避。
iPhone で雨雲レーダー見ると諏訪湖の上だけ綺麗に雨雲が。なんだろな、この境内に逃げ込んで社の下で雨宿りという水戸黄門的時代劇パターンは。
何度か弱まりそうになって遠くが晴れたと思いきや、また強くなったりを繰り返す。

雨が小降りになったところを見計らってとりあえず終点まで行く。1812 中山道との合流点。

なんか最後バタバタになって達成感0。とりあえずおつかれさまでした。江戸まで五十三里十一丁(町だと思うんだけど隣のパネルには丁と書いてあった)だそうです。全部で11日だったけど前半チンタラ行った事考えると本気なら10日か9日で行けたな。


その後、熱すぎる温泉につかり(露天風呂から見える湖畔の街の灯りは綺麗だったけど)、打ち上げ場所を探す。行く前に「ここ良さそうですね」と行っていた店に電話をかけたら「満員です」と。とりあえず駅の方に行けば何かあるでしょ。Aさんが「最悪、駅前に養老乃瀧があったはず」と冗談を言っていたら冗談じゃ無かった。マジで何にもねーの。

ということで打ち上げは養老乃瀧。学生時代に入って以来の養老乃瀧。入ったら5人は座れないから4人席に座れと言われた養老乃瀧。入った席の隣では体育会系の女子大生(? 先輩らしいのは酒飲んでたからな)が飯食ってる養老乃瀧。

生2杯飲んで、暴力中華とは比べものにならないショボイ唐揚げやキムチチャーハンを適当に食ってふと気になって時刻表を調べたら、すずらんの里に帰るには2008の次は2141まで無いことが判明。気づいたのは2012。ま、オイラは下諏訪に泊まるからいいけどね。あと1時間半潰さなきゃということで、もう腹一杯だけど適当に粘ってから駅へ。

ガラッとした駅で「今度会うときは全国大会だな」と熱い抱擁を交わし、山梨組を見送る。

そこから歩いて10分ほどで宿に帰ったんだけど、下社の中にある宿まで帰る途中に人に会わないの。で、急に町内放送がかかったと思ったら「先ほど放送しました行方不明の男性は無事保護されました。ご協力ありがとうございました」みたいな放送。どうも徘徊老人が保護されたらしい。そんな放送流れるのかー。

で、真っ暗な神社の中を抜けて宿に帰ったのでした。22時に就寝して爆睡。

これでお仕舞いなんだけど、2日たっても達成感がないのが問題だな。

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コメント

何で都内の防災無線はやんないんだろな。やらなくていいけど。17時に夕焼け小焼けが流れるだけです。

そういえば養老乃瀧の手前にあった居酒屋「ゆき」は営業してるのを帰りに確認しました。でも1階に出てるのはカフェのメニューという謎。

> また何かやりましょうね
だから次会うときは全国大会だってばさ。

投稿: しげお | 2011年9月13日 (火) 08:09

お疲れさまでした。達成感、ありませんね。困ったものです。
ちなみに行方不明の放送は防災無線ですね。甲府でも頻繁に流れてます。「駅前にイノシシ出たぞ」とか。これはマジで。

また何かやりましょうね。最低でも富士山は登らないと。

投稿: 青木@蔵 | 2011年9月12日 (月) 19:30

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