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2012年4月 4日 (水)

Tatoo

先週辺りかな、小森純がタトゥーが世間的に批判されるのが嫌だと言ったとかで話題になっていたけど、そのちょっと前に入れ墨話をしていた。

話してたのは同年代の女性で入れ墨は入れていないけど、若い頃ならちょっとした拍子でやってたかもねー、別にそんなに悪くないじゃん、みたいな感じ。でも話してる内に、例えば入った店の店員とか、仕事先の担当者とかが入れ墨入れてたらちょっとどうかな、という話にもなって、入れる側と見る側でダブルスタンダードというか、「入れるのは平気だけど、相手がしてるとちょっと引く」みたいな不思議な感覚を持ってるんだと思った。

そもそも批判されるのが嫌なら何も出来ないような。であれば安パイを切り続ければ良いのだ。大多数と同じ事をしていれば安心。敢えて入れ墨を入れることに価値を見いだしたんだから、それをどうこう言われても泰然自若としていればいいのに。
オイラ日常的にサングラスするけど(曇りや雨の日はしないよ)、それは目が弱いからであってファッションではない。でも、人から見ればファッションに見えるかもしれないし、格好付けに見られるかもしれない。そう見られることと眩しいことを両天秤にかけて眩しくない方を選んだまで。仕方ない。

小森純は自分を励ますためとかいうオイラにはちょっと理解出来ない理由で入れ墨入れたそうだが、だとしても周りの人の視線と、自分の激励を比べて激励を取ったんだ、と胸張ってればいいのに、変に擦り寄ろうとするから変な感じになるんだと思う。

外見っていうのは、その人となりを判断する最初の手がかりだよね。「おしゃれな人だな」「服装に気を遣わない人だな」「タバコ吸うんだな」「金髪にするんだな」等々。オイラはあれだよ、入れ墨してる人みたら「想像力の無い人だな」と思うね。もしくは「将来入れ墨がメジャーになるという想像力豊かな人」かな。どちらにせよ自分とは違う人種だ。

前者は入れ墨入れた自分がどう思われるのか、年取ったときどうなのかってことの想像力。タバコ吸う人とかと同じだ。
後者は、自分が高校ぐらいのときはヒゲのサラリーマンとか髪の毛染めた社会人とか一部ファッション業界を除けばカタギには居なかったわけで、世の中変わるかもよってことだ。ポロシャツの裾出すのもだらしなかった時代があるわけだから、どうなるかは分からんよね。

ま、それでも毎日ヒゲ剃って、髪の毛も染めないオイラは入れ墨入れることはないでしょうが。

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