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2012年5月11日 (金)

小江戸 川越

何かで東照宮が3つあるという事を知った。本当はもっと一杯あるけど、所謂「三大」うんちゃら。

駿府で亡くなった徳川家康は遺言により最初久能山に葬られ、そこで祭神として東照宮が作られた。しかし、その翌年に更に日光へ移された。これも関八州の鎮守となるための遺言だったと言われる。
その途中に川越を通過した際に、喜多院の住持が4日をかけて法要を行い、そこに東照宮を作った。これが仙波東照宮。ちなみに「せんばやまにはたぬきがおってさ」という「せんば」はここだとされる。

連休に行ってきました。川越行ってきた、って言うと「行ったこと無いんですよ」「随分遠くじゃないんですか?」なんて聞かれるんだけど、池袋から30分、新宿三丁目から副都心線を利用すると1時間かからないぐらいである。オイラも思ってたより近くて驚いた。

つーことで喜多院。川越のメインストリートからは少し離れる。晴天の下川越駅から15分か20分ぐらい歩いたかしら。

寺は天台宗でさほど大きくない。護摩祈祷の受付が賑わってたな。お年寄り多め。デッカイNikon下げた白人がいたり、外国人も結構多い。

中々緑が多くてよろしい。ちなみに周囲は戸建ての住宅地だ。

お目当ての東照宮。思っていたよりずっと小さく、外から眺めることしか出来ないが、色使いは東照宮チックでした。少し高いところにある。
以上。ちなみになんで喜多院の住持がわざわざ法要して東照宮作ったかっていうと、これが長寿で有名な天海という坊主だったから。家康を権現にしたのも天海であり、幕政で大きな力を振るったが、出自は不明という謎の人物。自分の墓は東照宮の裏鬼門に配するように命じたとかなんとか。一説には実は明智光秀が生きていて云々なんて話もあったり。ま、なんせ前からぱぱっと見て退散。

その後、裏手の天麩羅屋が気になったんで入ってみたら味といいボリュームといい大満足で大当たりでした。

で、メインストリートへ。すんごい人。重厚な蔵造りが並んでいるのがウリらしく、確かに黒くズッシリとして見応えはありましたが人が多い。名産はサツマイモと刃物なのかな。他は知らぬ。でも、普段冷やかしにくい刃物やさんで色んな包丁とか鑿とか鋏とか他の人達に紛れて見ることが出来たのは良かったな。

メインストリートを少し入るとお寺がポツポツとあります。

躑躅がキレイな季節ですね。何か、ブッダが苦行してガリガリの時の仏像が飾ってあったのが後ろにボケてます。

その後川越城の本丸だけ残されているというので行ってみたんだけど

あんまり大した感じじゃなくて拝観料100円っていうので面倒くさくて終了。
実は川越は元々河越氏の所領で河越氏は鎌倉幕府の中核で活躍してたんだけど、室町時代になって上杉氏に滅ぼされてしまう。その後は関東の要衝となり、上杉支配下の太田道灌が川越城を作り、支城として江戸城を作った。後は北条氏にやられ、秀吉にやられ、家康の時代には酒井・堀田などの親藩や譜代大名が配されることになったという。
でも川越城は老朽化で明治に入って廃城。この本丸だけ残ってるんだそうな。

帰りに喜多院の脇の中院ってとこに寄ったらお庭がキレイで人が居なくて静かで涼しくてよかったです。でも何故かファインダーに納めるとキレイさが伝わらない。オイラの腕の問題だな。

川越、概してそんな感動するような場所でもないけど、都心から1時間ちょっとで行ける場所としてはいいのかもしれませんね。でも鎌倉の方がいいかな。


狐か猫か分からん焼き物が窯の前に並んでた

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