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2012年6月27日 (水)

富士山 0〜5合目

浅間神社で教えて貰った通り拝殿右の奥手の鳥居へ行くと「冨士北口登山本道」と。ここが0合目。0839スタートです。

で、神社の方の言う通り、すぐに車道に入るんだけど、程なく見落としそうなところに「遊歩道」の看板が。どうやら、道路の脇を併走するように遊歩道が整備されたんだそうで。


これは暫く行ったところの写真

両側にアカマツの林が広がり、朝というのに蜩が大量に鳴く。神戸の実家も早朝に蜩が五月蠅いぐらいに鳴いていたのを思い出した。他に歩く人は誰も居ない。

と、良いことばかりでも無く、先日の台風の影響なのか道の真ん中の土砂が流れ去っていて大きめの石がゴロゴロしていて非常に歩きにくい。両側のアカマツの落ち葉を踏みつつ歩くのだけど、右へ左へ道を移しつつ歩かなければならなくてテンポがつかめなかった。

思いっきり木が倒れてたりね。

富士吉田は涼しいと思っていたのだけど、半袖でも汗だく。汗を拭いては虫除けスプレーをかけ直す。

中の茶屋に0959。まだ1時間半歩くのか(馬返まで)。
ここからはゴロゴロの遊歩道を捨ててコンクリで舗装された道路を歩く。トレイルランって流行ってるんですかね?小さなリュックを背負った人が結構な頻度で走って追い抜いていく。

ここからはひたすら地味。何も無く基本的に真っ直ぐな道をどんどん上っていく。暑い、気が急く、脚しんどい。

1105 馬返バス停。富士山駅だか河口湖駅からここまでバスがあるし、駐車場もあるので、ここから登る人がほとんどだ。折しも夫婦連れが着慣れない感じのウェアで完全武装して登っていくところだった。いや、それは頂上アタックの服装で、5合目まで行く格好じゃねーだろ、と思うも仲よさそうでいいね。

馬返の鳥居。その名の通り、ここから先は急なために馬が上がれず、ここで返したんだとか。
鳥居は311の地震とその後続いた静岡の地震等でクラックが入ったりしていて修繕していたようだが、もう直っていた。
くぐってすぐの禊所を過ぎて登っていくのだけど

道が地割れだらけ。これがまた体力を奪う。結局こういう道は4合目ぐらいまで何カ所も現れた。

ほどなく一合目。1125。標高1520mだそうです。スタートから3時間弱でやっと0〜1合。

今回は五合目から新宿行きのバスで帰ろうと思っているのだけど、1日2便、13時と15時のみなのである。15時を予約してるけど、オイラの脚なら13時に乗れちゃうかなーなんて思ってたんだけど、この時点でそんな甘いものではない、というか15時に間に合うのかも分からなくなってきた。

正直一番辛かったのは、一合目から二合目の間だった。精神的なもの、気温、湿度、空腹等。
休憩していると馬返から登ってきたであろうフレッシュな登山者に追い抜かれる。オイラは汗だくで大きく息をして挨拶して見送る。「私は0合目から登ってきました」という言い訳がましい札でも首から掛けておきたい気分だ。

程なく左手にボロ家が。ここまで廃屋は幾つもあったので別に珍しくもないが、幣が見えたので気になって調べると小室浅間神社なのかな。本宮が二合目にあって、本殿は里宮に移されたってあるけど、それにしてもボロ過ぎないか?何か別の物を見てるのか。

ちなみに、昔は河口湖畔からここ辺りまでが御室浅間神社の敷地だったようで、本宮の周りだけが河口湖町の飛び地なんだそうだ。

で、道沿いに裏に回ってみたらあっけなく二合目。1207 標高1700mだそうです。

少し登ったところで握り飯をしたため、又登る。後2時間で五合目まで行けるのか。既にヨレヨレなんですけど、と思ってると、ひっきりなしにトレイルランの人達がキンキン、カラコロ熊よけの鈴を鳴らしながら走り抜けていく。怖くないのかなぁ。目の前でスリップした人もいたけど。

更に登ると林道に交差するようになっていて、オッチャン二人が着替えていたので、挨拶をして「ここは三合目ではないんですか?」と聞くと、「まだまだですよ」と。「五合目まで行かれたんですか?」と聞いたら「そう。五合目に居たら寒くなって着込んだんだけど、またこの辺まで降りてきたら暑くなってね」とのこと。

えんやこら、と登ると三軒茶屋に到着。1246 思ったより早い。ここが三合目。標高撮り忘れた。

少し空がグレーになってきて嫌な感じ。雨予報では無かったけどな。山の天気だしな。一応、リュックに簡単なレインコートは入れてきているけど。
と思っていたら「ド、ドーン」と雷鳴。やべ、っと思ったけど、暫くしてまた同じタイミングで「ド、ドーン」。計3発なって終わった。後で知ったんだけど不発弾処理だったみたい。
不発弾:北富士演習場の造林地に3発 防衛省「業者、安全確認せず」 /山梨

後、気温がぐっと下がって汗をかかなくなった。少しペースが上がる。

暫く行くと説明書き。ここに大黒天を祀った茶屋(山小屋)があったそうな。四合目と書いてあるが説明の最後には「江戸時代には三合五勺と言われていました」とある。どっちやねん??13:15 これならバスに間に合うか。

こっからが辛かった。腹筋が痙攣するような感じの腹式呼吸。立ち止まると脚が震える感じがする。でも心が折れるには遅すぎる。こっから馬返に戻るぐらいなら登り切らなきゃ。

そんな中、何だか庭園みたいで綺麗だったので撮ってみました。これ道の途中なんですよ。奥に向かって歩いて行きます。

登り切ったところに標識。四合五勺で、ここが嘗ての女人の侵入限界だったらしい。その後戦国時代には二合目まで下げられたとある。御座石ってのは磐座(いわくら)の事のようだ。で、問題はまたしても説明文の最後。
「この場所は、四合目と言われた時代もありましたが、現在では五合目となっています」って書いておきながらタイトルは四合五勺。だから俺様は今どこにいるのかと。

隣には五合目と書かれた小屋が。あーもーわかんなーい。1330

で、暫く登ると

「五合目 中宮」もうね、どれが五合目なの?
ここが富士山を草山・木山・焼山に分けたときの木山と焼山の境なんだと。1354。

風も無いのに霧が出てきました。幻想的ではあるが寒くはない。

で、この先の林道とぶつかったところで、車で来た甲州街道仲間(?)のAさんと合流。何とか15時のバスに間に合いそうな気がするので、iPhone からバスの決済をする。そうそう、麓からちょくちょく繋いでみたけど Softbank は基本的にポイントポイントではずっと繋がってた。ただ、画像をアップしようとしたりするとタイムアウトするので帯域は狭そう。仕事用 au も持って行ったけど大差ない感じだったかなぁ。

で、Aさんと一緒にバス停を目指すんだけど、1時間しか歩いてないAさん速いのなんのって。

通行止めになってるけど、これはスバルラインとの車の出入りが通行止めで人は通って良いみたい。

暫く行くと、バカ騒ぎのような歓声が聞こえてきて、見たら外国人観光客が登り口のところまで来て騒いでた。こっちはクソ疲れてるっつーのによー。

駐車場まで0.9kmで30分と書かれていてビックリしたけど、実際はほぼフラットか緩い登り下りなので10分強で辿り着きました。駐車場と言うか土産屋の建物前に1440着だから丁度6時間かかったことになるのか。フガフガ。

で、何に驚くって馬がいるのね。馬返より上なのに馬がいていいのかと。観光客向けで、記念撮影300円から14000円払うと七合目まで乗せていってくれるサービスまで色々あるらしいんだけど、誰も頼む人が居なくて馬が暇そうでした。ってかどの馬も鬱っぽいの。特にこの写真の奴なんて石垣の方向いてビクともしないし。

ここに mont-bell って、ここで旅装整えるのかよ。

一応、2305mまで登りましたよ、と。大菩薩嶺が2057mってことだから生涯で一番高いところに来たかしら。あ、あの高山病になったクレーターレイクが7000〜8000Ft. って言うからあっちの方が高いのかもな。

まぁでも何か凄い観光客で異人さん、特に中国人も多くて、こんなとこに車で来て何が嬉しいんかいな、と思いつつ発泡酒を300円で買う。
何だかヨレヨレなのが惨めだ。そうこうしている内に時間が無くなり、Aさんとお別れ。

バスを予約していないらしい外国人が大量に並んでいたけど、チケットを見せて乗る。あの人達全員乗れたのかなぁ。ってか外国に来て予約制のバスに予約無しって結構な根性だと思う。オイラなら絶対調べて予約していくけど。

帰りは上野原辺りと調布辺りで渋滞にはまったものの、3時間半ほどで新宿について、貪るように肉食って帰って寝ました。
結局、リュックに詰めていった長袖インナー、フリース、マフラー、手袋、ソフトシェル等は一切使わず。水も1.5リットル持って行って1リットルだけ飲みました。分かったことは本番には雨具やもう少し水が必要だから今のリュックよりサイズが必要だな、ってことかな。

今までで一番つらかったかもなぁ。でも達成感あったなぁ。

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