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2013年1月 9日 (水)

嵐山

松尾から桂経由で京都に戻って新幹線に乗るのもつまらない。河原町まで行って正月の祇園さんの賑わいでも見るかとか色々考えたがいつも行く店が開いているかどうかも分からないしな。
やっぱ神社仏閣か、ということでピックアップしたのが天龍寺と化野念仏寺。

というわけで嵐山方面へ向かう。

10分ぐらい歩いて渡月橋。冬で寒々しい桂川(大堰川)は絶景とは言えない感じである。

駅前は賑々しい。この京福の嵐山駅のほぼ向かいにどーんとあるのが天龍寺。松尾から徒歩30分弱ぐらいか。

足利尊氏が夢想国師に作らせた京都五山の第一。臨済宗天龍寺派大本山。かつての敷地はめっちゃでかかったらしいけど何度も火災に遭い、最後に燃えたのは長州が攻めてきた蛤御門の際だという。

参道の左右には幾つも堂宇が立ち並ぶが割愛。ただ、天龍寺は12月から工事に入ったところで来年の3月まで諸堂の拝観は出来ないらしい。ので庭園のみ見る。

この庭園のみが創建当時の面影を残すそうな。

中々に綺麗で大きなお庭でした。チラチラと降る雪も雰囲気がある。桜も多くて花見の頃はさぞかし綺麗だろうと思う一方で、人多そうだなぁ、なんて思う。桜と紅葉の頃の京都は殺人的だからなぁ。

裏から出ると北側の竹林に出ることが出来るのだけど、思うところあって元来た道から化野へ向かう。

真にこの辺り竹が多い。通り過ぎた人力車の兄ちゃんが話すのを聞くと竹の根というのは中々に強くてコンクリートも突き破るんだそうで。この辺りもアスファルトが盛り上がっているのは竹の根のようだ。

落柿舎。そんなに柿の木があるようには見えないけどスルー。芭蕉の弟子向井去来の別荘ね。

隣は内親王の墓とかで宮内庁管轄らしい。これは当然入れない。

小倉山二尊院。ここも中々の寺のようだがスルー。ホント京都は当てもなく歩くと時間と金が幾ら有っても足りない気がする。ちなみに百人一首に読まれている小倉山はこの小倉山で紅葉の名所。又の名前を亀山と呼び、亀山天皇の名前もこの山に因む。

天龍寺を出て30分ぐらいか。ずんずん歩く間に「新田義貞首塚」という看板を見て気になる。これは寄り道。

祇王寺という寺の少し先にある瀧口寺。少し雪が強くなった。祇王寺に入る人は多いが、ここに来る人は皆無だ。すぐそばなのに。入口の受付にはおっちゃんが一人。拝観料を払って入る。

入ってすぐのところに義貞公の首塚。傾いてる。

新田義貞は北陸で討ち取られた後、首だけが京都に送られたというのでそれかな。左右の灯籠にも新田一族の名前などが入っていたので、足利に一族根絶やしにされたという親類なのか。左隣には勾当内侍の墓と書かれていたが、実在の怪しい人物らしいからなぁ。この首塚も怪しいのかなぁ。
ま、鎌倉で足利尊氏の墓にも行ったからこれでセットだな(何が?)。

で、写真撮ってると入口の受付から話し声が。オッチャン一人だったはずなのにラジオかな?と少し伺うと、椅子に座ったオッチャンの横にはまり込むように床に座り込んだオッチャンがもう一人いた。「えーからわしの話を聞けや」など妙に威勢の良い話しぶりでなんかコントみたいだ。

当然、上の本堂にも誰も居ない。少し荒れている感じもあると思ったら

なんだか悲しくなる看板。「今年」ってのもいつのことか分からないし…

ついでなので、手前にあった祇王寺にも入ってみる。平清盛の寵愛を受けた白拍子の名をとった尼寺で苔庭が有名とか。

なるほど綺麗なものです。大覚寺との共通チケットを売ったりして商売上手なのかしらねぇ、と先の瀧口寺と比べて考える。

少し歩いてやっとのことで化野念仏寺。

なんといっても西院の河原っつう異様な光景が有名。これ、化野界隈の無縁仏を掘り出して集めてあるそうで、正直気持ち悪いものである。元々京都の葬儀場として化野は有名だったそうで。賽の河原になんでこの字を当てたのかは謎。

後は奥の六面地蔵に続く竹林が綺麗だったなぁ。

さて、帰るか、と思った途端にまた雪がサーッと降り始めた。空は明るく、傾き始めた日の中で西院の河原に降る雪は何だか不思議な光景でした。

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