2015年4月28日 (火)

連休前倒し

正直、仕事がたて込んでおりましてね。

ゴールデンウィークは色々と混雑するだろうし、ということで思いつきで宿と電車を押さえて特急踊り子に乗り込みました。これが凄い、国鉄185系。国鉄最後の特急車両ということですよ。モハってこともあって、車内も五月蠅い。新幹線の連結部みたいに騒々しいんだけど、昔はこんなだったんだなぁ。

懐かしい窓の開閉部分。連結部分のゴミ箱には「煙草の吸い殻は入れないで下さい」と。

で、伊東の方でダラダラして湯に浸かりまくってふやけてたので大して書くこともないのですが、近くにシャボテン公園というのがあるというので、暇つぶしに行ってみようかと思いかけて入場料見てびっくり。2300円だそうです。いやー、ポンドも高くなったなぁとかそういう感じですよ。色々見ても、サボテンよりも動物園的な感じらしいし。

でも暇なのでバスに乗って入り口まで行ってみたら、凄い閑古鳥感でした。入り口に近づいただけで中からオネーサンが出てきて「シャボテン公園ですか?」と聞かれるシステム。土産屋を冷やかしに来た体で誤魔化して帰ろうと思うんですが、土産屋も誰もいないし…とりあえずカピバラとハシビロコウを押してることは分かった。
ちなみにサボテンは「サボン(石けん)のようなもの」ということで「サボン」「体(てい)」でサボテンだそうで、そういう成り立ちなのでシャボン由来のシャボテンも正しい呼び名なんだそうな。樹液(?)で汚れをこすると落ちるとかなんとか。

あ、一応書いておくと上野動物園の入園料は大人600円な。2400円で年間パスポートが買えます。

ということで、シャボテン公園の向かいのこれが気になるので登る。徒歩で登るのは禁止らしく、それ以前にこの芝生の斜面を徒歩で登るのかなり厳しそうだけど、リフトがあるのでそれで登ります。往復で500円。こちらは納得のプライス。

大室山というこの山、標高は600m足らずなんだけど、伊豆半島の地形に大きな影響を及ぼした火山だそうです。今じゃ、火口含めて全身草に覆われて、何故か火口の中はアーチェリー場になってますが。雰囲気としてはガキの頃親によく連れて行ってもらった甲山をデッカくした感じ。

写真じゃ全然伝わらないだろうけど、リフト登ると火口の縁なので、下を見ると結構怖い。死の危険は感じないけど転がり出したら絶対止まらないだろうな、という感じ。

で、アーチェリー以外にやることが無い(し、やる気も無い)ので、とりあえず20分ぐらいかけて火口を一周します。天気が良いと富士山とかスカイツリーも見えるそうなんだけど、うっすらと伊豆大島が見えたのが限界だった。あと、単独峰なので風が強い強い。

1周してリフトで降りて、やっぱやること無いのでバスに乗って移動。伊東駅に戻って帰ろうかと思ったのだけど、一碧湖というところで途中下車。

凄く人気が無くて、釣り船がずらっと並んでて、ホゲーっとするには良いところでした。バスが1時間に1台しかこないので、降りるともれなく1時間はホゲーっとする羽目になるね。ちなみに湖の周りを1周すると20分か30分ぐらいだと思う。
ボート乗り場のオッチャンに聞いたらヘラブナとブラックバスが釣れるそうです。

湖畔でカモが3羽昼寝中。そーっと近づいたけど動かないし、iPhone のシャッター音でも動かないし、熟睡中かと思ってたら、遠くから犬の散歩してるオッサンが来たらスッと首を伸ばして水の方へ逃げていきました。人間も舐められたものです。

ということで、バスで伊東駅へ。後から来たのに平然と順番を抜かしてバスに乗る60ぐらいの老害にイラっとしつつ30分ほど揺られて到着。

帰りは行きと違って251系ですが、これでも四半世紀たってるのだな。

先頭車両の1階はガキお子様用の遊戯スペースらしく、ドラえもんグッズで溢れてた。

後ろの席のOL4人組が、死人のように顔に布掛けたり、歯をむき出しにしたりしながら爆睡してるのを眺めつつ1時間半ほどで帰って来ました。初めての場所に思いつきで行ったけど案外良かったかも。

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2015年3月24日 (火)

TKG/SCK/HKS/DTY

前日体調悪化の一途だったのが、寝て起きたらスッキリしていた。予定通り新宿9時発のあずさで甲府へ。今回は3人旅で、あずさは2+2列配置なので、オイラが一人後ろの席に座った。隣は小学生ぐらいの子供で、3DS(かな?)で妖怪ウォッチのゲームをやっていたのだけど、通路挟んで座っている母親が「そのペンでカチカチするのが五月蠅いからやめなさい」と繰り返し注意するのが五月蠅かった。

乗って程なくして前の席からSさんが缶ビール3つを差し出して「どれにします?」と。え、朝9時から酒ですか、てか朝クスリ飲んで来たんですけど、とか思ったんだけど説明するのも面倒なのでとりあえず一番小さな缶を受け取って飲んだ。これが良かったのか悪かったのか分からないが、この日1日なんとも無く過ごせたのに、翌日からだが怠くて倒れる事になる。

甲府駅に着いて北側に出てAさん達と待ち合わせ。広場で謎の祭りをやっているのだけど、看板などもなく何の祭りか全く分からない。取りあえず北杜市方面へ向かう。

道が混んでいたので、1時間半ちょっとかかって白州町に。何も無いところに急に店があり、向かいの駐車場に数台車が止まっている。店に入ろうとすると、ロードバイクが8台ばかり止めてあった。あらま、混んでるかなと思ったら店内は案外広くて余裕。奥にキャノンデールやパールイズミのウェアを着たニーチャン達が居た。

卵かけご飯は味噌汁セットと鶏汁セット、あと、卵かけご飯専門店と言う割にカレーがあって、美味そうだったのだけど、やっぱTKGでしょう、と。麹や味噌を売りにしてるみたいなので、オイラは味噌汁セットにしたのだけど、オイラ以外の4人は全員鶏汁セットで何だか裏切られた気がした。

卵は小ぶりだが黄身の皮を破っても中身がすぐに出てこないネットリした感じのもの。まぁ普通に美味かったです。ちなみに色は結構薄めの黄色。以前、卵屋のシステム案件で入ったときに「あれは飼料でどうにでもなるんです。普通は薄い黄色ですが日本人はオレンジ色が好きなんでそっちに寄せてますね」といわれたのだけど、そうだとすれば今回の卵は「普通」の色だったのだろう。

卵かけご飯 おっぽに亭こっこ

食べ終わって店を12時半ぐらいに出る。10分か15分ぐらいで七賢へ。酒蔵開放をやっているので。賑わってるな、と思ったのは金精軒の前で八ヶ岳のパンとか売ってたのに群がってるだけで、蔵自体はさほど混んでなかった。2週間ぶっ通しの2週目だからか。

勝手知ったる蔵の中を裏手へ向かい、酒蔵見学の申込をしたら「次は14:30です」と。どうも30分に1回ツアーをやっているようなのだけど、12:30、13:00、13:30、14:00 と売り切れなんだな。昔はそんなことなかったんだけど結構少人数でちゃんとやるようにしたのかなぁ。とりあえず予約して札をもらって試飲の方へ。

試飲コーナーも数年前とは少し縮小された感じがあったけど、従来の七賢と先日試飲会で飲んだ新しい七賢が並んでいた。これがまぁ全然違うのでマーケティング的には早く新しい方に収束させた方が良いんだろうなぁと思う(新しい方を目指してるのなら)。オイラは体調の不安もあって余り飲まずに終了。正直、自分の中での盛り上がり感もイマイチだったのだけど、七賢来すぎかな。

一通り飲んで終わってもまだ40分ぐらいあるので、どうしますか?と。もう蔵見学いいよね、ということで札を返して退却することに。

あちこちで梅が綺麗にさいておりました。

どうしましょうかねぇ、ということで折角なので歩いても行ける距離の白州へ。ツアーは予約で満員ということだし、そもそも時間のかかるツアーに行く気はないのでショップへ。

ショップ併設の試飲コーナーで有料試飲をする。オイラはまぁ一人2種類ぐらいかな、と思ってたんだけど、同行のHさんとSさんが「白州全種類でも700円ですよ」とかいうノリで2人で8種類ぐらい持ってきたんだじゃないかな。例によってオイラは控えめにしておきました。

オイラは山崎のシングルカスク1986と1995を。普通に美味かった。

行きつけのバーに良くサントリーの人来るから、何か土産でも買っていこうかと思ったんだけど、「蒸溜所オリジナル」と銘打ったチョコはモロゾフ、スモークチーズは六甲バターだったりで、なんで神戸のもの買っていかなあかんねん、ということで手ぶらで退散。

この後は一路、甲府へ。Sさんが行きたいと言っていた「どてやき」屋を目指す。Hさんが予約をしようとしたら、土日は混むから予約取ってない、予約してもらってもどて焼きが品切れになるかもしれないから、といわれたとのこと。

そのHさんは後ろのシートで爆睡してしまったので、代わって甲府市に入ったぐらいで電話をする。
「はい、どてやきです」と電話に出る。後20分ぐらいで着くと思うのだけど5人入れますか?と聞くと「うちは予約とってないんだけど、後20分なら席とっておきますよ」とのこと。名前も何も聞かれなかった。

店に入ると何とも言えない雰囲気。何故かおたふくの面が壁にずらりとかけられていて、半円形のカウンターの内側に大鍋があって串が何本も刺さっている。大将が一人。カウンターの向かいにはテーブルが3つほど、奥に小上がりがある。先ほどお電話した、と言うと「どうぞ奥へ」と小上がりへ誘導された。

座ると飲み物を聞かれるので、瓶ビールと運転手のAさん用のウーロン茶を。お通しのヌタが出たと思ったら、一人一皿3串のどて焼きが配布された。座ると有無を言わせずどて焼きがついてくるらしい。3串で240円。よく煮込まれていて美味い。関西のイメージなんだけどな。

ちなみに座ってすぐに「どて卵(200円)」を人数分頼むとどて焼きの皿に卵を載せてくるらしい。

その他、焼きそばからそばを抜いたような味付けの「キャベツ炒め」、逆に「焼きそば」と銘打っていながら、どちらかというとゆで麺で煮込みの汁がたっぷりかかった「焼きそば」などあったけど、どれも美味かった。
メニューは少なく、結構なスピードでサーブされるので、1時間も居れば十分といったところである。

店を出て、時間つぶしにオリンピック通りというところへ。

なんというかクーロンズゲート感があって、寂れたのんべい横丁みたいなとこだったんだけど、Aさん曰く「昼の方が暗い」らしい。
この後甲府駅まで送って頂いたら、まだ朝の祭り(?)をやってました。バンドというより軽音部みたいなのが流れてて。ちょうどタイミング良く取れたあずさに乗って爆睡するSさんとHさんを眺めながら帰りました。なんか眠くなかったんだよな。

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2015年3月 9日 (月)

そりあそび

「岩原は久しぶりなんですよ」

小さなバンを運転するホテルの社員に後ろから話しかける。駅まで迎えに来てくれた二十歳そこそこの眼鏡の好青年だ。少し考えて、就職してすぐ位に来たのが最後だと思い出す。「もう15年か20年近く前ですけど、急にチケットが値上がりしたことがあって。それから来なくなって」
20年ぶりに来る場所があるなんて、自分でも歳を取ったのにビックリする。
「20年前だと分からないですけど、ゲレンデも縮小したみたいで。ゴンドラも今は無いんですよ」との答え。

窓の両側を見ながら「随分雪が少ないですね」と話すと「今年は記録的に多く降ったんですけど、気温が高くてどんどん無くなるんです。別に晴れの日が多い訳ではないんですけどねぇ」と申し訳なさそうに話す。まぁ、3月入ってからのスキーだし、足元は気にせず春スキーと決めて楽しもう。

岩原は色々と楽しい思い出がある。学生時代、オイラがスキーを再開するキッカケになった先輩諸氏が湯沢を連れ回ってくれた中の一つ。フランス人の留学生とかと雪合戦やなんやして、ガンガン滑るというよりも遊びに行くという感じのゲレンデだった。

宿で着替えて外に出ると成る程暑い。チケット売り場に着いた頃には頭から汗をかいていた。ついたのが昼前だったので1本上がって早々に食事にする。岩原の良いのは良いワインと本格的なピザが食えるところ。

つーことで、ガッツリとピザと赤ワインを頂いてからゲレンデへ。

足元はシャーベット状ですがね、いいんですよ。胸元はだけながら大回りして滑るのもね。
金曜に休みを取って行ったもので、ゲレンデはガラ空き。往時を思い出すと少し寂しい気もするけど、滑る分には良いことです。

初日はのんびりと感覚を確かめながら4時間ほど滑って終了。早々に温泉に入って飯食って爆睡。

2日目は土曜と言うこともあって、朝食をとりながら窓の外を眺めているとドンドン麓から人間が供給されていく。流石に少し混みそうだな、と思って外に出たらやっぱり暑い。11時過ぎに早めにピザ屋へ。ほぼ満員だったけどギリギリで端っこに入れた。スプマンテとピザ。トイレでアンダーウェアを脱ぐ。スキーに来てるのかピザ食いに来てるのか分からないけどご満悦。

この日は初心者ボーダーが多かったけど、衝突事故は無く。昼過ぎまで滑って、2時半頃に気になっていたソリゾーンへ行ってみる。無料でソリを貸してくれるらしいので、友人とやってみるかとノリで行ってみた。
板を外してソリを借り、リフトに乗る。

ソリ持ってリフトに乗るのは初めてだったのだけど、降りるのメッチャ怖いな。スキーブーツは特に。
35年ぶりぐらいのソリは怖かった。自分の体重が上がってるんだろうけど。ただ、スキーと一緒で右に体重掛けると左に曲がるのな。その辺り掴んだ気がしたんだけど、流石にもう1回リフトに乗る気はしなかったので、大人しく宿に帰って温泉入って荷造り。宿の人に礼を言って駅まで送って頂く。

最後も学生時代から行っている居酒屋で緑川など飲んで終了。温泉と飯とスキーと、1/3ずつぐらいの旅行でした。

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2015年2月10日 (火)

西宮郷

「灘の生一本」という言葉から、神戸の灘区、東灘区が連想されるが、かつては西宮の今津から神戸の中央区辺りまでの広いエリアで酒造りが行われていたそうな。今では今津から神戸市灘区の新在家辺りまでを灘五郷と呼ぶようだ。

曇り空の週末、阪神西宮駅を降りて南下する。しばらく行くと白鷹。

前回、御影郷の白鶴に行ったときもそうだけど、灘の酒造会社はデカい。酒蔵とは呼べない規模である。
さらにしばらく歩くと駅から20分ほどで大澤本家に到着。

正直「寳娘(たからむすめ)」というのは知らない銘柄でした。親に聞いても知らないと言っていたのだけど、この日が蔵開きだというので訪れた次第。
13時から蔵開きで、到着したのが13:30ぐらいだったのだけど、長蛇の列が出来ていて怯む。どうやら蔵見学の列らしいので後ろについてユルユルと進む。

ここは多分、灘にしては小さな蔵なんだろうけど、それでもタンクの数は立派ですね。蔵は随分古いのだけど、阪神淡路大震災で奇跡的にほぼ無傷だったんだそうな。

結局、案内の人がいるわけでもなく、ただ歩いてぐるっと回って出てくるだけでした。階段を降りたところでプラカップを2つもらって、にごりと原酒を注いで貰うんだけど、スペックも良く分からなかった。どっかに書いてあったのかな。酒粕などの物販コーナーは人がいっぱいでよく見えないし、そのまま出てきました。

蔵の人と全然話できなかったので、何か残念でしたが、地元向けのちょっとした祭りみたいなイベントだと考えればこんなものでいいのかもしれませぬ。酒は、まぁまぁでしょうか。原酒なのでアルコールの強さを感じて一気に酔った気分。

隣には徳若という、これまた知らない銘柄の蔵があるのだけど万代大澤酒造という会社名なので、隣の寳娘と縁があるのでしょう。ここは21日に試飲会をやるそうだけど、この日は隣のイベントに便乗して物販をしてました。結構並ぶのね。

思ったよりあっけなく蔵見学が終わってしまったので北上。

立派な煉瓦造りの建物に「日本盛」のロゴがはまってます。

裏手は工場でこれまたデカい。

煉瓦造りの中はちょっとした資料館とショップ・レストランになっているのでショップに行くと有料試飲。1杯400円ぐらいで結構するな、と思いつつ純米大吟だかを貰う。値段だけあって、60ml注いでくれるので、つまみ無しだと結構な量だ。
「ここは獺祭特約店です」というのを、あちこちで推しているので、レジの年配の女性に「なんで獺祭推しなんですか?」と聞いたら「桜井さんが昔、ここで修行されてたんですよ」とのこと。とはいえ、オイラの生まれた昭和48年から3年間の在籍らしいが、そのご縁で日本盛のショップで獺祭を扱ってるんだそうな。

守口大根の粕漬け(奈良漬け)が気になったので、それを親への土産に買って出る。西宮に戻るのもつまらないので今津まで歩こうと東へ。西宮郷から今津郷へ入る。

川を2本ほど渡ると大関ゾーン。灘の中でもメチャクチャデカいですよ。

しばらくショップを探してウロウロしたんですが、工場と物流倉庫の中を彷徨う感じ。

「交通安全」の両脇には大関のロゴがついてるんですね。

結局、グルッと回って「甘辛の関寿庵」というのがショップでした。入るとやはり試飲コーナーが。1杯100円と良心的なのだけど、日本酒が2種類に焼酎が3種類。大関で焼酎?と聞くと、昭和30年代、まだ焼酎などまったく下火でむしろ日本酒が強かった時代に鹿児島の焼酎蔵を買収したらしい。今でも蔵は鹿児島にあって、役員等は出向で行くらしい。「単身赴任で飛ばされるんですよ」と笑っていたが本当か嘘かは分からない。大関と言えば清酒で売ってるので、焼酎には大関の名前は出さないそうな。

とりあえず大吟を頼んだら、カウンターの向こう側にいる老夫婦のオッチャンが、呂律の回らない調子で「それわたしものんどるんですわ、うx@えあ・・・」と話しかけてきたけど面倒そうなので無視。注いでもらって、まぁこんなもんかなと味見したところで、オッチャンが急にオイラに向かって「全身乗っても阪神電車!」といって爆笑し始めたので関西の底力をみた気がした。ああはなりたくない。

特筆すべき酒質でもないのだけど、聞いて面白かったのは酒粕の話。大関ぐらいになると100%ヤブタなので板粕しかでないのだけど、それも等級が5つあるのだそうで。それを、北海道に送って鮭の粕漬け、地元で奈良漬、静岡に送って山葵漬け、酒粕として販売に分けてるんだとか。

結構フラフラになってペットボトルの茶を飲み干し、今津から阪神電車で三宮へ寄って帰りました。
3月まで大小色んなイベントをやってるようですよ。
蔵開2015 西宮の酒蔵無料開放デー

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2015年1月 5日 (月)

フライング初詣 2015 〜遊行寺〜

とりあえず近場の総本山を検索。

大晦日の昼前に家を出て東海道線に揺られて藤沢へ。藤沢で降りるのは学生時代の友人宅に行って以来なので20年近くぶりになるだろうか。
確か友人宅は駅の南側だったと記憶しているのだけど、今回は北側へ。地方都市にありがちな2階の改札から出るとだだっ広い歩道状の広場があってどこから降りたら良いのか分からないパターン。

歩いて行くとどうやら藤沢宿として押し出そうとしてるのかどうか微妙な雰囲気が。東海道で江戸から6番目の宿場町だったそうであるが、江戸時代より前から清浄光寺(しょうじょうこうじ)の門前町として栄えていたそうな。
駅から15分ほども歩いたところに件の清浄光寺がある。時宗総本山とのこと。

緩い傾斜になっている参道を歩いて登っていくと本殿が。飾り付けはされているけど、これまで行ったフライング初詣の中では一番質素かなぁ。準備をしてるテキ屋も片手で足る数に見えた。賽銭箱も小さくて心配になってしまったけど、この後増強されるのだろうか。

奥に宇賀神が祀られていたり、伽藍の形はそんなに悪くないと思ったのだけど、何だか寂しい感じでした。
ちなみに、時宗のトップを遊行上人ということから、遊行寺という通称で呼ばれるそうな。とはいえ、一遍上人と直接関係のある土地では無く、4代目の遊行上人が政争から時の大本山に入れて貰えず、やむなくこの地に開いた寺だということ。その後、元の大本山は凋落してこちらが総本山になったようだ。

そういえば、別府に行ったときも一遍上人の像があったのだけど、時代を考えると凄いことですなぁ。

最後に気になったのは積まれた男山の樽。寄附のようだけど、山口は永山本家の酒を何故わざわざ。天青とかいずみ橋じゃないのは、男山が好きなのかな。

何か帰りに用事は無いかと考えたのだけど特に無く。藤沢で他に見るものも無く。中華街を散歩して帰って来ました。

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2014年11月18日 (火)

松山

道後というと、今は市電の終着駅、道後温泉やその1つ前の道後公園辺りを指すのだけど、もとは伊予国を2つに割って東側を道前、西側を道後と称したらしい。越後、備後、筑後に近い感覚の地名。そのうち、戦国時代には河野氏の居城があり、温泉の出る道後温泉辺りのことを「道後」と称するようになったようだ。

オイラの泊まった宿は敷地が狭くて大浴場が無いということで、宿が道後温泉本館の神の湯という一番安いチケットをくれた。410円相当なので通常の銭湯と同じだ。他には煎餅やお茶が付いたり皇室専用の湯殿見学が出来るチケットがあるそうだが、そちらはパス。

平日夕方に行ったら地元のオッサンというか爺ちゃん寄りな人がほとんどで、ちらほらと若めの観光客がいた。おそらく観光客は休憩付きのハイグレードなチケットを買うんじゃないかな。

更衣室のロッカーは大きめで鍵が出来るのでそこそこ安心。所謂秘湯系だとカゴだけだったりするので、スマホや貴重品は宿に置いていったんだけど、あれなら大丈夫かな。ドライヤーは有料だった。
男湯は西と東に分かれているが、少し湯の出口や彫刻が違う以外はほぼ同じだった。天蓋から入る光などなんとも良い感じである。湯は然程熱く無いが、深い。いちばん底にお尻を付けるとおぼれそうなので中腰で入るか、縁の一段高くなったところに腰掛けるしかないようだ。そうそう、一番安いチケットでも3階の「坊ちゃんの間」というところには行けるので、2階と3階がどうなってるかの雰囲気は掴めるし、3階から外を見渡すことは出来る。案外なんでもないけど。

ここまで古ぼけると逆に価値になるんだなぁ、単に古くさいのとの境界はどこなんだろう、など思いつつ後にした。

最終日、道後温泉の横にスロープがあり、駐車場になっているようだったのだけど、調べると湯神社というのがあるそうなので登ってみたら綺麗に道後温泉を見下ろすことが出来た。夜見下ろせば綺麗だったかも知れない。

湯神社。こざっぱりとして綺麗な神社だった。式内社だそうで。オオムナチとスクナビコナが旅行中にスクナビコナが旅の疲れで倒れたので、オオムナチが別府の湯をここまで引いて治してやったとかいう伝承から、この2柱を祀っているそうな。

道後温泉と逆の階段を降り、少し歩いたところに伊佐爾波神社。「いさにわ」と読むそうな。八幡さんだが、戦国時代から江戸時代を通じて松山の人の崇敬を集めたのだとか。思ったより凄い階段だった。

宇佐では工事中で見られなかった八幡造の本殿。宇佐と石清水とここの3例しか残ってないそうで、はからずも制覇。

んで、元来た道を降りて脇の坂道を登って国宝の山門があるという石手寺を目指したのだけど…

どうも当代の住職が残念な感じ、かつ少し左に傾いているようで非常にモヤモヤしてました。鐘の下に「パワースポットです」とか張り紙してあったり、近くには、やってみたものの上手く運営できなかったらしいショボイテーマパークっぽいのが放置されてたり。思いつくけどやり切らなくて片付けも苦手って感じかしら。どっちかというと、ナイトスクープで小枝師匠に来て欲しい感じのところですね。

んで、こっからテクテクと道後公園を突っ切って松山城を目指します。

道後公園は河野氏の湯築城という城跡に作られた公園で、土塁の跡などが残ってて復元武家屋敷とかあったんだけど、特に見るモノはなかったかなぁ。河野通直と長宗我部元親とか小早川隆景が闘ったらしいですけどねぇ。

そのまま歩いてロープウェイ乗り場へ。松山城は平山城なのでロープウェイかリフトで登るのです。片道チケットもあったから歩いても登れるはず。どちらかというと上品そうな部類の中国人観光客軍団と一緒にロープウェイで登った。しかしこんなとこまで来るんですなぁ。

ロープウェイを降りると広場の向こうに城が見えます。元は五重だったのを三重に造り直したとかで、ずっしりと安定感のある感じ。最初は加藤嘉明が建てたのだけど出来上がる前に会津行き、代わって入ってきた蒲生氏は一代で断絶ということで松平家に。松平さんの代に建て替えられた3代目が今の天守閣だとか。

この日も良い天気で暑かったです。

中は現存天守独特の急勾配の階段。

この天守から眺める山城感、いいですね。

天守閣を抜ける風で涼んだら降ります。帰りのロープウェイで画期的な扇風機を発見。

で、降りたところから大街道という商店街を歩きます。なんか今治タオルの店とか色々あったのだけど、目的地は大通りを渡った向こう側。

蔵元屋という店で、愛媛の30弱の蔵の酒を揃える立ち飲みです。1杯100円からと書いてあるけど、100円で飲めるのは本醸1種だったので、実際は200円〜という感じで、大体300円がコアな価格帯でしょうかね。300円でもグラスに4〜5cmは入れてくれるのでCP高いし、飲み比べセットとかだと700円ぐらいで3種飲めたりもする。ツマミはもろきゅう程度のものなら200円〜300円程度でいただける。

平日昼過ぎなので客はオイラだけでしたが、後から観光の夫婦連れが2組ぐらい入ってきましたか。

大通りに面しているので窓の外を市電が走るのを見ながら昼間から飲むという、とても良いところでした。一定の蔵数を制覇すると段位が貰えるらしく、壁には大塚の某地酒屋の店主の名前もありましたよ。
愛媛県の地酒アンテナショップ 蔵元屋

良い加減に酔って宿に戻り、預けていた荷物を引き取って松山空港から帰りました。

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2014年11月17日 (月)

TOBE

道後に2泊することにしたのだけど、松山に2日間いてもやることが無いので、最初は内子に行こうかと思っていた。バスで過ぎたところに戻るのは癪な気もするけども。

朝食の際の給仕のおねぇ様に「少し遠出するとしたら内子でしょうかねぇ?」と尋ねると「砥部というところがございますよ。焼き物で有名ですけど」とのこと。
部屋に戻って調べるとバスで45分程度ということなので行くことにした。

何となく勝手に山の中に入っていくイメージだったのだけど、走れども走れどもそういう感じは無く、ずっと人家や商店などが続く。少し緑が多くなったかな、というところが目的地。砥部焼観光センター口、というバス停を降りる。

福岡辺りの天気がウソのような快晴でしてね。本当に素晴らしい。ちなみに砥部の「砥」は砥石の砥で、この辺りは昔から伊予砥という良い砥石が出るんだそうな。そういや前にタモリ倶楽部で砥石の回やってたな。

ちょっと歩くと千山窯とあるのだけど、ここが砥部焼観光センターだそうです。
砥部焼観光センター炎の里

中には砥部焼の展示、販売があり、作業しているところを自由に見せて貰えたり2階では絵付けや轆轤も出来る。淡々と機械に土の塊をはめて小皿を作ってるニーチャンとか、なんか凄いなと思って見ていた。結構規模感が有って量産品を手がけているようだ。

しばしフラフラとして、どうしたものかと地図を見ると、酒蔵があるようだ。愛媛の酒蔵は少し調べたのだけど、どこもあまり交通の便が良くないと思って今回の旅行では諦めていた。予定外にやって来た砥部にあるようなので、とりあえず蔵の前へ。

ショップになっているようです。ということで覗く。
地元の人っぽい男性客がお酒を買っているところで店のオバチャンが接客中なので、蔵の中を見回す。結構な種類を作っているようだ。後は古い道具とか精米した酒米が置いてあったりしてちょっとした資料館のような。

で、テーブルの上に酒瓶が並んでいて「ご自由に試飲してください」とあるのだけど、「2012 大吟醸」とかがモロに常温で置いてあるわけですよ。地方に行くとたまにある奴です。酒は造るけど品質管理は…という奴かー、残念ハズレだー、と思いつつ、一応置いてある盃に少し入れて舐めてみたら見事な老ねっぷり。比較的新しめの秋上がりは流石に良いですけどね、なんて思ってたら客が帰ったらしく、オバチャンが「どんなお酒が好みですか?」と声をかけてくださった。

んー、ここにあんまり長居してもなー、と思いつつ、大体受賞酒の試飲会とかだと愛媛の酒ってエステルタップリのイメージなので「スッキリめですかねぇ」と適当に言うと、「そこにあるのは出しっ放しだからね」と言って冷蔵庫から純吟とかにごりとか何本も出してくれた。分かっとるんかーい。

この写真で左奥の木箱に収まってるのが出しっぱなしのやつ。右手前に写ってる瓶は全部冷蔵庫から出してくれた。こうやってみると随分試飲したな。
「これはね、昭和のお酒」と所謂「清酒」を出してくださったりもした。昔のオッサンがとびきり燗で飲む奴。全量純米に移る蔵が多い中で敢えて本醸なども作っているんだそうだ。「アルコールも随分値上がりしたし、糖類仕入れるのも面倒だけどねぇ、昔は昔で作り方があったから」と一種の伝統芸能の保護のような口ぶりだった。

これだけ種類があるとあって、石高は約1200石とのこと。お酒もイメージしてたようなエステル臭の強いものはなかったので、何というか愛媛では出品用はアルコールで調整して態々ああいう香りにするのかねぇ。
今年の作りはまだとのこと。蔵の工事もあって、まだ塵が舞うからねぇ、今年は遅くなりそうだ、と。いくつか江戸に送って御礼を言って失礼しました。

その後はバスの時刻表を見つつブラブラと。そこかしこに窯があります。写真の左の民家も右の白い建物も窯。先代からの2世の人もいれば、京都辺りで陶芸を勉強して砥部に住み着く人もいるんだそうな。覗くと結構若い作家さんがいたりして、軒先で皿を売ってたりします。

まぁ何せ良い天気で、平日ということもあってか人も少なく、のんびりとした空気を吸って帰って来ました。

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2014年11月14日 (金)

サイコロの旅

福岡に行くなら宇佐に行きたい、というところまでしか考えて無かったのだけど、貧乏性なものでもう少しどこか行きたい、と思って3連休に2日休暇を追加した。
さて、どこに行こうかと思ったときに頭を過ぎったのが水曜どうでしょうの最初のサイコロの旅。いきなり道後温泉から結局フェリーで九州に渡る羽目になったところである。
あの時は臼杵に上陸していたのだけど、調べると同じフェリーで別府発着のものがある。
宇和島運輸フェリー

ということで、血の池地獄を見終わってから鉄輪方面ではなく別府方面のバスに乗り、20分ほどで別府交通センターへ。間違って手前の観光港で降りると「さんふらわあ」に乗って大阪に行ってしまうので注意。
降りるとでーんと建物があるのでチケット売り場はどこかいな、と探したのだけど、フェリー乗り場は少し離れた別の建物だった。

1日3便の真ん中、14時の便に乗る。チケットを買おうとしたら事前に氏名とか書かなきゃいけないシステムだった。あれかな、沈没したときとかに名前が出るのかな、とか縁起でも無いことを思いつつ買う。本当はどっか近場で昼飯を、と思ってたのだけど面倒なのでフェリー乗り場の中の何というか正直ショボイ定食屋のようなところで「とり天定食」を。大分名物だそうな。まぁ美味かった。

食ってると、車積み込むから1時10分には車に乗っておけとか、乗船開始しますとかアナウンスがあるのだけど、乗船していく人は10人か20人ぐらい。せっかちだなぁ、なんて思ってたけど、後から聞いたら3連休の最終日と言うことで、ほぼ満員だったようだ。そっか、殆どの人は車に乗って乗船するのね。

結局乗り込んだら、2等の絨毯に座るところは結構混んでて、階段上がったところのベンチのようなところをキープ。後から乗ってきた人は外とか屋上に行ったみたいだけど、あれ、寒いと思うんだよなぁ。ドナウ下りやったときに文字通り身に凍みた。

乗っているのは3時間弱。1時間ちょっとすると左舷に佐田岬半島が見えてくる。地図で見ると頼りなくにゅうっと伸びた角のようなところ。変な話だけど人住んでるんだよねぇ。逆の右舷側はかつては藤原純友が暴れ回っていた海域になるのだそうな。
実はフェリーに乗るのは記憶にある中では2度目なんだよな。まだ淡路島と本州が繋がってない頃に、親父に連れられてフェリーに乗った覚えがあるのだけど。なので、船酔いするんじゃないかと心配で、案外揺れたけど大丈夫だった。

そうこうしていると、前方に段々畑のミカン畑が見えてくる。あぁ、愛媛ですね。

八幡浜港についてからは、路線バスでJR八幡浜駅に行って松山を目指す方法と、そのまま特急バスにのる方法があるのだけど、調べるとバスの方が松山に早く着けそうだったのでバスで。
Google Maps だとフェリー乗り場から出て右手にバス停があるのだけど、そっちは路線バス、松山行きは左手のみなと交流館という建物の前が乗り場になってて、トラップにかかりそうになった。

バスに揺られてまた1時間半ほど。大洲、内子と抜けて伊予市を通って松山へ。途中渋滞があって少し遅れたけど19時過ぎに松山市駅前に降り立った。なんか高島屋あるし、上に観覧車付いてるし都会だわ。
適当に開いてる居酒屋に入ったら連休最終日ということもあってかガラガラ。じゃこ天で川亀とかやって、市電に乗って道後温泉を目指す。

夜の道後温泉。22時前だったけど浴衣の人々がいた。一番高いところには刻を知らせる太鼓があって、そこだけは赤いギヤマンの障子が張ってあったそうな。今はどうだか知らないけど、今も赤いね。今ほど街が明るくない頃はこの楼閣だけが赤く光っていたとか。

とりあえず宿へ向かって、この日は内湯に入って寝ました。

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2014年11月12日 (水)

別府

宇佐から次の目的地への中継点として別府へ向かう。特急ソニックは振り子式の885系だったのだけど随分と揺れた気がする。
別府温泉と一口に言うが実際は8つの温泉郷の集合体らしい。行って初めて知った。その内の1つ、鉄輪温泉へバスで向かう。なんか良く分からない遊園地の様なものが山の手に見えたり、妙なタワーが見えたり、景観としては微妙なのだけど、そうこうするうちに鉄輪の停留所に到着。

降りると硫黄臭い。が、少し歩くとそうでもなくなった。鼻が慣れたのかと思ったのだけど、このあたりは色んな泉質の温泉が湧いているらしい。

あー、こういうのテレビで見たことあります。そこらの家屋や排水溝から湯気がモクモクと立ち上る。源泉が80度とかいうのでこうなるのかしらねぇ。
折角の別府なのでビジネスホテルは勿体ないというか、そもそもそんなものあるのか分からないけど、湯治場のような宿にチェックインして荷物を置く。家族経営で全6部屋といったところだが温泉は良かった。部屋は昔親父と良く行った栂池の民宿と、学生の時に友人Hが住んでいた代田橋の四畳半を思い出させる感じ。

夜の街をフラフラ歩いていると衝撃的なものが。

でもタクシー横付けで館内に入っていくオバチャンとか居るので今でも経営成り立ってるのかねぇ。調べると昭和28年からの老舗らしい。

翌日は移動が昼なので、ベタだが時間つぶしに地獄めぐりをすることに。所謂「地獄めぐり」というのは地獄組合を組んでいる8つの地獄の事を言うらしいのだけど、少し上の方にある「坊主地獄」という組合外の地獄が良いというので行ってみることに。

再び鉄輪のバス停に戻り、バスに乗る。目指すのは本坊主というバス停、ということで結構混んでるバスに乗っていたら、突然「ガシャガシャガシャ」と激しい音が。バスが止まる。「轢いた?」「自転車巻き込んだ?」など観光客が口々に憶測を述べるが、急ブレーキも急ハンドルも無かったので衝突事故とは思えないんだよなぁ。でも、確かに自転車を巻き込んだような音がした。
しばらくして、バスの運ちゃんが「皆様お怪我はございませんか?」と確認して降りていった。隙間から後方を見ると乗用車が止まっている。

結局、何をとち狂ったのか乗用車が脇道からバスの土手っ腹に突っ込んで鼻先全部もげたらしい。一旦停止とか左右確認以前に、正面を横切ってるバスに突っ込むってのは中々すごいな。バスの方はというと、後方ドアの横の小さな扉が凹んで、後輪の泥よけのようなところが少し引きちぎれた以外はかすり傷だった。バス強い。

この後パトカーが来て乗客は全員降ろされて、そのまま海地獄とかに行く人が大半だったのだけど、オイラは本坊主に行きたいので待っていたら10分ほどで代車到着。何とも珍しい経験をしました。

で、本坊主バス停から坊主地獄へ。ボコボコと熱泥がわき出しているのが間近で見られてちょっと怖い。なんでもオイラが生まれた2週間後ぐらいには10mだか20mだか泥が噴きだしたらしく生きてる感じがヒシヒシと伝わる。後、デッカイ穴があって、元はここには寺があったのだけど、室町時代に地震があって、直後に寺の床下が大爆発して泥が噴きだし、坊主が地面の割れ目に吸い込まれていったとかいう話。まさに地獄行き。ま、そんなに広いところでは無かったけど面白いですね。

んで、こっからは地獄組合の地獄めぐりに。元は徒歩予定だったけど、さっきの事故で遅れたのでバスで戻る。海地獄前で降りて海地獄駐車場を通って海地獄に入ったつもりが山地獄だったというジョジョ並の謎に巻き込まれつつ観光。「山と海、(鬼石)坊主地獄は繋がってますから」と入り口でオバチャンに言われたのだけど、海と鬼石坊主は繋がってなかったのでちょっとハマった。騙しやがって。

鉄輪にある6つの地獄は、なんだろーなー、ショボイ動物園があったりワニ飼ってたり、何故か土産屋がくまモン押しだったり、なんというか昭和の娯楽って感じだったんだけど、温泉の熱を利用してるという海地獄の睡蓮は綺麗だったな。香りもいいのよね。

見た目もやっぱり海地獄。

で、ダラダラと見終わったら再び鉄輪バス停に戻ってバスに乗る。残り2つはバスで10分弱。

最初に龍巻地獄に行く。何故ならこっちは30〜40分に1回の間欠泉だというので。
入り口のもぎりのネーチャンに「次いつ頃ですか?」と聞くと「そろそろですよー」というので入ると、なんか円形劇場みたいに穴を囲んで座席があって、すでに先客が50人ぐらいは座っていたか。場所を探して待つ事暫し。間欠泉が吹き上げてきたんですがね、上に蓋をしているんですよ。蓋がないと30mぐらいは吹き上がるらしく、危ないから蓋してるとか。

もっとイエローストーンみたいなの見たかったなぁ、とガッカリしてお隣の血の池地獄へ。

想像通りですね。裏切らない。が、これだけです。

外に出てバス停へ。殆どの人は鉄輪へ戻るようだけど、オイラは別府駅方面のバスを待つ。

結局、まぁまぁ楽しめますかね。逆に別府行って他にやることもないでしょうから。
所要時間は本坊主行かなければ鉄輪で1時間、その他2つで20分、バス移動や待ちを入れて全部で2時間ぐらいなんでしょうか。

結構、別府の地獄組合が優しいのが面白かったです。

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2014年11月11日 (火)

USA

博多からソニックなる特急に乗る。大分方面の特急なのでそのまま南下するのかと思っていたら小倉まで海沿いを東進し、そこでスイッチバックして大分方面に下るというものだった。

小倉で乗ってきた親子かな?という3人組、娘と思われる派手な顔立ちのネーチャンが先に座ってた大人しそうな女性に「進行方向逆なんで座席回すんで」と有無を言わせず回転させてて怖いと思ったけど、あれは関西弁だったから小倉の人ではないんだろうな。「回してもいいですか?」とかいう猶予は無いのね。

1時間半ほど乗って降りたところは凡そ特急停車駅とは思えない長閑さ。

今回の旅の目的は姪っ子以外に2つあったのだけど、その内の一つ。宇佐です。
愚弟が「宇佐なんか何も無いぞ」と言っていたけど本当に何も無かった。

一応、バスも調べてあって、20分ほど待てば来るのだけど、余りに何もないのでタクシーに乗ってしまいました。駅のすぐ前に八百屋(?)があって、信号待ちの時に見ると見事なカボスが10個ほども入ったネットが100円と。「あ、カボス」と呟くと、年配の運ちゃんが訛りながら話し始めた。

曰く、カボスというと大分ということで大分(市)や別府でカボスを求める人がいるけど、カボスは元はこっち(宇佐・臼杵)のものなのであっちには無いんだ。カボスは絞って汁を瓶に取っておくと長持ちする。これを酢の代わりに使えるし、魚の生臭いのや内臓の臭いなんかはこれをかければたちどころに消える、非常に便利なものだと。カボスが無ければダイダイでも代用できる、とのことだった。

10分ぐらいで1300円だったか、宇佐八幡の参道前で降りる。降りるや否や、オバチャンがタクシーに駆け寄って「ちょっと、安藤さん!早く!」とか騒いでいたのだけど、タクシー会社は表参道の門前にあって空車はゴロゴロしていた。ま、運ちゃん良かったね。

参道は広さといい長さと言い立派なもんですが、人が少ない。まぁ初詣とかだと混むんでしょうなぁ。ちょうどお昼だったので、適当にネギ焼きの店に入って食す。お好み焼きの生地にネギだけ入れたようなもの。これにトッピングと称して海老や牛すじなどを入れてくれる。前に東京タワーの根本で大分フェアやってたときに食ったんだけど、それよりはフワフワしてて美味かったな。ネギ美味い。

腹ごしらえが出来たので向かいます。立派に反った八幡鳥居。天気はたまーに小雨が降ったり青空がちらっと出たりという感じ。

入るといきなり「黒男神社」というのがあって、ブラックジャックかいなと思ったけど何の説明もなかった。調べたところ「くろどん」と呼んで武内宿禰を祀ってるそうな。5世代の天皇に仕えて200歳だか300歳だかで死んだという大臣である。

本殿に向かう途中には例によって酒樽。下に焼酎の瓶が並ぶところが九州っぽいですね。

紅葉はイマイチでしたが一箇所だけ狂ったように発色してました。キレイキレイ。

15分ほど登ったところが本殿(上宮)。なんですが、国宝の本殿は工事中で囲われて見られず残念。確かお伊勢さんのように何年かに一度立て直すのだけど遷宮では無くて同じ場所に立て直し、その際、建物の下の地面を掘ってはならないという話を聞いた気がするのだが、今やってる工事は修復のようです。

これで石清水八幡宮筥崎宮も行ったし、鶴岡八幡も行ってるし、とりあえず八幡詣ではコンプリートで良いのでは無いかと。
まぁこの宇佐神宮、八幡宮の大元(一説には筥崎宮)と言われるところだけれども、平城京の時代に発する宇佐氏系の世襲宮司を5年ほど前に行政の天下りが簒奪したというので有名なところではある。すごいすごい。

んで、思ったよりあっけなく参拝が終わったので下宮を回って降りる。地図を見るとはずれに大尾神社というのがあるので時間つぶしに行ってみる。

麓に馬鹿でかい灯籠が2基あって印象的。階段を上っていくのだけど、これが中々の段数だった。

登っても登っても階段なので心が折れそうになったところで、上にちらりと朱色が見えたので頑張って登ったところになんてことの無い門の閉ざされた神社が。

説明によると東大寺の大仏開眼式典に出席した八幡さんが帰って来て、元のところに戻らずにここに15年ぐらい居た、と書かれている。有名な道鏡の神託事件の時に和気清麻呂が来たのは此処なんだそうな。そもそも、なんでこっちに移ったかとかは本当は政治的なゴチャゴチャ(中央の天皇周辺&宇佐神宮ローカルでの権力争い)があったみたいだし、そもそも道鏡関連の2度の神託だって誰が何と言ったのか分からないような話なんですが、まぁそういう舞台になったとこですよ、と。

もう階段を降りるのは懲り懲りなので車道沿いに降りて行ったら丁度良い時間だったのでそのまま表参道を戻ってバス停へ。天気も回復してきました。
やって来たバスは空っぽ。もう一人待ってたオッチャンと一緒に乗り込んで駅へ向かう。幾つもあるバス停をどんどん飛ばしていきます。

宇佐駅で20分の待ち時間。行きに見たカボスの店を冷やかしに行くと大根も100円だった。行きのタクシーの運ちゃんの話が妙に気になって、愚弟に渡した土産の空きスペースにカボスのネットを投入。これは帰宅してから絞ってペットボトルに入れました。

ホームに行って再度特急ソニックを待つ。乗るのはオイラを入れて4人。到着して「うさ〜、うさ〜」と何とも優しいとぼけたアナウンスの流れる中、乗り込んで更に南下しました。

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